天使は地上に居ました!(ある侍女視点)
「ありがとうね。……どうしたの?どこかいたいの?いたいのいたいのとんでって?!」
つい先日三歳になられたばかりのお嬢様ににっこり笑顔でお礼を言われた私は、あまりの感動につい咽び泣いてしまいまして、一転して慌てたお嬢様に頭を撫でられて呪文を掛けて貰ってまた悶絶するという、恥ずかしさでは地獄、けれども心地は極上の天国気分を同時に味わいました。
初めまして。
一応名前は有りますが、名乗る程の者ではございませんのでお気遣い無く。ただの侍女その1です。
私の生まれた家は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家。
何とか父と母が伝手を駆使して駆け回り、ある高位貴族のメイドとして勤める様になったのは私が13歳の時でした。それから五年、頑張って働いていた私は今では侍女をやっております。
本来、主人の身の回りの世話をする侍女は私より爵位が上のご令嬢方が多いのです。身分差は覆しようもなく、そんな彼女達の下で私や他のメイドは働いておりました。けれど、懸念していた様な虐めや嫌がらせの類いは特にありませんでした。
爵位が高く、行儀見習いと箔付けの為に侍女をしていた先輩や同年代の令嬢方は、婚約が調うと家へと戻り嫁いで行きます。その為侍女の顔触れはある一定期間で変化して行くものです。変わらないのは嫁ぐ宛ての無いメイド達かも知れません。
メイドが侍女に昇格するのは並大抵の事ではありません。人手が足りなくなればその限りでも無いですが、このお屋敷は大人気の職場だと聞きますから人手不足などあり得ないでしょう。
では何故二十歳に満たない私がメイドから侍女へと昇格出来たのかと言えば、それこそが今私の目の前に立っておられる天使……ではなくお嬢様のお陰。
貧乏子沢山貴族の長女である私は、幼い頃から母に変わって下の兄弟姉妹達の面倒を見て来ました。
なので小さい子供の世話には慣れてはおります。
けれどもお嬢様は大人しい性質ですのでウチの山猿達とは似ても似つかない天使でございます。
ただ、ご両親はお忙しい御方達。
朝と晩にはなるべく顔を出されてお嬢様との交流をはかられてはおりますが、昼間は侍女達も役目からお相手するのが難しい事も多々ありました。
私の当時の担当はお嬢様のお部屋を整えるメイド。
寝室・リビング・衣装部屋・浴室……等々、お嬢様の暮らされるお部屋は我が家とは雲泥の差なのだと実感しつつ日々お掃除に励んでおります。
何せ全てを終わらせるのに数時間は要しますから。
そんな私を、邪魔にならない様にとソファーで大人しく本を読まれながらお嬢様が見ていると気付くのにそうはかかりませんでした。視線が合うとニコリと笑われてまた本を読み出します。けれども何度もそれが続く様になって行ったのです。
ある日の事です、ふと思い出しました。
お嬢様と同じ位の妹を背中に背負って実家で家事をしていた事を。そして先日、珍しくお嬢様が父親である当主様に抱き上げられていた事を。
「……私が抱き上げて差し上げましょうか?」
「いいの?だってわたくしおもいかも……」
「私には妹も居ましたからお嬢様でしたら軽い筈ですし。ただし内緒でお願いしますね?」
「うん、ナイショ」
そうしてお嬢様に背中から首に手を回して頂き背負い上げました。いやメチャ軽ですねお嬢様?!
そうしながら私も作業を再開。
いつもよりゆっくりと動きますが、お嬢様は普段とは違う視線の高さに興奮されたのか小さく笑いながらはしゃいでおられます。一安心です。
けれども慣れぬ中腰で動いたせいか腰が痛くなり、そっと身を起こした瞬間によろけてしまいそのまま後ろに倒れそうになった私。お嬢様を守ろうと必死に身を捻り、何とか私を下にする事でお嬢様のクッションになる事には成功致しました。
そして、お嬢様に怪我を負わせてしまうかもしれなかった行為に青ざめて泣きながら謝った私にお嬢様がかけられたのが冒頭のお言葉でした。
私に怪我を負わされそうになった事は一切怒らず咎めもせずに、一心不乱に私の身を案じて下さるお嬢様に涙が止まりませんでした。そしてその後、お嬢様の珍しい我が儘によって私は気付いたらお嬢様の専属侍女へと昇進しておりまして。あるぇ?
☆☆☆☆☆
あれからもう十年近い歳月が流れました。
私は現在、お嬢様の筆頭侍女として日々お嬢様が快適にお暮らし頂ける様にと奮闘真っ最中。
お可愛らしさはそのままに、けれども淑女として美しくも成長なされたお嬢様は私の誇りです!!
このままお嬢様をお守りして一生を終える覚悟も逐っていた私ですが、奥様から働きを認められたご褒美にと良縁を賜りまして結婚は致しました。
ただし、お相手はこの屋敷の執事補佐の少しだけ歳の離れた旦那様ですので勤め先は元のままです。
この国の王太子殿下の婚約者となられたお嬢様。
端から見ましても王太子殿下を虜になさっておいでのご様子。ご本人にはその自覚など全く無いでしょうが。鈍いですものね、お嬢様……。
けれども被害に遭われるのは王太子殿下のみですし、お嬢様はそのままでも賢く美しく愛らしいのですからこれからも健やかにお過ごし下さいませ。
私も及ばずながら尽力させて頂きますので。