地獄へGO TOキャンペーン
地獄へGO TOキャンペーン
小惑星クラスの超巨大異次元異様要塞カルト・スターを示す楕円が、刻一刻と近づいてくるレーダー盤。
あまにりも急な展開で、たすきで袖をくくっただけの和服。ぐいっと大きく奥襟を下げたまま、あでやかにみせるうなじに冷たい汗が流れるのをAXEは感じている。
あらゆる銀河の可愛いものを集めてさばく、ファンシー雑貨貿易船に就職したつもりはもとよりない。
だけど、完全沈黙した巨大航宙ホテル船に隠れて、どう考えても自殺行為的な突撃をする宇宙戦艦に就職したつもりもなかった。
「本船とカルト・スターの相対距離、現在150宇宙キロ」
自分の声が異様に冷静なことに、AXE自身が恐怖を覚える。
かつて絶体絶命の危機に、イカレたあいつにハメられた危険な娘に首しめられて、意識を失った状態で大宇宙に放り出されたこともある。
確かに命が助かりはしたけれど……
もう少し違うやり方があったことは、間違いない。
首絞めプレイで失神させて宇宙にポイ。
今回はそういうことを、イカれたあいつとイカれたあの娘はしなかった。
本当に正気なのだろうか?
本当に勝機があるのだろうか?
本当にこれは正真正銘の自殺行為ではないのだろうか?
AXEの中に疑問がわいてくる。だけど私の前で、イカれたあいつはでっかいあくびをかましている。
どう考えても、自殺行為に突っ込む者がみせる姿じゃない。
「相対距離、100宇宙キロ」
動揺とは真逆の、冷静な自分の声。
右隣の席に着く、ミーマ・センクターにAXEは視線を向ける。
ボンキュッボンのラインを描く身長2銀河標準メートルの褐色ボディに、ガッチバチのベルトとバックルだらけの軍隊仕様のバトルスーツに身を包んだ黒髪ロングのセンクターお姉様が、金色と銀色の瞳をギッラギラに暗闇の中で光らせている。
「いかにシンセティック・ストリームが、阿呆駄郎のケツの穴でも……。通常の神経では考えられない奇策も奇策とはいえ、そろそろ砲撃を食らってもおかしくない相対位置関係まできたものと状況を判断するけどねぇ……」
ミーマ・センクターが刻一刻と接近する相対位置から、いつ撃たれてもおかしくないのだと状況を判断。
ミーマ・センクターお姉様の心中は揺れていた。
阿呆駄郎のケツのお穴におナマでブッ込むような、絶望的に危険過ぎる突入の先に、ゲームバランスを完全崩壊させるほどの安全地帯が、本当に存在するのだろうか?
艦隊規模の斉射が生み出す、過半数を突破した圧倒的多数のフルボッコに平気で耐える。この船の異常な対抗障壁領域が実在することのほうがまだ信じられる。だって、現にこの船は事実、今までただの一度も沈まなかったのだから。
だけど……
ミーマ・センクターお姉様の思考がさまよいだす。
synthetic streamのケツのお穴におナマでイン。
どう考えても……
致命的な病をもらって、私の明るい未来計画がジエンド。
そんな絶望への突入みたいなことは、今まで一回もしたことがない。
なのに……
目の前では、アークがまたでかいあくびを一発。
チート的な救出作戦の果て、本船にようやく帰還した無免許もぐりの航海士は、余裕余裕のお舐めプレイ。
それが一番ゾッとする。
立ったらいけないフラグがお立って、本当にイッテしまうかもしれなくて……
ブラック・レーベル作品が合法になった世界で、私は生きてもう一度、ブラック・レーベル作品を読めるのかしら?
「たくわえをケチって使わずに死ぬ。そんなバカなことはごめんですけど……」
これから起こるであろう、何もかもがすべて終わった後に、この船の財務状況が壊滅的なまでの危機に陥ることを予想して、タッヤが静かにそう言った。
「またスカンピンになったら、資源採掘でもやればいい。宇宙の神秘でも探して稼げばいい。どこかのポンコツリアクターを、銀河中にいるネトネトに粘着質なウヨウヨしている情弱どもに高値で売ればいいのさ」
すかんぴんになったなら、また稼げばいいだけさ。アークは真面目にそう言った。
タッヤは思う。
本当に……、そんな日々がくるのだろうか?
素寒貧でも、大事な命があれば、未来はどうとでもなるさ。
理屈で言ったらそうだけど……
これから突っ込む領域では、その理屈が通る世界なのだろうか?
すべての物種、大事な生命を燃やし尽くしてしまう世界に、私達はいま進んでいるのでは?
スカンピンではあるけれど、まっとうなシノギでゼニーを稼ぐ日々。
つつましいけれども、誰も殺す必要などない。そういう日々を、私はこの船で過ごしたい。
そのためには……
とにかくケツをまくってバックレる。ただし、バックレる先は、迫りくる超巨大異次元異様要塞……
カルト・スターにむかって、この船はガンガンに突っ込んでいるわけで……
緊急事態の真っ只中で、勢いにのって選択してしまった自分の道が、地獄へGO TOキャンペーンの血塗れな道にしか、いまのタッヤには思えない。
「とりあえず今は暇だけど、いったん忙しくなるとここは地獄だからなぁ」
慣性航行中のため停止しているエニグマ・エンジンをみあげて、機関長室のソファーに身をあずけたコタヌーンはそう言った。
「イチバンキツイノハ、オレタチダガナ」
メタルヘッドに赤いバンダナ巻いたメカニック係長イクト・フタロクが、緑色のオイルが入った湯呑みに口をつけてそう言った。
「アネゴハ、レイノトコニ?」
機械魂と刻印された湯呑みを傾けつつ、メタルヘッドに緑バンダナ巻いたメカニック若い衆、イクト・ニーイチが言う。
「エニグマ・エンジン以外の謎に、なぜか最近ご執心なんだよなぁ」
あらゆる計器がレッドゾーンを振り切って、あらゆる数値を意味不明なものにしてしまう。エニグマ・エンジンの謎をずっと追い続けていた奥様に思いをはせるコタヌーン。
機関室の深部に、機関副長オクタヌーンはずっと閉じこもっている。
「私はこの船の、核心に迫っている」
愛用するノートPC、末期の突出のキーボードを叩き、とあるシミュレーションを作成しながら、オクタヌーンはこの船の謎を解く糸口を追い続けている。
「この船の本当の謎は……」
あらゆる数値が意味をなさないエニグマ・エンジンの謎を解くために、オクタヌーンがたどり着いたのは……
エニグマ・エンジンの解析という方法ではなかった。
吐き出せるはずのない出力を吐き出してしまう。まるで嘘みたいなこの船のイカれた主動力源。
どんな解析も通じない正体不明の出力を叩き出すくせに、今現在の科学水準と同一の原理で動作するという、驚愕驚異のエンジン。
どんな理屈でも成立しない謎の存在に、オクタヌーンはずっと歯が立たなかった。
でも……
とある一件をまのあたりにしたオクタヌーンは、ある着想を得た。
その着想をシミュレーションすることで、この船が叩き出した出力は実現可能なのかを検証する。
「私の想像が、もしも本当に正しかったら……」
オクタヌーンの指が、想像が現実にあったらどうなるのかを示す、シミュレーションを構築していく。
急がないと……
この船は最終決戦の地へと向かっているのだから……
謎の出力を叩きだすエニグマ・エンジンが格納された機関部の最深で、オクタヌーンの孤独な闘いが続く。
乗組員達の様々な思いを背負い抱き、イービル・トゥルース号は絶望的な突入の先にあるという、まさかまさかの安全地帯を目指してひっそり静かに星の海を翔けていく。




