いつかの昔、午後三時にあいつとお茶を
いつかの昔、午後三時にあいつとお茶を
いつかの昔、イービル・トゥルース号時間、午後三時。
乗組員食堂イービル・デリシャスの席についた、私とアークとサディさん。
私の前にあるのは、すさまじくブ厚くて、アッチッチと言っていいくらいに、ほっかほかなホットケーキ。しかも、パンダ船長の焼印がドーン! と入っているイービル・トゥルース号スペシャルだ。
アーク・マーカイザック作の、極厚ホットケーキにナイフをいれると、ふわりとあまーい香りが立ち上る。
向かいの席では、アークがパンダマーク入のマグカップにはいった真っ黒いコーヒーをガブガブと飲みながら、お得意の奇妙奇天烈な話を開始する。
この船はスゲエぜ。タッヤ。
この船がどれだけブッ飛んでいるか? 新入りのタッヤはまだ知らないだろうから、ほんのすこし話してやろう。
どうだ? 俺は新入りにやさしいだろう?
これからするのは仮定の話だが、どれも俺がキチンと計算して導き出した答えだ。
前提条件。
イービル・トゥルース号の主砲、45口径46銀河標準センチメートル砲で、グラジ・ゲートを撃ったとする。
イービル・トゥルース号が主砲をブッ放したグラジ・ゲートの行き先は、イービル・トゥルース号の主砲塔の真上に存在しているとする。
グラジ・ゲートは突入してきたあらゆる電磁波を無効にしてしまう。だが、イービル・トゥルース号がドカン! とブッ放すのは、化石級の実体弾であって電磁波なんかじゃない。
前提条件はよく理解したな? カピシ?
それではいってみよう!
イービル・トゥルース号の主砲をドーンッ! 砲弾がズドーンッ!! グラジ・ゲートにバコーンッ!!
いったいなにがおきるだろうか?
軽く音速を突破する速度でグラジ・ゲートに飛び込んだ、直径46銀河標準センチメートルの砲弾は、グラジ・ゲートを通過して時空を飛び越え、音速突破の速度のままにゲート出口から飛び出してくる。
その先にあるのは……
俺達が午後三時のお茶を楽しみ、キャプテン・パンダーロック殿の焼印入りホットケーキにナイフをいれている、このイービル・トゥルース号だ。
つまり、イービル・トゥルース号が45口径46銀河標準センチメートル砲で、自分自身に実体弾を叩き込むということだ。
タッヤ。そうしたら、いったいなにが起きると思う?
アークの話は本当にイカれ過ぎていて、200%以上で大確定の大爆死しか私には思いつかなかった。
イチ銀河ミリ秒も、計算してみようなどと思うこともなく、私の頭の中には自分が死ぬ光景が上映されていた。
イービル・トゥルース号がブッ放した主砲弾が、イービル・トゥルース号の直上に現れ、巨大な砲弾が船をぶち抜く。
45口径46銀河標準センチメート砲などという、大宇宙広しと言えども、正気であれば誰も設計図すら書く気にならない、巨大過ぎる砲が放つ実体弾の前では、ハードでヘヴィなメタル装甲もなんの役にもたちはしないだろう……
主砲塔直上から突入してくる実体弾によって装甲を撃ち抜かれ、船のおナカのオクまでしっかり届いてから、遅延信管がドッカーン!
その先は、バンソロ弾いて計算するまでもない……
銀河標準ミリ秒後に私は、ここではない時空を翔けるあの世超特急列車に乗車していて、終点は天国なのか地獄なのかと考え続けて、ブルブル震えているのが大確定。
「そんなの、死んじゃうに決まってるじゃないですかぁぁぁ……」
あの時、なにひとつ計算することなく言った、自分の情けない声を私は今でも覚えている。
「いいや、死なない。誰一人な。そして、この船は、大宇宙という星の海に浮かび続ける。嘘みたいに聞こえるだろうが、これは邪悪なほどの真実だ」
アークはそう言うと、バンダマークのマグカップに真っ黒いコーヒーをおかわりして、ガブガブと飲みながらさらに続けた。
遥か彼方の遠い昔、宇宙という言葉すらつかないただの戦艦が、塩っからい水で満ちた大海原に浮かんでいた時代。そういう古きヤヴァき時代の流儀で、イービル・トゥルース号は作られたように俺は思える。
そして、そういう遥か彼方の遠い昔の流儀というものは、細かい理由はなにひとつわからんが、とにかくハードでヘヴィなしびれるようにヤヴァイ思想らしい。
「戦艦というものは、自分自身の砲で自分自身を撃ったとしても、どうということはない」
パンダ船長の蔵書にあった、クソ昔の戦記にはそんなことが書いてあった。
つまり、遥か彼方の昔的な古きヤヴァき流儀が大好きなイービル・トゥルース号は、自分自身の砲で自分自身を撃ってもどうということはないように設計されているということだ。
どうだ? この船はすごいだろう?
アークの話したことは、私にはどうにも理解しがたいことだった。
自分自身の砲で自分を撃ってもどうということはない?
自分自身の砲で自分を撃つという前提自体がイカれ過ぎているし、実際にやったとしても、どうということはないなどということが有り得るのだろうか?
私はぽかーんとくちばしを開けたまま、さらに続くアークの話を聞くしかなかった。
信じられないだろう? 嘘みたいに聞こえるが、これは本当の話なんだ。
戦艦というものは、とにかくすさまじい破壊力だけが注目されがちだ。
クソ馬鹿ドでかい巨砲をギンギンにおっ勃たせて、バンバン撃ってガンガンぶち込みドンドン沈めた後には、ドバドバの酒がウマウマでヒャッハー!
そういうものが、THE戦艦! と思われがちだ。
だが、戦艦の本懐は、破壊力ではない。
戦艦の本懐とは、強力な砲でバンバン撃たれ、ガンガンにブチこまれても、ドバドバと大事な中身を出してしまうことなく、いつまでもガチガチでギンギンに硬く折れない心を持つことだ。
ウヨウヨよってたかって攻め込まれ、ネチョネチョに粘着質にまとわりつかれ、圧倒的物量をドバドバに注ぎ込まれてバチボコにヤラれまくり、すべての砲が沈黙しちまったスクラップとなれ果てようとも、沈むことなく浮き続ける。
そういう驚異の耐久力こそが、戦艦たる存在の本懐であると俺は思う。
戦艦という名に、知的生命体はだまされがちだが……
戦艦特有の巨体でもって誰かの領域にまでズカズカ踏み込み、もろだしの巨砲をギンギンに勃たせてみせつけて、これが抑止力だといってイキることが、戦艦の本懐などでは断じて無い。
戦艦とは、君を守るために、何者よりも強く、何者よりも固い自制心を持ち、何者よりも冷たい思考を持つ、鋼鉄がごとき存在なのだと、俺は信じる。
自身の存在が戦争を呼び、君を危険にさらさないために、借りてきた猫のようにおとなしく、日常をすごしているのが戦艦だ。
あんなものは無用の長物だ。あんなものはみてくれだけの海上ホテルだ。あんなものは野蛮さの象徴だ。あんなもの使うゼニーがあるなら、もっと他のことに使えるはずだ。
そういうことを言われても、どんなに冷や飯を食わされてもじっと耐え、泣き言ひとつ言わないものが、ハードでヘヴィな鋼鉄の心臓と魂を持った戦艦なのだ。
一般市民が飢える中ドンドン増税して、ゼニーを軍事費にジャブジャブ注ぎ込み、馬鹿イチ戦艦マーチをガンガンに鳴り響かせ、ギラギラしてる戦艦をズラズラ並べて観艦式なんぞをバンバンにやらかし、もろだし全開の巨砲をビンビンにおっ勃てて、征くぞ! 征くぞ! 平和力がドバドバだと、総員、右向け右で前にならって雁首並べてゾロゾロと、大群衆が大行列作って大行進!
これが抑止力でござい! 戦争できるぞ! と勇ましく、我は勇猛果敢なのだと喧伝するようなことが、戦艦のイキる道などでは断じて無い。
戦艦は、誰にほめられるわけでもなく、万がイチの最悪に備えて己を鍛え続ける。
戦艦は名誉など求めず、英雄と呼ばれることを求めず、己が活躍する場を欲せず。
戦艦は、もしももしもの万がイチという危機に備え、君を守るための防壁となって立てるように、じっと耐えて刃を研ぐ。
そうやって研ぎ澄まされた刃を鞘に収めておくことが、武の道を生きる者の最低限の礼儀であり矜持だ。
これが男らしさなのだと、俺は言わないし、女らしさだとも言わない。
これはガチでバチバチなマジモンの、消極的戦争主義者の流儀だ。
攻めてきそうで怖いから、まずはデッカイブツをもろだし突きつけ脅してちぢみあがらせ、細かいことは抜きにして、先ッチョだけでもとにかく先にヤッちまえば、あとはズブズブで何もかもがパンパンパンと大解決!
そういう、どんな馬鹿も阿呆も思考停止でよくわかる簡単な結論に飛びつくってことは、中枢神経細胞のすくねえチンケでケツの穴が極小な腰抜けチキン。つまり、勇ましいだけで頭が足りない積極的平和主義者の典型ってことだ。
気取らず飾らずイキり散らかさず、オラつくことなど一切なく、有事有事と騒ぎ立てるのではなく、穏便にことを済ませる頭を使いながら、万がイチの有事に静かに備え、じっと日常を生きて刃を研ぐ。
それが、ハードでヘヴィな鋼鉄の心臓と魂を持つ、戦艦が生きる日常というものだ。
だがな……
もしも、誰かが君の領域を侵しに攻めてきた時。絶対的な危機に、君を守り助けるために初めて、戦艦は戦場に出る。
戦艦とはクッソハードでヘヴィなメタル装甲に身を包み、押し寄せる戦争の前に立ちはだかる鋼鉄の壁となって君を守るものだ。
それこそが、戦艦の本懐であると俺は確信する。
ハードでヘヴィなタフネスでないと、大宇宙という星の海を生きていけないなどと言う。
だが、優しくない奴に生きていく資格はないぜと、どこかの銀河で誰かが、クッソハードにカッコいいことを言ったらしい。
俺も同意するよ。
優しくない奴は生きていく資格がない。つまりは、優しくない奴は全員死ねということだ。
優しくない奴は全員死ねということは、戦争をおっ始めるような優しくない奴らは、全員死んでしまえということだ。
あらゆる銀河と星星と知的生命体が、それぞれの想いを侵すことなく互いに共存できるほど広い大宇宙で、戦争をはじめるということは、万回死んでも償いきれない、大罪だということだ。
これは邪悪なほどの真実だ。
消極的戦争主義者は、できる限り仕事をしたくない戦争屋ということだ。
戦争に備えよ。だけど消極的だから、戦争はしたくない。だから、挑発なんざしやしない。
消極的戦争主義者の戦争屋は、とにかく働きたくないんだ。だから、絶対に俺から戦争をはじめない。
わかりやすい話じゃないか?
だが、積極的平和主義者どもに、先にやらかされ、君に戦争が迫ったとなったら話は別だ。
消極的戦争主義者である俺は、戦争をはじめたやつらをどいつもこいつもブッ……




