ヌーン夫妻、艦橋に現る
ヌーン夫妻、艦橋に現る
「ちょっといいかなぁ?」
コタヌーンとオクタヌーンがふらりといった感じで艦橋にやってきて、アークが寝っ転がるめいいっぱい倒したシートを覗き込む。
「おお? コタヌーン機関長殿にオクタヌーン機関副長殿。どうされた?」
アークが昼寝からむくりと起きようとすると、コタヌーンがそれを片手で制す。
「無免許もぐりの代行殿。まあまあ、そのまま、そのまま」
そう言ってコタヌーンはニヤリと笑う。
「俺は無免許もぐりの航海士なんだがな……」
めいいっぱい倒したシートのうえで、アークが渋い顔をする。
「ちょいとほらこの間、もぐりの代行の主砲殿と弾薬庫に、割と絶体絶命の危機があったでございましょう?」
声をひそめるコタヌーン。
「あ? ああ、あの件か……」
アークがさらに渋い顔になって、視線をすっと左にうつす。
そこには……
いつもの和銀河世界の衣服に身を包み、猫の形をしたフワフワを手に、武器管制盤をなでなでしているサディ。
「あの娘。ベロンベロンに酔ってつぶれて、どうにもならなくなっちゃったでしょう?」
「あ、ああ、そうだったな」
とアークは、なんでそんなことをコタヌーンが知っているのか? と怪訝な表情。
「あれ、実は、あの娘にガンガン飲ませて、いろいろとわからせたの、私達なんですなぁ」
とコタヌーン。
「ほう?」
とアークが興味を示す。
確かに、細かい理由はまるで皆目わからんが、翌日のサディはなにやらいろいろわかったような感じで、アークに普通に接してきたのだ。
「ということはですね、もぐりの代行は私達に、多少の借りがあるんじゃないかと。つまりはそういうことですわぁ」
タッヤはバンソロを弾き、これからの予算を着々と組みながら、なにやらヌーン夫妻とアークがゴニョゴニョ話しているのを横目に見ていた。
タッヤの頭の中は、この船の予算管理でもういっぱい。
synthetic stream勢力圏内に突入し、海賊放送をやるのであれば、寄港して補給などもってのほか。
今やこの船は、synthetic streamを皆殺しにした、極悪非道残虐無比な宇宙戦艦なのだ。
もっとも……
アーク・マーカイザックとパンダ船長が危険なタッグを緊急結成して行った、とされる想定外の大殺戮によって、synthetic streamの生存者は皆無であると推定される。だから、どれだけことのしだいがsynthetic streamに知られているか、現状は未知数ではあるのだけれども……
synthetic stream勢力圏内のドコかの星、あるいは宇宙ステーションに寄港する。そこでアークの面が割れたら、これはもう一大事どころではない……
だとするならば、synthetic stream圏内での寄港は不可能と想定するのが当然。
燃料食料をめいいっぱい積んで、synthetic streamに突入し、最終的には脱出しないといけない。
だから、たまーに星の海を飛んでいる、行商宇宙船をつかまえては、燃料と食料をガンガンに購入してきたが……
行商宇宙船も搭載量に限界があり、一括大量購入にも限度がある……
船まるごと売ってくれ! などというのは目立ち過ぎる。
ゆえに、ちまちまと買い集めているわけで……
どうしても割高になってしまいますね……
とタッヤはため息をついていると……
「ところで、この船のもっとも謎なる存在と、センチメートルどころか、直接触れちゃったりしている私達は、もうちょっと優遇されてもいいんじゃないかなぁ」
と艦橋にきているコタヌーンの声が響いた。
「もうちょっとどころか、私も当然含めて、もっと優遇されていいのかもしれません」
と続ける、同じく艦橋にきているオクタヌーン。
「そうだなぁ。クッソヤヴァイ大殺戮大魔王大砲がブッ放すエネルギーも、きっとエニグマ・エンジンが叩き出しているんだろうしなぁ」
とやたら大きな声でいったのはアーク・マーカイザック。
「機関長室の居住性がもっと良くなれば、おいしー料理を出す居酒屋ヌンヌン亭が、開店できちゃうかもしれないねぇ」
と言ったのは、猫の形をしたフワフワで、巨大なリヴォルヴァーカノンをなでなでしているサディ。サディの頭の中には、あの時食べたバーサーシーの素敵におナマなお味がぐるぐると回っているわけで。
「そうなれば、乗組員一同も、たまには私の料理と酒を楽しんで、もっと士気があがっちゃうかもしれないなぁ」
とコタヌーン。
「そうなれば、私のくつろぎ度も増えて、この船に秘められた謎の解明が、ぐっと前に進むかもしれません」
とオクタヌーン。
「ふむ。確かにそうだ。革張りのソファーでゆったりして、マホガニーのテーブルに乗った料理と酒が自慢のヌンヌン亭。そんな場所ができたら、俺の殺る気もビンビンになっちまうかもしれねぇ」
とこれまた大きな声で言ったのは、アーク・マーカイザック。
「ちょいとほかの分野でも、ヤル気を出してほしいものだけどねぇ……」
と言ったのは、猫型のフワフワをぎゅーーっと握りしめているサディ。
「とにかく、あたしゃけっして、自分がほしいだけだから言っているんじゃないわけですわぁ。全乗組員のためを思って、言っているんですなぁ」
「この船の福利厚生のために、機関室をグレードアップするのはいいことかもしれません」
バンソロを弾きながら、そんな話を聞いていたタッヤはぴんときた。
これはゼニーがかかる話なのだと。
革張りのソファーにマホガニーのテーブル?
今現在の財務状況なら、余裕で買えなくはない。
だけども……
そういう浪費が、いずれは素寒貧への道へと続くことに、タッヤは羽毛がざわざわする。
なにより、この船は海賊放送船であり、質実剛健なイカツさというものが売りでもあり……
タッヤの視線が、艦橋最奥に鎮座する艦長席にうつる。
みよ! パンダ船長の座るあの艦長席を!
イカツく質実剛健。装飾など一欠片もない実用一辺倒のゴッツイ椅子に、でーんと座っているではないか!
そんな中、船長が使う物より豪華な調度品を、乗組員達が購入するというのは許されませんぞ!
という言い訳を、タッヤは思いつきはするのだが……
視線は質実剛健実用一辺倒の椅子から、パンダ船長へとうつる。
勝手に動いた罪で無期限謹慎処分中の身ゆえ、メタルケーブルでぐるぐる巻きにされたパンダ船長は、イカツイ艦長服もほとんど見えず、勝手に街に出てきた罪で捕獲された、ただのモフモフのようだ……
船長があんな状態では……
船長より豪華な品を使うなどもってのほか! とは言いづらい……
それに、これからの無寄港航海を考えると、確かに船内の居住性をあげるのは良い選択でもある……
機関長室でふるまわれる、コタヌーン料理というものにも興味が出てくる。
乗組員食堂イービル・デリシャスで出される、アークの料理も確かにうまいが……
アークの料理は、とにかく野蛮で過激に過ぎて、さらに量がめちゃくちゃ多い。
これから無寄港で、限られた食料品で食生活を送るとなると……
コタヌーン料理長の参加は、大変に嬉しいことだ。
タッヤは素早くバンソロをぱちぱち弾く。
「……革張りソファーに、マホガニーのテーブルですか……。いいでしょう」
タッヤの言葉に、ヌーン夫妻の表情が輝く。
「ですが、必ず、複数業者から見積をとってくださいね。その見積を提出して、みんなで選考のうえで購入しましょう」
タッヤの言葉に、ヌーン夫妻がにっこりうなづく。
「俺のヘヴィ・メタル・マシーンにも、予算をちっと回してくれねえか? あれもみんなのものだろう?」
アークの言葉に、タッヤの表情が青くなる。
「ジャンク品から作った新パーツで、これからガリゴリに改造するというのに……。まだまだ性能に不服があると?」
静かにタッヤが言った言葉に、アークの片眉がぐいっとあがる。
「これからやる改造は、ガチでハードにヘヴィな死んじまうDeath級のヤヴァイやつよ。だから、性能に不服はねえよ」
「じゃあ、いったい何にゼニーを?」
「もっと性能をあげるためだ」
「性能的に不服がないのに?」
「もっとうえを目指してもいいんじゃねえかと、俺は思うが?」
「性能の目標値は?」
「宇宙でもっともクレイジーなマシーン」
「……うえを目指すのはいいことですけど……。アーク、目標値ナシの果てなき性能向上を目指すと、予算がいったいどういことになるか、想像したことはありますか?」
「具体的な目標値を言うとだ。直接打撃をブチ込んで、宇宙戦艦を撃沈できる人型機動兵器を、俺は作りたい」
ふんっ! と荒い鼻息一発!
アークの言葉に、タッヤの表情が完全に真っ青になる。
「却下です。とても容認できません」
深いため息をつきながら、タッヤはアークにそう言った。




