我は一八、イカレちまったポンコツさ
我は一八、イカレちまったポンコツさ
「生命体をなんのためらいもなく撃てるあなたは……いったい……」
タッヤの震える声に、死神が描かれた黒いバンダナをメタルヘッドに巻いたイクト・イチバチは、気だるく優雅に話しだす。
あれは、いつのことだったかな。
俺の記憶は、ロボットにあるまじきあいまいさでな。
何年何月何時何秒、大宇宙が何回目の世界を産んだ時のことなのか、細かいことは何ひとつおぼえてねえけどよ。いつかの昔だってことは間違いない。
リアルロリと呼ばれる頃は過ぎたけど、まだバリバリにお嬢ちゃんだったサディが、アークと二人でブチかます合体攻撃を試したいんだって言ってな。
俺が実験体になってくれって、サディお嬢ちゃんに頼まれたのさ。
その頃の俺は普通のロボットだったから
「ハイハイ、オジョウサマ。オオセノママニ」
抑揚のないメタルボイスで俺は答えて、格闘訓練場にガチャガチャ音たてながらノコノコ行って、邪道場のど真ん中に、それこそ人形みたいにぼーっと立っていたのさ。
そうしたら、邪道場の両端からアークとサディが猛ダッシュで走ってきて、思いっきりジャンプした。
サディお嬢様のしなやかなあんよと、アークおぼっちゃまのバカデカい足が、空中で交差する!
邪道場のど真ん中で人形みたいにぼーっと立ってる俺のメタルヘッドをサンドイッチする、イカレ野郎と危ないお嬢ちゃんのジャンピング・ハイキック!
ああ、そりゃあスゴイ衝撃だった。
前と後ろから同時に襲いかかるジャンピング・ハイキックの衝撃に、メタルヘッドをサンドイッチされるってのは、電子頭脳に雷が落ちるみたいな感じだったよ。
電子頭脳のおナカのオクが、見えないはずの火花でビカビカ光って、俺はロボットに用意されているはずのない、あの世ってやつにイッテしまうかと思ったくらいだ。
その時だよ。
俺のメタル・ヘッドのおナカのオクで、ナニかがカランと音を立てたのさ。
俺の大事な部品がひとつ、メタルヘッドのナカで外れちまったのさ。
その瞬間から、俺はナニカが決定的におかしくなった。
ロボットだったら三原則に縛られて、絶対にできないはずのことを、俺はさらりとできるようになったんだ。
そして、いつの間にか、抑揚のないメタルボイスまで出なくなった。
だからこうして、まるで知的生命体みたいに、なめらかに話しているわけさ。
あ? 信じられない話だって?
信じる信じないの話じゃねえよ。
宇宙が誕生した直後から引きこもり、今現在まで一回も外に出てこない神様なんかより、実在している俺の存在のほうが絶対的だ。
なんてったって俺は、知的だろうが恥的だろうが、生命体をぶっ殺せる。これは邪悪なまでに真実だ。
なあ、タッヤさんよ。どうしても俺の話が信じられないのなら、俺のメタルヘッドにお耳をつけて、聞いてみたっていいんだぜ?
いまでもメタルヘッドのおナカで、カラカラと音がするのさ。
このメタルヘッドに巻いてるバンダナの死神だって、自分で考えて描いたんだぜ?
もとより生きていない俺には死神なんざどうってことないが、てめえら生きている生命体には死ぬほど怖いだろうと思ってな!
ふぉっふぉっふぉっふぉっ。 (イクト・イチバチ、不敵に笑う)
どうだ? 俺は最高にサイコなロボットだろう?
そういうわけで俺はロボット三原則をブッ飛ばし、まるで息をするみたいに自然に、知的生命体を自分の意志でブッ殺せるようになったのさ。
「そんな……。嘘みたいに邪悪すぎることが……」
タッヤの羽毛が総毛立ち、ぶるぶると体が震えてる。
私の目の前で、巨大なガトリング砲と巨大なリヴォルバーキャノンを握るのは、ロボット三原則という絶対のくびきから逃れた殺戮マシーンなのだということが、いまになって明かされたのだ!
サディさんが船を離れる前に、ジュウゾウさんに大事な話があると言ったのは……
知的生命体をなんのためらいもなくブッ殺せる、規格外の冷酷さを持つキラー・マシンに、この船の主砲を任せるということだったのか……
タッヤのモフモフ羽毛に包まれた体を駆け巡る体液が凍りつくナカ、AXEの報告がアイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋を巡る循環空気を震わせる!
「シンセティック・ストリーム連合艦隊旗艦アベンシゾーから、救命艇が脱出を開始します!」
レーダー盤上に、旗艦を捨てて脱出する救命艇の小さな光点がうみだす、もやのような光の群れ!
「マジモンの本番行為から逃げ出したフニャチン野郎に、明日を生きる資格はねえ」
イクト・イチバチのクッソど低音の冷たいボイスが循環空気を震わせて、メタルフィンガーが巨大なガトリング砲の引き金を引き絞る。
ブ厚い硬化テクタイト製窓の向こうに、残酷な青い雨が降り注ぐ。
イービル・トゥルース号の各所に設置された、パルスレーザー砲が青い雨を放って、逃げ出す救命艇を撃ち抜いて、無惨に崩れる花火へと変えていく。
散る! 散る! 散って逝く! 知的生命体の生命が最後にみせる、残酷な花火がきらめいて、散って砕けて消えて逝く!
「イチバチさーん! 救命艇を撃つなんてー!」
タッヤの悲痛な悲鳴が、アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋に響いて、悲劇の現場を作り出す。
「あ? なんだって?」
イクト・イチバチが、冷たいカメラ・アイでタッヤを睨む。
「あなたがロボット三原則を無視できるからといって! 救命艇で逃げ出す知的生命体を撃つなんて! 同義的に許せません!」
タッヤの叫びに、イクト・イチバチがクッソど低音の冷たいボイスで、気だるく優雅に話し出す。
ロボット三原則に縛られていないと言っても、俺は間違いなくロボットだ。
温かい血肉も、白い骨もありゃしねえ。冷たいメタルボディのおナカにあるのは、メタルフレームとクッソ入り組んだソリッドステート回路だけさ。
つまり俺は、ハナから生きてないんだぜ。
だとしたら、もしもこの大宇宙を作った神が実在すると仮定しても、ハナから生きていない俺に、どんな罪も背負わすことはできねえよ。
つまりそれは、死後の世界なんざハナから存在していない俺に、地獄は用意されてもいないってことさ。
ふぉっふぉっふぉっふぉっ。 (イクト・イチバチ、不敵に笑う)
俺がどんなに知的生命体をブッ殺そうが、フルメタル仕様の俺の背中に、無能な神はなんの罪も背負わせることができない。だから俺は、死後に未来永劫続く地獄の罰を受けることもない。
だからどんなにブッ放してブチ抜いてブッ殺そうが、俺にとっちゃどうということはない。
俺はロボット三原則に縛られていない、生命と死や罪と罰もありゃしない、ただの冷たいキラーマシーン。
この船がどれだけブッ殺そうと、この船が背負い抱く主砲に罪も罰もありはしない。
どいつもこいつもブッ殺した罪と罰はぜんぶ、この船に乗るあんたら知的生命体にある。
それと同じ話さ。
俺はこれでもロボットだから、ちょいと仕事ってやつをしてやる。
どうして救命艇をバンバン撃ってBANするのか? ちゃんと説明してやろうじゃないか。
旗艦から逃げていく船がいる。その船には指揮官が乗っているかもれしない。
旗艦から救命艇が脱出していく。その救命艇には指揮官が乗っているかもしれない。
指揮官が生き残って別の艦に乗ったら、それが次の旗艦になるんだ。
次の旗艦はまたクソ汚い手段で、この宙域でみてはいけないものをみてしまった、一般知的生命体をブチ殺そうとするだろう。
そうしたら、この船はまた次の旗艦に突撃して刺突衝角をブチこんで、旗艦を内部から破壊するしかない。
サディ姉さんがまた内部で大暴れしたら、また司令官様は艦を捨てて逃げ出すだろう。
白旗あげて逃げ出す救命艇は道義的に撃てないんですよ! あんたは俺にまた言うだろう。
「ハイ。カシコマリマシタ、ゴシュジンサマ」
まともなロボットみたいに俺がそう答えて、あんたの言うことを聞いてみろ。
また司令官様は新しい旗艦を作って、一般的知的生命体をブチ殺そうとするんだ。
そうなったら、この惨劇はいつまでたっても終わらない。
どの救命艇に司令官様が乗っているかなんて、ゆっくり調べている時間なんかありゃしねえ。
だから、旗艦から逃げ出す船は、どれもこれも皆殺し。こいつがタイパもコスパもいい。
そして、救命艇だろうが高級船だろうが、バンバン撃ってBANする俺には、何の罪も罰もありゃしねえのさ。
ふぉっふぉっふぉっふぉっ。 (イクト・イチバチ、不敵に笑う)
てめえの手は汚さないで、このクソみたいな戦争を生きのびるために、存分に殺しを機械に任せられるんだぜ?
こんなうまい話はねえよ。
わかるよな? タッヤさん。
試しにあんたのバンソロで計算してみなよ。間違いなくこいつが1番効率的で、経済的なのは間違いねえ。
「理屈ではそうかもしれない! 計算ではそうかもしれない! でも! でもッ!」
タッヤのつぶらな瞳に涙があふれ、冷たいメタルボディのキラーマシンの姿が歪む。
巨大なガトリング砲の引き金を、メタルフィンガーで引き絞り、冷たいキラーマシンが言う。
だいたいよ。
戦争なんて言っているけど、実質、たった一隻対軍隊様。
圧倒的に有利な多数様が、たった一隻をよってたかってフルボッコ!
そんなのが戦争だなんて言えるのか?
最前線に半ズボン、ブルマ、スク水姿のリアルロリショタを引きずりだす、マジモンの鬼畜どもが相手なんだぜ。
たった一隻で立ち向かってくるイービル・トゥルース号は、戦時の決まりをきっちり守って、お行儀よく正々堂々戦いましょう!
タッヤさんよ。そんな理屈が通ると思うか?
憲法も法も守らない奴らがおっぱじめた一方的なドンパチで、この船の敵になることを自ら選んだ奴らをぶっ殺す時に、道義的にどうだこうだとか持ち出したって、大事なネジが飛んでいっちまったソリッドステート仕立てな俺のメタルヘッドには、何がなんだかさっぱり意味がわからねえ。
先に撃ったのはシンセティック・ストリームのクソ野郎。
てめえが撃ったら、てめえが撃たれる番がくる。どこの阿呆駄郎のケツの穴でもわかるはずの理屈さ。
だからタッヤさんよ。細かいことをごちゃごちゃ言って、俺の邪魔をしねえでくれねえか?
俺をロボットの世界から弾き出してくれたサディ姉さんに頼まれた、大事な俺の仕事なんだよ。
俺はロボット三原則に縛られちゃいないんだ。だから何の問題もない。事実できてしまうことは、邪悪なまでの真実ってやつさ。
俺はいかれたロボットで、冷たいメタルボディではあるけれど、ちょっとしたやさしさってものを持っている。
だからよ、タッヤさんに、俺は優しく忠告しとくぜ。
あんまりごちゃごちゃ言って俺の仕事を邪魔すると、あんただって俺は殺っちまうかもしれないぜ?




