ズブリと突っ込むその前に……
ズブリと突っ込むその前に……
「本当に行くの? アーク?」
フル装填状態にある主砲を操る、巨大なリボルバーカノンの引き金に指をかけたサディが問う。
「本当に行くぞ。サディ」
アークはめいいっぱい倒したシートに寝転がり、ブ厚い硬化テクタイト製窓の先に広がる宇宙の大穴、神秘の時空につながるグラジ・ゲートの暗闇を、どんより濁った瞳でみつめている。
「く……、くそ……が……」
極度の緊張状態にある毒づきが、ネガのガスマスクから漏れる。
「確かに、このグラジ・ゲートを通るのが、シンセティック・ストリーム 勢力圏内に入るには、最短のルートなのでしょうけど……」
タッヤがぶるっと震えて言った。
「一切の電磁波が返ってこない、グラジ・ゲートの向こう側に存在している戦力は一切不明。大艦隊の待ち伏せに合う可能性だって考えられます。これはあまりにも無謀に過ぎませんか?」
グラジ・ゲートの向こう側に広がる世界が、完全にBLACK OUTして闇の中状態なレーダー盤から、AXEが視線を外してミーマをみつめる。
AXEの視線を受けたミーマは、情報分析状況判断士として口を開く。
これは、シンセティック・ストリーム艦隊が、スカイカイト星系に侵入してきたグラジ・ゲートです。
確かに、グラジ・ゲートの向こうは、スカイカイトからの逆流ドロドロあふれだすを防止するために、艦隊規模の戦力が待ち伏せしていると想像されるのは、無理もありません。
ですが、現実的に考えれば……
グラジ・ゲートの大きさには限りがあり、大艦隊を編成してのグラジ・ゲート突入は不可能、という制約事項が存在します。
大艦隊規模での一斉突入が不可能である、という制限があるのならば……
通常、グラジ・ゲート出口での待ち伏せは、少数の艦船で構成された艦隊の侵入を撃破できる程度の戦力でいい。
シンセティック・ストリームはアホウタロウのケツの穴であり、無能駄郎な異次元集団ですが、それくらいのことは考えている可能性は高いと思われます。
そして、我らが海賊放送船イービル・トゥルース号は、どれだけ突っ込んでも途中でグニャリと折れやしない。そういう常識ハズレな、驚愕驚異の想いと持続力がある。
であるならば、勝算は七分八分以上の九分九厘未満。
海賊放送船イービル・トゥルース号ならば、充分に突破可能な状況だと判断します。
ミーマが冷静に状況を判断するが……
「まさかまさかの一番人気。とは言え、はずれちゃったら、大穴があいちゃう可能性はありありだなぁ」
機関室とつながっている通信機が、エニグマ・エンジンのオーバードライヴに備えているコタヌーンの声を、アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋に届ける。
「一番人気を当てる前に、大穴があいてしまうかもしれません」
と言ったのは、通信機の向こう側に存在しているエニグマ・エンジンルーム、ヘヴィなメタル世界にいるオクタヌーン。
「イソガバマワレ、シラネエカ?」
とメタリックボイスで言うはイクト・ジュウゾウ。
アークはめいいっぱい倒したシートのうえで、大きなあくびを一発すると、話し出す。
だが、このグラジ・ゲートを通らなければ、絶対安全安心とは言い切れない、そこそこ安全そうなルートをぐるっと回って、いくつもの銀河を大回りしてsynthetic stream 勢力圏内に、遅ればせながらコンニチハ、ってな感じで入ることになる。
道中なんにもなく、立ち寄り飲み食いをすっ飛ばして、保存食料のエナジーバーをガシガシかじって、ヌルリヌルリと次々グラジ・ゲートにズコズコと、船首のドクロをこのうえなくなめらかに、宇宙の大穴に突っ込みまくったとしてもだ。
かなりの時間が過ぎちまうのは間違いない。
その頃には、synthetic streamの熱しにくく冷めた奴らは、カチンカチンのヒエヒエになっちまっているどころか、積極的平和主義推進使節団(せっきょくてきへいわしゅぎすいしんしせつだん)のことなんか忘れちまっているよ。
俺たちは、海賊放送屋というシノギをやっている。
海賊放送稼業ってのは、どこよりもアッチッチの激アツ情報を、火傷するくらいにアッアッアッってのが売りよ。
まあ、俺たちは受信料無料で、売るのはカードラジオではあるけどな。
どこの公式様も、ビビってちぢんでチビりそうになって言えない。そういう激アツの情報を、どこよりも激速く劇的にお届けし、アッアッアッと眠れない夜にしちまうのが、海賊放送屋の真骨頂。
海賊放送屋で生きている、永遠に14才の世界を過ごしている俺の腕が鳴るどころか、図太い骨が鳴っちまうくらいよ。
いつかこの大宇宙をひっくり返す可能性をマジで持つ、一石を投じ続けることが本当にできる残弾無限の海賊放送。
それこそが、どんなクソでかい宇宙戦艦様が持つ大砲なんかよりも、ドすげえミスター宇宙の破壊王ってやつさ。
熱しにくく冷めきって、まるで死んだように生きている、synthetic streamの銀河臣民とやらを、アッチッチのアッアッアッにしない限り、この大宇宙を流れる不気味な潮流は変わらねえ。
ここでぐるっと遠回りして、せっかくの激アツ情報を冷めるがままにさせちまうってのは、この船の流儀に反する。
ならば、眼の前で口を開いているグラジ・ゲートのおナカのオク、シンセティック・ストリームのど真ん中に、船首のドクロをズブリとブチ込むしかねえよな。
こいつはまるで勝ち目なしの、お馬鹿みたいなお蛮行に思えるかも知れないが、勝算はまあまあどころかバッチリある。
だとするならば、ガッチリ勝利をつかみに行くのが、海賊放送船に乗る俺達の流儀ってやつじゃねえか?
にごった瞳でグラジ・ゲートをじっとみつめて、アークはそう言った。
「パンダ船長が、あんな状態じゃなければなぁ」
通信機の向こうから響くコタヌーンの声。
「パンダ船長なら、わりと穏当なことを決めてくれるかもしれません」
と言ったのは、ハードでヘヴィな未来が目に浮かんでいるオクタヌーン。
「パンダ船長はある日突然動き出し、俺をちびるくらいにビビらせた罪で、メタルケーブルぐるぐる巻きで無期限謹慎中の身だ。船長を頼るな」
パンダ船長の前でちびりそうになった後、サディにちびるどころではない目にあわされたアークはそう言った。
「いいよ。ダイジョブだよ。このあたしがいるんだ。主砲のお弾袋にお弾弾はたーっぷりある。グラジ・ゲートの向こうに大艦隊が待っていたって、このあたしがバンバン撃って、ガンガンにお弾弾をドンドンおナカのオクにブッ込んで、ドロッドロッのグッチャグチャにぜーんぶ砕いてやるよ」
牙のようにとがった犬歯をむいて、ニヤリと笑うサディ。
「サディ。万がイチのもしかして、いざという時の大活躍を、大変期待しているぞ。さて、そんな君に、重要な提案があるのだが」
アークが静かにそう言った。
「なに? アーク?」
真っ赤なリンゴたみたいに赤い瞳の視線を、アークにむけるサディ。
ガチャコン!
音を立ててめいいっぱい倒したシートを起こし、アークがちゃーんと座って、サディの赤い瞳をみつめて話しだす。
「サディ、君は……。いつもいつもいつもいつも、あれほど目を閉じろと言っても、グラジ・ゲート内部の摩訶不思議な時空が七変化の万華鏡をみるのをやめないよな? そして目を回すわけであって、今回はそーゆーことは許されない」
アークがキリキリと表情を引き締めて言った言葉に……
「え……。だって……。めっちゃ、きれい……じゃん……」
サディの口がしどろもどろ。
「いや、まあ、きれいなのは違いない。だがしかし、今回ばかりはグラジ・ゲートの先には大艦隊が待っている可能性も多少なりともあるわけで、この船で一番デンジャラスにお弾弾をバンバン撃ちまくって、ガンガン沈めまくる予定のイケイケどんどんなマシンガン・サディちゃんに、ぐるぐるお目々(めめ)を回してもらうわけにはいかんのだ」
アークの表情がより厳しいものに変わる。
「え……。みないよ……。開けていいって言われまで、目閉じるから、いいじゃん……」
いつになく厳しい表情のアークに、じっとみつめられたサディがたじろぐ。
「サディさんを信用したいところですけど、乗組員全員の命運がかかっているんですよね。だとすれば、自分の命に保証が欲しいのは当然です」
AXEが冷静に言って、自席の物入れから何かを取り出す。
「え? なにそれ?」
サディが振り返り、AXEの手に握られたブツをみる。
「秘密平気! ちぐにゃにゃん目隠しセットです」
こういうこともあろうかと思って、全身全霊を込めて作っておいた、お目々(めめ)の位置にお魚マークの瞳がかかれた、ちょこっとフェティッシュな香り漂う革ベルト式の目隠し拘束具をAXEが手でなでる。
「ええええ!?」
サディが絶句。
「通常の三倍かわいい猫耳少女、ちぐにゃにゃんのことを私は忘れていませんよ。サディさん。安心してください。ちゃんと可愛く仕上げてあります」
AXEがにっこり笑い、かわいいお魚マークの瞳が描かれた部分をみせる。が……、サディの表情は一気に真っ青に変わる。
「賢明な判断です。かつて、ちぐにゃにゃん運営、二次大惨事の三賢者の一人であった、AXEさん。さすがです」
タッヤがうんうんとうなづき、感嘆。
「いい開発センスだ。AXE。そいつをつければ、グラジ・ゲートの摩訶不思議な時空が七変化の万華鏡で、サディが、いや、ちぐにゃにゃんがぐるぐる目を回すことは絶対ないな」
アークまでもが、うんうんと満足げにうなづく。
「このクソ広過ぎる宇宙には、絶対なんて……ない……の……で……は……」
サディがわなわなと震えながらそう言った。
「アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された、最後には棺桶にまでなりえるガチでハードなメタル製、大宇宙の小さな艦橋の中には、絶対はあるかもしれねえな」
アークがキリリと表情を引きしめ、サディに言葉を返す。
「私! やります! 自分の命の保証は、自分で確保したいと状況を判断します!」
ミーマが半透明の片手を挙手して席を立ち、秘密平気! ちぐにゃにゃん目隠しセットをAXEの手から取り、サディの背後へと迫る。
「あ……、あの……」
サディからかすかな声が漏れる。
「なんだ? サディ?」
アークが片眉をぐいっとあげて、サディに問うた。
「拘束具をつけられるなら……。アークに拘束さ……」
そして、サディのほほがぽっと赤らむ。
「ぱッふぉぉぉぉっ!!」
野蛮な獣の雄叫びが、すさまじい音圧で艦橋に響き渡る!
「ひぃぃぃぃ!」
突然の背後から浴びせられた雄叫びに、サディがビビッて悲鳴をあげてすくみあがる!
「いまだ!」
アークの声に、ミーマが背後から視覚拘束具を、ガチン! とサディにはめる!




