君は無慈悲な俺の幸運
君は無慈悲な俺の幸運
降伏してお手あげですをしている大群衆を、超重機動兵器自民愚が蹴散らし踏み潰して迫ってくる。
それでもなお、通常の二倍以上に常軌を逸した男を搭載した青い鬼は、最前線に立ちはだかったままだった。
AXEはすさまじい速度で暫定陣地を片付け、撤退作業を完了させる。
「イカれきることができない私達に、もうできることはないんです。船に帰りましょう。サディさん」
絶対の冷静を誇るAXEの声が、即時撤退をサディにそくす。
「アーク……、海賊放送なら、イービル・トゥルース号からだってできるだろうがよぉぉ……。あたしと一緒に、ふたりの船まで帰ろうよぉぉ……」
キャンディ・アップルレッドが、悪霊退散と刻まれたメタルハンドでブルーナイトメアの肩をつかみ、青い機体に直接振動を伝えて帰還を誘う。
これから俺が殺ろうとしている海賊放送は、最前線に立って殺るからこそ意味をなすのさ。
戦争を終わらせるには、最前線に立ちマジモンの地獄をみた者が、本当の戦争の話をすることが最善だ。
君だってわかるだろう? サディ。
安全な場所でぬくぬくしている、後方支援のクソ野郎からキレイごと言われたら、君はどう思う?
最前線に一度も出たことがない体にたっぷりとシャワーを浴びた後、糊がパリッときいた真っ白いシャツと、シワひとつないスーツを身につけて、ごたいそうに戦争を語る。そんなド偉いミスターホワイトカラー様の言うことを、リアルな戦場を知る君は聞く気になるか?
リアルな戦場の最前線に立つ君なら、俺が言っている意味がわかるはずだ。
サディ、俺の姿をみろ。
返り血どころか、ぶちまけた臓器までもが、機体にこびりついて取れやしねえ……
この血みどろの姿をみせてこそ、俺が言うことに説得力が生まれる。
マジモンの戦場で、マジモンの残虐行為をした俺が言うから、骨身まで伝わるのさ。
サディ、君ならわかるはずだ。
特に何もしなくても、絶対安全安心な明日が普通にやってくる。そういう世界で生きている、後方支援のクソ野郎が何言っても、前線で戦争やってる奴にだって、クソ遠い安全地帯にいるド偉いミスター指揮官様にも、絶対に届かねえってことがさ。
アーク……
サディ、血まみれの俺を見ろ。
積層複合装甲に張り付いているこの臓器だって、誰のものかすらもわからないんだぜ?
確かにボンクラ坊やで、何も考えていなかったかもしれないけれど……
話せるし文字も読める知的生命体が、こんなになっちまうんだぜ。
どうだ? すさまじく残虐だろう?
リアルな戦争の話をするには、こういう光景をみせるのが大事なんだ。
ブルーナイトメアの肩をつかんだメタルハンドから直接伝わるアークの声に、前線に立つマジモンの戦争屋であるサディは、うなづくことしかできなかった。
ハードでヘヴィなメタル装甲に覆われた、アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋の中から、リアルな戦争の話をしたとしても、それはただの放送でしかない。
死の回廊の最前線で皆殺しの残虐王として君臨した男の、ドログチャ血まみれの姿があってこそ、これからアークがやる海賊放送に、はじめて骨身まで届く意味がうまれるのだ。そういうことを、アークは言っているのだと、サディは心の底から理解した。
「イチバチ。九式海賊放送弾の装填が終わったら、最速でバンバン撃ってガンガンにブチ込めよ」
たった一機で前線に残る残虐王の言葉は、いつものアークの言葉だった。
ナニを言われようが、どんな窮地であろうが、自分が殺れることがまだあるのなら、俺は殺る。通常の二倍以上に常軌を逸した男の言葉は、簡潔にそう言っていた。
「九式海賊放送弾でどれだけブッ殺せるのか、殺戮機械である俺にみせてみろ」
イチバチからの返答は、冷たいキラーマシンらしいハードでヘヴィなセリフだった。
「サディ。これだけは言っておくぞ。明後日にふたりでパフェを食う約束を、俺はナシにするつもりはないぜ」
通常の二倍以上に常軌を逸した男は、ふたりのデートの約束をすっぽかすつもりはこれっぼっちもないと、明確に愛をサディに告白していた。
アークは普段、こういうことを絶対に言わない。
アークの言葉は、残虐王ですら死の予感を感じるほどの危機的状況に、この戦争はあるのだということを意味していた。
「アークぅぅぅ……」
サディの声は、すでに涙混じりだった。
自分の名を涙声で呼ぶ女の声に、通常の二倍以上に常軌を逸している男は、どれだけ酔っている時でもしないことをする。
青い機体が振り返り、残された右腕で、赤い機体を抱き寄せる。
アークとサディを収める操縦席が存在する、複合積層装甲板で覆われたボディが接触。
ラスト・ドンパチの最終局面でたどり着いた、どん詰まりの死の回廊で、青い機体と赤い機体が寄り添い抱き合う。
ハードでヘヴィなメタル装甲が、ふたりの間をへだてていたけれど……
近接格闘に特化された剛腕が生む引力に引き寄せられて、赤い瞳の女のコの魂がぐっとアークに惹き寄せられる。
ハードでヘヴィなメタルマシン同士が接触する、重金属音の中で響く、あたしのためだけにどこまでも暴力をふるい続けてくれる、あたしだけには絶対安全な危険過ぎる男の声。
俺は大宇宙を自由気ままに翔けてきた。
でも、この大宇宙のどこにも、神と呼ぶにふさわしい奴はいなかった。
ただの一度も顔をあわせたことのないような、神の存在を信じれるほど、俺の頭は素敵なお花畑を所有していない。
この大宇宙に神はいない。
もしも仮に、100億光年ゆずって神がいると仮定したとしても、そいつはナニもできないマジモンの無能だ。
神がいないのだとしたら、この大宇宙には女神もいない。
女神がいないということは、幸運の女神ってやつもいないことになる。
100億光年譲って女神がいても、神がマジモンの無能なら、女神も当然無能だろうよ。
だけどな、サディ。君は間違いなくこの大宇宙に存在している。それはとっても素敵な真実だ。
そして今の俺には、とびっきりの幸運が必要だ。
だから、サディ。
幸運ってやつを俺に、君がさずけてやってくれないか?
行き止まりのどん詰まり、敗北が確定したと思われた暗い世界に、それでも君臨し続けようとする残虐王の声は、サディの聴覚器官にガンガン響いて、お胸のオクをめっちゃくちゃに揺れ動かす。
「アーク……」
サディは、死の回廊に君臨する残虐王の名を口にすることしかできない。
「ここに頼むぜ。サディ」
失った左腕のかわりに取り付けられた巨大な盾で、青い機体のメタルほっぺをツンツンして指し示すアーク。
その意図は明確だった。どん詰まりの行き止まりまできてしまった死の回廊で、アークはサディを求めたということだ。
どんなに誘惑しても、指一本挿れてこない。あたしだけに絶対安全安心無害な残虐王が、いまはじめて、甘い行為を求めた。
それは、死の回廊に君臨する残虐王であったとしても、幸運を求めるしかない絶対の危機を意味していた。
あいつがあたしに甘いことを求める時は、いつもいつもマジモンの地獄の真っ只中だ……
そのことが、あたしは心の底からくやしくてたまらない。
先に帰ってシャワーを浴びて、いい匂いだけを身に着けて、ふたりのベッドで俺が生きて帰るのを待っていろ。
そういう意味のことを言われた女のコは、要求に答えることしかできないよね。
あたしはあんたを前線に残して、後方に撤退しないといけない。
ガチでバチバチなマジモンの戦争屋をやっているのに、あたしが今できることはこれくらい……
だけどあたしが、あんたに幸運をさずけることができれば、きっとこの戦争は終わるんだ。
ついこの間、合法年齢を突破した、めっちゃ体重軽い女のコからのくちづけだよ。
あんたは間違いなく、この大宇宙で一番幸運な男に決まってる!
サディは心を決めて、死の回廊に君臨する残虐王の要求に答えるために、そっと操縦桿を動かした。
キャンディ・アップルレッドのメインモニターに、蛮族の逆立つモヒカンみたいなブレードアンテナが目立つ、ブルーナイトメアの頭部が迫ってくる。
複合積層装甲同士が接触する時に出る、無機質だけど胸のおナカのオクまで届く、クッソヘヴィな金属音。
ラスト・ドンパチの最終局面でたどり着いた、何もかもがどん詰まりになってしまった死の回廊で、赤い機体は青い機体に抱きしめられて、ほんの一瞬なのに永遠みたいに感じられる、鋼鉄の味がする初めてのキスをした。
青い機体と赤い機体の接触が、アークの言葉をサディに直接届け、ふたりだけの短い会話をする。
アークの話は短かくて、ロマンティックなことはもう言わなかった。本当に、ほんの少しのふたりだけの一瞬だった。
「ありがとうよ、サディ。俺はいま、この広すぎる大宇宙で、間違いなく一番ラッキーな男だぜ」
キャンディ・アップルレッドの腰を抱いていた、ブルーナイトメアの右手が、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳の女のコを後方へと押し返し、青い機体と赤い機体が離れる。
「先に行け、サディ。ここで俺はできるかぎりのことを殺る。このドンパチを終わらせるためにな」
再び通信機から流れるようになったアークの声に、サディはうなづくことしかできなかった。
あいつがあたしに手を出してくれるのは、いつもいつも絶望的などんづまりで、ベッドでふたりが甘いことをしている時間なんかない。
だけど、あたしは信じる。あたしの男は必ず生きて帰って、あたしのベッドにもぐりこんでくれる男なのだと。
キャンディ・アップルレッドが前線からの撤退を開始して、ブルーナイトメアだけが、たった一機で死の回廊に残る。
最後にサディは振り返って、ブルーナイトメアの背中を見た。
青い機体の背中に走る稲妻は言っていた。
「我は、積極的平和主義者を憂鬱にする悪夢である」
死の回廊に君臨する残虐王は、この戦争に抗うことをやめなかった。
押し寄せてくる戦争をどこまでも止めようとする、消極的戦争主義者。
最前線に立ちはだかり続ける死の壁は、青い炎すら立ちのぼらせているかのようにみえた。
だけどその光景は、サディにとって、ふたりが永遠の別れになる瞬間なのではないかと思える、あまりにも感傷的に過ぎる残酷なものだった。




