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海賊放送船イービル・トゥルース号の冒険  作者: 悪魔の海賊出版
第六部

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深く静かに逃走せよ

深く静かに逃走せよ




 ガスマスクのレンズのむこう側では、大宇宙方位計だいうちゅうほういけいの針がピタリと前をむいている。

 この針をピクリともさせないのが、銀河一逃げ足が速いと言われた俺に、今できる逃走だ。

 黒いレザーグローブに包まれた手がそっと握る、操縦桿からイービル・トゥルース号の各部へと俺の感覚がのびていく。

 巨大な暴力装置を背負い抱く船体がブッ刺さった残骸ざんがいを、自分の体のように俺はあやつらなければならない……

 瓦礫がれきだ……。俺たちは瓦礫がれきになるんだ……

 瓦礫は姿勢制御などしない。ぴくりとすることもなく、宇宙の果てをめざして飛んでいく。

 ガチでバチバチな武装をイキイキとオーバードライヴしてオーバーキルを殺りまくる、イービル・トゥルース号を生きたまま瓦礫にするのが俺の仕事だ。

 それはつまり、この船がブッ刺した巨大航宙ホテル船を宇宙を漂う瓦礫として、大宇宙方位計だいうちゅうほういけいの針を停止させた状態でまっすぐに進ませる。

 超巨大異次元異様要塞カルト・スターまで続く、みえない一本道をひたすらまっすぐ直線番長すればいい。

 言葉で言うのは簡単だけど、実際にやってみるとこいつはクソムズい。

 イービル・トゥルース号にブッ刺さされ、乱れに乱れまくった巨大航宙ホテル船はもうめちゃくちゃだ。

 慣性かんせいでまっすぐどこまでも飛んでいくことは間違いないが、イービル・トゥルース号にクッソ激しくとつられた巨大航宙ホテル船は、ちょっと油断するとぐるぐる回転してしまう。

 だから、銀河イチ逃げ足が速いと呼ばれたこの俺が、イービル・トゥルース号と巨大航宙ホテル船が合体したことによって発生する、乱れに乱れた大回転を、しっかりと抑え込まないといけない。

 もしも、巨大航宙ホテル船がくるりと回転してしまったら……

 イービル・トゥルース号の姿が、超巨大異次元異様要塞カルト・スターに発見されてしまう。

 だから俺には、一瞬のミスも許されない。

 銀河イチの逃げ足でバックレるだけが逃走ではない。

 巨大な残骸をピクリともさせることなく、まっすぐに直進させることが、今回の逃走……

 地獄の業火ごうかでアッチチになったメタル棍棒こんぼうをケツの穴から突っ込まれているみたいな、ケツの穴がヒリヒリどころでは済まないマジモンの修羅場しゅらばで、俺は生涯しょうがいで一番スゲエ大逃走だいとうそうを実行している。

 真空の宇宙空間が正体不明の粘液ねんえきで満たされたかのように、どろりと流れていく時間の中を、イービル・トゥルース号が進んでいく。

 俺は……、宇宙をただよう瓦礫だ……

 イービル・トゥルース号は、宇宙をただよう瓦礫だ……

 少しも回転することなく、同じ面を向けたまま、慣性のままに宇宙の果てを目指して飛ぶ瓦礫なんだ……

 ガスマスクの中にひびく、自分の呼吸音がひどくうるさく感じる。

 ガスマスクのレンズのむこうで宇宙相対位置表示板が、刻一刻こくいっこくと迫る超巨大異次元異様要塞カルト・スターとの相対距離を表示している。

 くそが……

 ケツをまっくてバックレると言ったじゃないか……

 カルト・スターとの距離を、ガンガン離してバックレるのではなかったのか?

 俺はなぜ、前に進んでいる?

 ガスマスクのレンズ左方向で、まっすぐに前をみている一人前以上の男。

 上半身マッパに、濃紺のうこんのミリタリージャケットだけを着て、頭上に猫耳生やしたイカれ野郎。

 クソが……

 こいつのせいだ……

 こいつがいつもいつも、まともな逃走経路とうそうけいろを考えないからだ……

 だから、銀河イチ逃げ足の速い俺は、こうして前に進むハメになっている……

 こいつが言うには、いま前に進むことが、最高の逃走経路とうそうけいろなんだとよ……

 くそが……

 そんな話があるか?

 逃げるということは、いつだって後ろ向きなことじゃないのか?

 だけど、こいつが選んだ選択はいつもいつも、俺たちが死ぬという結果にはならなかった。

 こいつはいつも、絶体絶命ぜったいぜつめいの瞬間を連れてくる死神から、見事に逃げ切ってきた。

 だからこの船はまだ、星の海をけている。

 本当なのだろうか? 

 前に進むことこそが、最高の逃走なのだと言う、イカれ野郎のたわごとが?

 くそが……

 思考が散らばりだす。

 集中しろ。

 俺たちは瓦礫だ……

 激しい挿入行為でひとつになって、宇宙の果てを目指してブッ飛んでイク、ふたつでひとつの瓦礫になるんだ……


 発見されることをおそれ、全ての照明を落としたアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋に、緊張したAXEの声が響く。

「本船とカルト・スターとの相対距離そうたいきょり、現在200宇宙キロ」

 AXEがみつめるレーダー盤のうえでは、不気味に光る楕円だえんがぐんぐん接近してくる。

 AXEがレーダーから計測けいそくした推定質量すいていしつりょうから、ミーマ・センクターお姉様が小惑星サイズの超巨大移動要塞カルト・スターの性能を推測中すいそくちゅう

 ぐんぐん迫る超巨大異次元異様要塞カルト・スターを前に、ごくりとつばを飲んだミーマ・センクターお姉様が状況判断を開始する。


 カルト・スターに搭載とうさいされた砲の性能は詳細不明だけどねぇ。

 カルト・スターは小惑星クラスの超巨大異次元異様要塞。

 超超大出力の巨大リアクターを複数搭載ふくすうとうさいしていることは容易よういに想像できるよねぇ。

 であるならば、本船はすでにカルト・スター主砲の有効射程内ゆうこしゃていない突入とつにゅうしている。

 そういうマジモンの鉄火場てっかばに足を踏み入れたと状況を判断するよぉ。


「対抗障壁領域はすでに展開済みですが……。小惑星規模のカルトスターが撃つ斉射に、この船は本当に耐えられるのでしょうか……?」

 カルト・スターの斉射が生み出す破壊力を、バンソロ弾いて予想しようとているタッヤが不安を口にする。

 スペース・バトルシット・アヘンシゾー級とは何度も実戦を経験している。大自民統一教会砲のスペックは、すでにほぼ丸裸だが……

 カルト・スターに搭載されているのが、アベンシゾー級と同一なのか? それ以上の巨砲なのか? 詳細は現在一切不明。

 主砲照準器の中にとらえたカルト・スターを、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳でじっとみつめて、サディが鮮血せんけつみたいに赤い口紅くちべにひいたお口で話し出す。


 どうだろうね?

 あたしは今まで、シンセティック・ストリームのクソ宇宙戦艦とずっとずっと闘ってきた。

 どいつもこいつも、ピンピンハネハネ中身ヌキヌキのキックバックで裏金づくりの果てに、タマの中身をスッカスカに抜かれちまった、イザとなったらふにゃんふにゃんのグニャグニャな、クッソ馬鹿デカいだけの豆鉄砲まめでっぽうばっかだったよ。

 だけど、今度の相手は……

 クソオブクソのドクソいミスターキングうんこマンが山盛りのクソ山に鎮座ちんざする、クソが特盛大サービスのおカタマリみたいなもんだ。

 今回ばかりは本当に、クソみたいな威力いりょくの主砲かもしれない。そういう可能性はゼロじゃないよね……


 刻一刻こくいっこくとイービル・トゥルース号は超巨大異次元異様要塞カルト・スターに接近している。

 俺達は生き残る。

 上半身マッパに、イカツイミリタリージャケット一丁の、頭に猫耳のせたイカれ野郎はそう言った。

 確かに理屈りくつのうえでは、巨砲の根本は安全地帯なのだろう。

 唯一ゆいいつしめされた希望に、乗組員達はのるしかなかった。

 通常の二倍以上に常軌じょうきいっした男が猫耳生やして生み出したノリが、あの場を支配していたのだ。

 でも……、いまは……

 刻一刻と異次元級に異様な巨大要塞が迫っているという実感が、どんどんその圧を強めている

 たった一隻の宇宙戦艦が、宇宙移動要塞を倒す。

 そんな嘘みたいな話が本当にできるのだろうか?

 あり得ないような出来事が実際に数々起きた、大宇宙戦争時代の戦記せんきにすら、そんな事例はひとつもない。

 ほとんどの照明が消灯し、暗い闇がただようアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋で、乗組員達の間に恐怖の臭いがただよいだす。

 静まりかえった循環空気の中で、乗組員達は考える。

 アークの言うように、クソでかい相手には取り付いてしまえばそこが安全地帯、という理屈りくつはわかる。

 デカい主砲はてめえの根本をねらえない。それはまぎれもない真実だ。

 だけど……。そのあとは?

 いったいどうやれば、そこから生きてかえれるというのだろうか?

 アークがパンダ船長のご英断を翻訳ほんやくしたあの時、決断を下すまでに残された時間はほとんどなかった。

 ごくごく一般的な方法で、この宙域から脱出しようとしたら……

 グラジ・ゲートは封鎖ふうさされ、この宙域から逃げ切ることは絶対にできなくなる。グラジ・ゲートを使わずに、この宙域を脱出できたとしても、その頃にはイービル・トゥルース号の燃料は半分以下に減っているだろう。

 synthetic streamの艦に襲われても、イービル・トゥルース号は勝てるはずだ。

 でも……、いずれ燃料が尽きるのだ。

 燃料が尽きたイービル・トゥルース号は、synthetic streamのどんなチンケな艦であっても、絶対に勝てない。それどころか、どこかの星に降りることもできやしない。

 ごくごく普通の選択肢せんたくしでは、間違いなく死が確定していた。

 パンダ船長のご英断えいだんのふりをした、イカれ野郎のさくに本当に乗るのか?

 今すぐ正解を選択しないと、時間切れで死んでしまう。

 そういう極限状態の中でなんのためらいもなく、俺達は殺られるのではなく殺れると断言する危険な男に、私達はのせられたと言っていい。

 安全地帯に飛び込むのはわかる。でも、そのあとは?

 乗組員達の問いに、無免許もぐりの航海士はあの時こう言った。

「そこから先は、殺ってみてのお楽しみってやつよ! はっはっはっは!」 

 アークの笑いには、一切の不安も恐怖もありはしなかった。

 どうにもならなくなった絶望の底で、恐怖によって発狂した笑いでは断じてなかった。

 ある日、突然、大気圏外から降ってきて、あらゆる法も空気も無視してブチかます、海賊放送でいつもしているあの笑いだった。

 いままでいろんな大冒険をくぐり抜けてきたけど、死んだことはただの一度もありはしない。

「むこう200銀河標準年まで確認してみたが、死ぬ予定はひとつもなかい」

 通常の二倍以上に常軌じょうきいっした男は、自信満々にそう言った。

 だけど……

 普通は死ぬ予定なんかなくても死ぬものではないのだろうか?

 今まで何をやっても死ななくたって、今回ばかりはダメだった。

 そういうことだってあるのではないだろうか?

 この男は、本当にダイジョブなのだろうか?

 イービル・トゥルース号はダイジョブなのだろうか?

 この船のオーナーでもある、パンダ船長はダイジョブなのだろうか?

 そして、私の大事な生命タマは本当にダイジョブなのだろうか?

 静かにはりつめた緊張の中で、乗組員達のあいだに冷たい思考がさまよいだす。


 巨大航宙ホテル船ニューコンチネンタル・オーダニー号の巨体から、艦橋をわずかに出したイービル・トゥルース号は進む。

 発見をおそれ、全ての照明を落とされたアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された世界は、かつてない緊張に包まれている。

「ふぁぁあ〜」

 はりつめた循環空気がグダグダになるような、間の抜けたあくびが響く。

 サディのお顔が主砲照準器から離れ、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳がにぶい光を宿して、右方向に動いていく。

 そこには、きちんと起こしたシートに身体をあずけて、猫耳つけたアーク・マーカイザックがでっかいあくびをしている。

「アーク……」

 マジカ……。こいつ……

 危機の中、ちゃんと座っているとみせかけて、昼寝しかけていたのか?

 常軌じょうきを二倍以上にいっしているアークにまさるとも劣らないはずの、通常の三倍以上に危険なサディ様も、さすがに深いためいきをつく。

 サディの深いため息に気づいたアークが口を開く。


 昼寝している場合じゃないのはわかっているが、俺は今日、まだ一回も昼寝をしていない。

 だから眠くてたまらないのはしかたねえ。

 あくびは大量の酸素をとりこむことで、中枢神経細胞にカツを入れる素敵な行為だ。

 安心しろ。あくびの一発や二発で、俺達をみつけられるほど、synthetic streamは繊細せんさいにできていない。

 だから何の問題もねえよ。

 だいたい……

 最終決戦の果てにやってきたラスボス戦に安全地帯が存在するなど、まったくもってつまらない。

 あまりにもできが悪いゲームの、勝利確定で盛り上がらない最終決戦みてえだと、君は思ったりしないか? サディ。


 通常の二倍以上に常軌じょうきいっした、アーク・マーカイザックはあくびを噛み殺しながら、そう言った。

「……余裕よゆう……じゃんよ……」

 サディはごくりとつばを飲む。

「何もかもが終わったら、明後日あさってには、俺からちょっとどころではない大事なお話が君にあるんだ。それなりに覚悟しておけよ。サディ」

 そういうアークは、きちんと起こしたシートで腕を組んで、ふんっと荒い鼻息を一発くれた。

 本当に……、ダイジョブなのだろうか?

 どういうわけか、標的ひょうてきのアークから大不評だいふひょう。大宇宙の叡智えいちを集めた、全身に密着してくるバトルスーツの中で、サディは思った。

 明後日あさってのデートの後は、ベッドの中でふたりの甘い会話を楽しもうぜ。

 アークが言っているのは、つまりはそういう意味のこと。

 最終決戦前でそういう発言は、いけないフラグをおっ立ててしまうのではあるまいか?

 勝算皆無しょうさんかいむに思える超巨大異次元異様要塞への突撃中なのに、すでに明後日あさってのベッドであたしと甘い時間を過ごす予定について話すアークは、いまや完全に飛んで火にいるおめプレイ状態。

 だけど……こいつは……

 かつて絶対絶命と思われる危機のまんなかで、指一本挿ゆびいっぽんいれることなくあたしを徹底的にハメまくり、首まで絞めて失神するとこまでやりまくり、宇宙にポイしたことがある男だ。

 今回こいつは、そういうことをしなかった。

 だとすれば……。本当に舐めプモードで勝てるくらいに、チョロい勝負なのだろうか?

 それとも……。すでに死を覚悟していて、それを隠すためだけに、余裕の舐めプを演じているのだろうか?

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