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火種は其処かしこに、延焼注意


「…………ッ!?………………っ!!」


「……わ!でも……で……が…………ッ?!」


「?どなたか言い争いでもなさって居られる方々がいらっしゃるのかしら?」


「公共の場ですのに嘆かわしい」


「相も変わらず手酷いですわね、ヒューズ」


「既に成人したか直ぐそこに控えた年齢の者しか通わぬ学園ですよ。何の分別も持たぬ幼子では無いのですから自身の行動には責任を持ちませんと」


「それもそうですわね」


久しぶりに学園でわたくしの直ぐ後ろにヒューズが戻って参りました。屋敷へ帰って来たとの報告を受けた際に顔を見に行きましたが、一緒に居た侍女が「ボロ雑巾……」と呟いていたのが印象的でした。

……ボロはともかく雑巾とは何なのでしょうか?


疲れていた、とは少し違った印象です。

そうですわね、わたくしとしてはちょっと拗ねて悔しがっている感じに見受けられました。何故だか聞いてみましたら、直属の上官である近衛騎士団長様に久しぶりに手解きを受けたとか。お強いですものね、あの方。国一番の実力者だと評判ですし。


時々殿下との会話にも出て参りますが、どうしても1本が取れない!とよく嘆いておいでですし。

殿下の師匠であるヒューズも勝てないのですから殿下が勝てなくても仕方ないとは思いますわ。


にしても気になりますわね。

この先は関係者以外立入禁止の空き教室しか無い筈ですのに何故声がするのでしょうか?


「ヒューズ、職員室へ向かいますわ」


「……助かります。万が一見に行くなどと言われたらどうしようかと思いました」


「わたくしだって立場は理解しておりますわ」


そう言いながら踵を返そうとした矢先、いきなりヒューズがわたくしの腕を引っ張って自分の背後へと隠しました。ちょうど勢いよくその横を駆け抜けて行く人影。どうやらギリギリでぶつかるのを回避出来た様です。さすがはヒューズですわ。


体勢を立て直して視線を向けた時にはその人影はとっくに無くなっていました。ただ足音はまだ聞こえますからこの先の階段を下ったのでしょうか?

けれども一人しか通りませんでしたわよね?

つまりはまだ奥に誰か残っている事になります。


ヒューズの背後から顔を覗かせてそちらを見ましたが気配はともかく音すらしません。もしかしてわたくし達に気付いて隠れておいでなのでしょうか?


「どうなさいますか?お嬢様」


「先ほど通り過ぎた方のお顔は確認しまして?」


「はい、顔は一瞬でしたが性別と髪色と背格好とバッジの色の確認はちゃんとしました。ですからすぐに特定出来ると思われます」


「ならば良いわ、このまま目的地に向かいます」


奥にまだ居ると此方が分かっているのに出て来れないのなら何かしら不都合がおありなのでしょう。

わたくし達が個人で暴く必要性も感じません。

学園の調査に委ねるべきでしょうし、その為の情報もヒューズが持ってますから片方を放置しても特にわたくし達に不都合はありませんわね。


隠れている方には真意を悟られない様そう小声で結論を伝えて改めて踵を返しました。向かった職員室で自分の見た事をヒューズと共に教師に伝え、問題が有りそうならば調査を、と依頼しました。


最近立て続けに騒動が起き、つい先日には学園長が交替されたばかりの学園です。教師の方も眉を潜めながらもお話を聞いて下さった上で調査するとまで言って下さいました。あの時わたくしの感じた違和感も一緒にお伝えしたからでしょうか?


何が有ったのかは存じませんが、かなりの声量で言い争いをなさっておいででしたからそれ相応の事なのでしょう。けれどもやはりヒューズの言う通り、子供では無く学生なのですから場所を考えた行動をなさった方が宜しいですわよね。


わたくしも気を付けねばなりませんね……。



☆☆☆☆☆



弟子がこさえた大量の報告書の山。

陛下は息子に提出されたソレを直接目を通さずに選抜した者に纏めさせて要点を抜き出した報告としたそうだ。それを知った時、その口頭報告の場に自分が居合わせる事を陛下へと願い出て了承されたのは本当に有難い事だったと未だに思える。


…………いやもうホントに凄かったからなぁ。

陛下への奏上の前に殿下が一度自分で目を通して要点を纏めてから提出したそうだけど、それでも机の上を埋め尽くして向こう側が見えない山が出来上がってたんだからもう凄かったとしか表現出来ん。


ちなみに選抜された文官は報告を終えた途端に燃え尽きた様でその場で気絶して果てた。白目を剥いて口から泡を噴いたまま両脇抱えた護衛騎士達に引き摺られて行く姿は憐れだったなぁ……。

上手く現場に復帰出来る事を祈ってやろう。


要点が抜粋された資料を元に文官の報告がなされ、それを更に聞き取られた宰相閣下が別紙に要点を記載なさっておられた。最終的にそうやって纏められた資料は紙数枚分。あの山が此処まで縮まるのか……!と妙な感慨を覚えた気がする。


ついでとばかりにその纏め資料の写しを頂いた。

お嬢様の護衛へと戻る前に頭に叩き込む為に。

自分の分と……それから殿下と側近の分も。


今、殿下の執務室には二人の人間が文字通り転がっている事だろう。自身の力量の範囲を逸脱して無茶した部屋の主と追従するジョンソンとが。天井裏には影も転がっているかも知れない。


陛下や宰相閣下にはまだ色々と及ばない所が多い。

自分達の力でのみ解決をはかろうとなされた殿下。

自分達の許容範囲を鑑みて、その方面に特化した臣下へと割り振る事で敢えて無茶をなされなかった陛下方。その結果は執務室を見れば一目瞭然。


人間なのだから何事にも限界は存在する。

完璧と評されようが殿下は人間だ。……多分?

一人や少数で抱え込んで解決するなど烏滸がましいのだと、親心からか陛下達によって証明された。


これを機に大いに反省なさって頂きたいものだ。



☆☆☆☆☆



「……結局は何だったのかしら?」


「特徴は出来る限りで伝えましたがあの学園には相当数の生徒が通っています。まずは片方を特定したとしてもその相手を見つけるには相応の時間も掛かるでしょう。最低でも数日はみませんと」


「そうですわね。お任せしたのですからお話し下さるまでは此方からの詮索は止めましょう」


ヒューズに諭されわたくしはそう結論づけました。学園側に委ねる事を判断したのはわたくしです。

なのに直ぐに口を挟めば、まるで学園側を信頼してなどいないと誤解されるやもしれませんものね。


「……差し支え無ければその……どんな方だったのかわたくしが聞いても……?」


「まぁ……そうですね。ただお嬢様はご存知無いかとは思いますよ。バッジの色からして上級生でしたし、髪の色も在りきたりな茶色でしたし男性でしたし。女性でしたら記憶の宜しいお嬢様ですから多少の絞り込みは出来たでしょうが」


「確かにそうですわね。けれど一つだけ言える事は有りますわ。髪が茶色ならばその方はおそらくですが平民の方ですわね。今の学園に通う貴族のご子息の中には茶色の髪の方は居りませんから」


「……ぅわ、やっぱり似たモン夫婦……」


「……?何か言いまして?」


「いえ、では直ぐにでも担当する者に今の特徴を伝えておきましょう。それだけでも調査がかなり前進するでしょうから」


そう言って直ぐに簡易筆具で特徴を書いた紙を、ヒューズがちょうど廊下に立っていた騎士へと手渡すのを唖然と見つめてしまいました。

相変わらず行動が早いです……では無く、わたくしの言葉に何の疑問も持たずにそんな事をして万が一間違ってたらどうするんですか?!


「お嬢様の能力は殿下のお墨付きですし私も長い付き合いですから疑いもしませんよ。自信をお持ちになって結構ですし問題すら有りません」


…………もう、知りませんわッ!!



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