仲間外れに納得行かないお嬢様
最近、何かが学園で起きたようです。
わたくしは噂を聞いてから知ったのですが、その詳細に付いては全く分からないという情けない有り様なのです。殿下の婚約者という立場ですのに。
噂では色々と耳に入っては来るのですが、関わった筈の殿下やジョンソン様に聞いても何故かはぐらかされてお話しては頂けないのです。一体何故なのでしょうか?わたくしは邪魔者なのかしら……?
悩んだわたくしは他の手も考えました。
それが知っているであろうもう一人の存在ですの。
ですが何故か護衛のフィーズも同様でして、話を振る度に「殿下へ聞いてくれ」の一点張りなのです。
殿下やジョンソン様がどうしてもお話して下さらないから貴方に聞いてますのに……酷いですわ!?
そして学園内で流れている噂は確か……。
『学園で設けられた立ち入り禁止区画へ女子生徒が侵入し殿下とあわや接触する所を殿下が寸前に回避され双方とも無事。尚、その場を守るべき護衛騎士は、その女子生徒に騙されて立ち入り禁止区画へと引き入れた事実を職場放棄とみなし降格の上で謹慎処分。女子生徒は、故意に殿下への接触を図っただけでなく危害を加えようとした事による罰としての無期限停学処分。既に自主退学済』。
……と、まぁこうでしたわよね。
ただ何処までが本当で何処までが噂だけなのかがわたくしとしては判断出来ないのですけれど。
わたくしも知らずに居たのですが、殿下が学園へと向かわれる際には王族専用区画一帯だけでなく、裏門から廊下に至るまで一部分は完全に近衛騎士によって閉鎖され、侵入者など普通ならば有ってはならない警備体制が敷かれているそうです。
確かに第一王位継承権をお持ちなの方なのですから当然ですわね。ちなみにですが女子生徒は、途中に有る特別教室に忘れ物をしたと騎士の方へ泣き付いて侵入を謀られたともお聞きしましたわ。噂ですので真意の程は不明ですけれど……。
わたくしにはあまり友人は居りません。
王太子殿下の婚約者の友人という立場に阿る者や利用せんと謀る者が居ない様にと、幼い頃から社交の場でも同年代の令嬢方とも積極的な交流は致しませんでした。世間話程度ですわね……。
あ、だからといって皆無ではございませんよ。
ちゃんと数人、仲の良い令嬢は居りますから。
王族に慶事在らばそれに倣うのか貴族です。
今の国王陛下のご成婚に併せて、特に高位貴族の間でも立て続けて婚姻が結ばれ、翌年の王妃殿下のご懐妊・出産に伴う殿下の同年代の令息令嬢も多く誕生されております。
第一子、第二子共に男子であり程度歳が離れた兄弟である王子殿下方。やはり貴族としては子供を未来の側近や妃にと野望を抱くものなのでしょう。
そのせいか、わたくしの周囲の令息令嬢方の人数は飛び抜けて上と下に偏っておりますもの。
ただ、何故か5歳歳が離れたわたくしが婚約者に選ばれた事で殿下と歳が近い令嬢方は一時期大変な目に有ったのだと、いつかのお茶会でお教え下さったご令嬢が居られました。そう言えば最近その方を見られませんがどうされたのでしょうか?
次期国王としての責務の一つが次代の国王候補を誕生させる事、つまりは世継ぎを設ける事です。
王妃となるわたくしがそれを成せれば一番良いのですが、やはり万が一に備えて今の内から側妃か愛妾候補を見出だしておきましょうか?
良い方が居らっしゃれば宜しいのですが……
☆☆☆☆☆
最愛の婚約者がそのような方向違いな使命感に燃えているなど露知らず、殿下はまた学園での逢瀬……ではなく交流を兼ねた昼食会の時間を作るため、せっせと自身の執務室で政務にお励み中。
ある意味知らないとは幸せな事だろう。
その考えを知ったならば速攻リストを暖炉の焚き付けに使った上で、この時とばかりに閉じ込めて膝の上に乗せて日がな一日彼女の耳元で愛を囁くに決まっている。いや……もしかしたらそれ以上?
(あいにくと全年齢指定を志しておりますのでご遠慮願えれば有難いですぅ……(汗))
当たり前ですが、城内には王太子の普段生活する場がございます。婚約者様との至福時間を捻り出す為に執務室の横に寝室も設けられた私室が。
それと同時に、成婚に併せて離宮の一つを賜る予定になっておりました。今までは少しずつ改装が成されて来ましたが、この度婚約者様が学園入学を果たされてからその速度は一気に増し、卒業後の婚姻へ向けてそのスピードは加速する一方です。
一から建てるのでは無く本来からある建物を再利用する形なのですが、やや異国風の可愛らしい様式はそのままに、ですが内部はその婚約者様の好みに合うようにと、壁紙から家具から普段使いの食器や小物類に至るまで、殿下の拘らない場所も物も無いと言い切れるこの離宮。最早呪いの館?!
一部関係者の間からそんな囁きが漏れる離宮。
まだ殿下の成婚は先の為、これからも彼の拘りと欲望の詰まった改装は続いて行くのだろう。
めでたし、めでたし……?
☆☆☆☆☆
「あらあら、ご機嫌斜めですわね。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ローディ様。……そんなに分かりやすいですの?わたくし」
「長年見続けて居られる方ならば直ぐに見抜ける程度にはね。淑女教育が無駄にはなってはいませんからそんなに落ち込むのはお止めなさいな」
ローディ様のお言葉に少しだけ安堵致します。
王太子妃となるために感情を表に出さない教育を施された身としましては、その教育係の夫人を嘆かせる真似は断じて出来ませんもの。
本日はわたくしの数少ないお友達の屋敷に招かれてのお茶会ですわ。一歳上のローディ様は公爵家のご令嬢でございまして、卒業後には同じ爵位の令息との婚姻が既に決められております。将来は公爵夫人として王太子妃となるわたくしを支えて下さるとか。とても有り難く心強い事ですわね。
扇の陰で安堵の息を吐くわたくしをローディ様は優しく見つめて下さいます。柔らかな金髪に紫の瞳をお持ちの、とても落ち着いた雰囲気をお持ちの美人でいらっしゃいます。けれど大人しいだけの貴婦人では無いのだと実は知っているのですが。
彼女は姉や妹の居ない一人娘のわたくしにとってお姉様の様な存在の方。ローディ様には弟君と妹君が一人ずついらっしゃいますからしっかりなさっておいでなのでしょう。わたくしも妹の様に思われて下さると言われた事もございます。
「……落ち込むと言えば有りましたの。それはそれはもう落ち込む様な出来事が」
「あら?どうかなさって?」
気分を切り替える様に話を切り出しましたら、ローディ様はまるでわたくしの気持ちを予測なされたか愉しげに此方を窺いました。一年先輩の彼女ならばきっとご存知でしょう。お教え頂けるかは分かりませんが聞くだけ聞いてみましょう。
「はい、実は学園での噂の事を出来ましたらもう少し詳しく知りたく思いまして」
「……まぁ、殿下にはお聞きになりまして?」
「それが……お答え頂けなくて……。それでローディ様にお力になって頂こうかと……。申し訳ございません、やはり無理ですわよね……」
ローディ様に逆に問われてしまい、正直に返しながらつい自分の言動を省みて反省いたしました。
そうでした!このままでしたらわたくしの我が儘でローディ様にご迷惑が掛かってしまいます!?
思わずしょんぼりとしてしまいます。
ローディ様も、そしてわたくしも、殿下にとっては後輩や婚約者である前に臣下臣民ですもの。意向に従わねばならぬ事もありますわよね……。
お聞きしたくて仕方ありませんが、それでもわたくしが我慢すればそれで済む事なのですから、この後はただ純粋にお茶会を楽しむ事に致しましょう。