優秀かポンコツかの究極二択(乳兄弟視点)
私の母はある侯爵家に嫁ぎ、私を出産した際に丁度勤め先だった王妃殿下の懐妊が公表され、そのまま乳母として再び城に上がる事が決まったそうだ。
下手な者など雇えやしない王家としては家柄を考慮すれば最善のタイミングだっただろう。それだけに母の責任も重大さを増す。生まれて早々に母は私を連れて城で生活するようになった。
何せ生まれるお子様は王妃殿下の第一子。
男子でも女子でも第一王位継承権を持つ未来の国王陛下となられる事が既に定められたお子様なのだ。
乳母とは、そのお子様の近くで影響力を持てる立場なだけに狙われるのも当然だと言えるだろう。
我が家は侯爵家だが影響力はさほど持たない。
良くも悪くも凡庸で中立を貫く家風のせいもあってか、当主である父はハッキリ言っても母と私を守るだけの力を有してはいなかった。なのでむしろ母は喜んで王家の誘いに乗ったと後に聞いた。
物心ついた頃からの記憶は全て城の中の出来事。
忘れられぬ様にと城にせっせと通い私と会うのを楽しみとしていた父は、凡庸だが薄情では決して無く、顔を合わせる度に抱き上げて抱き締めてくれたし頭を撫でてもくれたし誉めてもくれた。
将来その第一子のお子様の側近となる事が自動的に決まっていた私の教育はそれなりに多岐を極め、5歳の時分には1日の予定の大半が勉強と体力作りの為の運動の時間に埋め尽くされていた程だ。
数ヶ月違いで生まれた第一王子殿下の予定表の方がもっとビッチリと埋まってはいたけれど……。
3分の2が共通した物だった為、殿下と私は一緒に机を並べて勉学に励む事も多かった。そして真の“天才”を目の当たりにする羽目になった。それが勉学を共にしていた殿下だったのである。
一度習えばそこから十を理解し吸収する。
目を通した本の内容は決して忘れない。
その能力は勉学だけでなく全てに発揮された。
うわぁ……世の中って不公平ぃ……。
顔良し、頭良し、運動神経抜群の三拍子。
それだけでなく第一王位継承権である王太子殿下。
生まれながらの勝ち組が、更に負ける要素ゼロで直ぐ隣に居る現実にやや遠い目をしたのは否めない。でも端から見れば自分も充分恵まれていると気付けば腹もあまり立たなかった。
生まれながら王太子殿下の側近を約束され、殿下と同水準の高い教育を受けられ、危うい立場から守って貰える手段を持っている上に家族にも疎遠にはならずに交流し愛情を受けているのだ。
恵まれていないなどと思う方が烏滸がましい。
それに、殿下はクソが……闊達な方だった。
表向きは素直で勤勉で努力家で……etc……。
だが実はその評判を聞く度、また面と向かって誉められる度に、母は礼は言うが微妙な顔をし私は爆笑を堪えて腹が痛くなる有り様だったのだから。
時には切磋琢磨し、時には人目の無い場所では気を緩める事を覚えた殿下と口論殴り合いもし、いつしか殿下も私も思春期へと差し掛かっていた。
侯爵家嫡男だが、その後に弟も生まれているので無理に家を継ぐ必要の無い私は、領主や侯爵家当主としての仕事よりも殿下の側近である事を優先した。その考えを両親へ話した際の反応は喜び半分戸惑い半分といった感じだった。何故だろう?
なので慌てて婚約者を探す必要性にも駆られなかった自分。この判断を後に悔やむ事とはなるがそれはそれとして、年頃男子となられた殿下には次期国王の責務としての婚約者を選ばねばならない。
けれどこれには懸念が前々から取沙汰されていた。
それは、今の王太子殿下に近いご令嬢のほぼ全員が、性格や教育の進み具合や生活態度にかなりな難点を抱えているという頭の痛くなる問題だった。
未来の王太子妃とはそのまま王妃となられる方を指す。問題しかない人物を据えれば最悪国を損ねる行為だと言えるだろう。顔が良かろうと社交が得意だろうとそんな美点はむしろ些事。大事なのは国を背負う殿下を支える強さと、他者と折り合える協調性を併せ持つ令嬢。頭の中身が虚無な者などむしろ邪魔でしかないのに馬鹿はどこまでも馬鹿のまま。
それに気付かんと、甘ったるい声と匂いを撒き散らし纏わり付くご令嬢軍団に失望を通り越して絶望まで抱いた殿下は、打開策として何故だか自らの目で確かめようと行動を起こされやがった。
歳上歳下を問わずご令嬢の居る高位貴族の館を調べ挙げては驚くべき手腕を発揮して訪問。駄目なら即座にリストに✕印を着けて直ぐに次へと繰り出す。
髪と瞳の色を変え侍従姿で影から観察する様にと徹底する有り様で続ける事数ヶ月。
その間の私も、自身の予定の関係から同行出来たり出来なかったりと、中々に忙しない日々を送っていた、そんなある日の事でありました。
「母上!私の姫を見つけて参りました!!」
私がちょうど殿下の公務予定と最近の進捗についての報告を兼ねて呼ばれていたその場に、行儀悪くも足で扉を開けながら入って来られたのは殿下。
その無作法を咎めるべきでしょうが誰も出来ずにただただ固まってしまう事態に直面します。
…………どちら様でしょうか??
殿下の腕に抱かれた幼いけれども愛らしい少女の姿に、私もその場に居合わせた王妃殿下も乳母である母上も、全員が揃って目を点にしていました。
☆☆☆☆☆
婚約者となられたご令嬢を姫と呼び、片時も離れまいと今まで以上に才能を斜め上に発揮なされる様になった我が主。『天才と何とかは紙一重』とは殿下の為の言葉だと最近では確信しています。
殿下もいい加減にして貰いたいものです。
万が一嫌になって逃げても地の果てまで追いかけそうですから今から謝罪しておきますね、姫君。