Goodbye Galaxy 893
Goodbye Galaxy 893
知的生命体の骨身を生きたまま削るような不快な音に、アークの意識が異次元級に異常な異様世界から引き戻される。
「おやっさん!」
ドブラックな壺鉤十字が刻印された黒い装甲を開放したまま、回転を再開した凶悪な巨大ドリルが、おやっさんへと迫る!
仰向けに倒された黒い機体のマニュピレータによって吊るされたおやっさんは、割れた黒メガネのむこうで悲しそうに笑う。
「航宙距離10万クエタ銀河標準キロオーバーの100年落ち……。格安中古宇宙船に乗った迷子のにいちゃん……。Galaxy 893が畳のうえで死ねると思っているのかい? そんな死に方ができるだなんて、これっぽっちも……」
おやっさんの言葉は、最後まで聞き取れなかった。
生きたまま知的生命体の骨身を削る、凶悪で巨大なドリルがおやっさんをとらえる。引き裂かれる衣服、侵入を許す肉体。吹き出す体液、漏れ出す糞便。高度な生理的機能を持つ重要臓器が無惨に破壊され、ひきつぶされた大量の肉片となって周囲に飛び散る。
ブルーナイトメアの固有技、ヘヴィーメタルタックルで押し倒された黒い機体は、開放されたコクピットの真上で、おやっさんをただの肉片と液体へと変えていく。さっきまでおやっさんだったものから流れ出す真っ赤な体液を、コクピットの中に降り注ぐにまかせ、その中では白目をむいて口から泡を吹いて痙攣し続ける、囚われの身にある名門ブッチ家のプリンセス・オユーコ。高級ランジェリーだけを身に着けたプリンセス・おユーコの肌を、降り注ぐ赤い雨が血にまみれた惨劇の色に染めていく。
「おやっさぁぁぁん!!!」
アークは叫んだ。ブールナイトメアの狭い操縦席に、自身の絶叫が満ちるのを聞いた。
俺は判断を誤った。俺は決定的に判断を誤った。それは致命的な結果につながった。
サディを一般知的生命体殺しのクソ女にしたくなかった。俺は一般知的生命体殺しのクソ野郎になりたくなかった。
だけど、正解はこうだった。
イービル・トゥルース号の主砲で、ためらいなくニューコンチネンタル・オーダニー号を、俺が撃って沈めるべきだった。
一般知的生命体殺しのクソ野郎になりくない一心で、たった一騎でニューコン・チネンタルオーダニー号に突入して、大宇宙のクソの素・アベンシゾーを殺処分するという、正義感に満ちた公衆衛生的に英雄的な行動に俺は出てしまった。
俺は優しすぎた。
アベンシゾーをすみやかに殺処分する機会を見逃し、ゆっくりたっぷりじっくりと丁寧な拷問を重ねて加速してやったあげくに永遠に終わらせることなくどうどう巡りさせて、アベンシゾーが犯したの現世での罪を少しでもつぐなわせてやろうとした。
俺は思い上がった正義感でもって、自ら進んで配慮した。そのありったけの優しさに満ちた選択、つまりは忖度が、異次元の狂気からやってきたこの黒い機体に、知的生命体の死として最悪な時間をおやっさんに味わわせてしまった。
俺の甘っちょろい考えが……
俺の優しさが、真心が、思いやりが……
この悲惨な現実を生んだのだ。
俺は結局、誰一人、一般知的生命体を助けられなかった。
一般知的生命体扱いはされないが、知的生命体の範疇には入るであろう、ギャラクシー・エイト・ナイン・スリーである、おやっさん一人助けられなかった。
今ここにあるのは、もう二度とは戻らない生命の残骸。何もかもを隠滅されて体液と肉片に変わり果てた、かつて生命体であった亡骸の海だけだ。
synthetic streamが邁進する、異次元の非知的生命体道。邪道だ外道などというなまっちょろいものではなく、マジモンの既知の外へと突き進む狂気の道。
「てめぇらァッ! 知的生命体じゃねぇぇぇッ!!」
アークの絶叫が、ブルーナイトメアの狭い操縦席に満ちる。
「証拠の、インメツガ、完了シタ」
サントソーのタダ酒提供によって開催されたザヤカを見る会に参加した、一般知的生命体を亡骸の海へと変えた黒い機体が冷たい合成音声で言った。
殺す殺す殺す! 大宇宙の公衆衛生のために、アベンシゾーを絶対殺処分する!
だが、機動兵器の内部ではずかしめられて蹂躙されている、高級ランジェリー姿のどこぞのプリンセスちゃんまでブッ殺すわけにいかない!
アークが言葉になるぬ雄叫びをあげて、ブルーナイトメアの操作桿にコマンドを叩き込む!
↓↓両K←←左P右P
近接戦闘特化型モビルトルーパー・ブルーナイトメアの固有技、ヘヴィメタルヒールフックが発動!
仰向けに倒れる黒い機体の両脚部に胴体部をはさまれ、覆いかぶさる体勢となっていたブルーナイトメアが、自身の後方へと倒れ込みながら黒い機体の片足を抱え込む。
ブルーナイトメアの両脚部を使って、黒い機体の脚部を挟んで固定。ブルーナイトメアが機体をひねり、黒い機体の脚部を途中関節部で曲げる。さらに黒い機体脚部のかかとを両のアームでロックして、青い機体全体を反らして黒い脚部をひねりあげる!
ブルーナイトメアの両脚で固定された部分と、ヘヴィなメタル剛腕でロックされた黒い機体の踵との間で、関節をねじ切る残酷な力が発生。
支点、力点、作用点!
クソ長ければ惑星さえもを動かす梃子の原理を応用し、完全に決まれば神の足さえ砕く関節技が炸裂する!
黒い機体の脚部関節が、身の毛のよだつな破壊音をあげて、曲がってはいけない方向へと不気味に変形していく。
「ハ・な・セ」
脚部関節をねじ切ろうとする力に、黒い機体が反応。右腕の真っ赤な体液に染まる凶悪な巨大ドリルを、自身の脚部をロックしているブルーナイトメアの脚部に突き立てる!
ブルーナイトメアの操縦席に走る、強烈で凶悪な巨大ドリルの振動ッ!
メインモニタに映るのは飛び散る火花!
生理的に絶対に受け付けられない、知的生命体の骨身を生きたまま削るあの怪音がアークを襲うッ!
まずい! ドリルで機体を破壊されると、俺が生きて帰る手段がなくなる!
アークが新たなコマンドを叩き込む。
両P両K同時押しで、ヘヴィメタルヒールフックを解除。
続いて↓↓→→両K ブルーナイトメア固有技、グラウンド・喧嘩キック発動!
ブルーナイトメアが両脚と両椀のロックを解除して、凶悪な巨大ドリルを突き立てられていないほうの足で、黒い機体を蹴っ飛ばす!
凶悪な巨大ドリルがヘヴィなメタルを削る音と、クソ重たい金属同士が激突する轟音が満ちる!
知的生命体の体液に染まるマットで絡み合っていた、二機の機動兵器が突き放される。
ブルーナイトメアを操作して、アークは機体を立ち上がらせる。
「ドリルド・O・ユーコ……。やっかいな相手じゃねえか……」
アークが憎々しげにつぶやく。
機体状態を表示するモニターに、黄色く点滅する脚部。だが、ブルーナイトメアは立っている。
「やられたのは、追加装甲部だけか?」
カメラアイで自身の脚部をチラリと見る。凶悪で巨大なドリルを突きたてられた脚部は、追加装甲が無惨にめくれ、破壊された履帯の残骸が剥がれた皮膚のようにぶらさがっている。
「まだまだやれるが、履帯モードはサヨウナラか……。だが……」
黒い機体の片足は奇妙な方向にねじれた状態だが、脚部の破壊までには至っていない……
黒い機体は脚部の破損にかまうことなく、グラウンド・喧嘩キックで開いた間合い詰めようと接近してくる。
「どうする? 普通に殺ったら、秘所に突っ込まれたドリルディルドに操られている、囚われのプリンセスちゃんまで殺っちまう……」
ブルーナイトメアの狭い操縦席で、アークは歯ぎしりする。




