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海賊放送船イービル・トゥルース号の冒険  作者: 悪魔の海賊出版
モッキンバード侵攻作戦
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モッキンバードタウンで君を待つ

モッキンバードタウンで君を待つ



 こないな。

 ふたりの待ち合わせの目印めじるしにしている、時計台をみあげながら、彼氏は彼女を待っていた。

 時計の針は、約束の時間を5分過ぎた午後2時5分。

 遅れるなら、連絡くらいあっていいはずだけど……

 端末たんまつには彼女からのメッセージはない。

 はぁ……

 とため息をついて、肩を落として地面に視線を落とす。

 待ち合わせの15分前にやってきた時には、素敵に見えたレンガきの道も、いまではレンガでできた迷路にしか見えない。

 あらわれない彼女にメッセージでも打とうかと思ったけれど、なんだかそれも情けないような気がして……

 められたレンガの迷路をみつめていても、彼女はいないわけで……

 もしかして、待ち合わせ場所を勘違かんちがいしているのだろうか?

 そのことに思いいたって、視線をあげて周囲を見回す。

 休日のモッキンバードパークの時計台には、たくさんの人が待ち合わせに訪れている。

 この人混ひとごみに僕はまぎれてしまって、彼女をみつけられないだけなのだろうか?

 そんなことを思うのだけれど、だとしたら、どこにいるの? くらいのメッセージはきててもいいはずなのに……

 それとも、人混ひとごみにまぎれてしまっているのは僕の方で、彼女を見つけられない彼氏がやってこないのを、彼女は不安な気持ちになって待っている?

 急に不安になってきた。だとしたら、待ち合わせの時間をすっぽかしているのは彼氏である僕の方になるわけで。

 時計台の下に集まる人々を、彼女を検索けんさくするように視線を走らせる。

 いない。いない。いない。視界のはしからはしまで探してみたけれど、やっぱり彼女はいなかった。

 もう一度。視界にうつる人々の中から、彼女を検索しようとした時……

「探しているのは、こんな感じの、可愛い女の子じゃありませんか?」

 背後から声がした。

 振り返ると、とびきりの量産型可愛りょうさんがたかわいいに包まれた女の子が笑ってた。

「15分前から見ていたよ」

 そう言って彼女は彼氏の手をにぎる。

「待ち合わせの時間に声をかけようと思っていたのに、時計台をみあげる君の後ろ姿にみとれてたんだ」

 胸が強く鼓動こどうするのがわかった。当たり前のように、心臓を鷲掴わしづかみにしてくる君に、僕はいつもやられっぱなしなわけで……

「映画まで、まだ時間あるよね? 映画館に行く前に、真っ昼間に夜みたいな真っ黒いコーヒーを飲みましょう」

 そう言って僕の手を引いて、歩き出す君に僕はまたもやられっぱなしなわけで……

「時計台をみあげる君の姿はとっても素敵すてき。ねえ、もう一度、時計台をみあげてくれない?」

 彼女が今度は突然立とつぜんたまる。

「え? いま?」

 手を引く彼女と喫茶店きっさてんに行くつもりだった彼氏は、彼女からの突然とつぜん提案ていあんおどろいて、ぽかんとした表情をする。

「うん。もう一度、時計台を見上げている君を真近まぢかでみたいの」

 量産型可愛いに身を包んだ彼女は、とびきりの笑顔で彼氏をみつめる。

「い、いいよ」

 戸惑とまどいいながらも、彼女のリクエストなら受けるべきだと思った彼氏は、さっきまで不安な気持ちで見上げていた時計台をもう一度みつめる。

「ねえ、さっきみたいに、首を少しかしげてみて」

 彼女の注文に、彼氏が首を少しかしげる。

「いいね。すごくいい」

 そう言って彼氏を見つめる彼女。

「そ、そう?」

 ちょっと困惑こんわくしながら彼氏が時計台を見上げていると、時計台の後ろの空に、ぽつんと浮かんでいる奇妙きみょうな点に気がついた。

「なんだろう? あれ?」

「え? なに?」

「何かが空に浮かんでる」

「どこ?」

「時計台の後ろ右斜みぎななめの方向。それに……。どんどん大きくなっている……」

 彼女が彼氏から視線を外して空を探した時、空に浮かんでいた点はもうだいぶ大きくなっていた。

「え? なに? 隕石いんせき?」

隕石いんせきじゃない。隕石いんせきだったら燃え上がっているはずだから……」

 彼氏の視線がきびしくなる。

隕石いんせきじゃないなら?」

「なにか、ものすごく巨大なものが、この星に降りようとしているってことになる」

「ものすごく巨大なものって……」

 その答えはすぐに出た。空に浮かぶ点だった存在は、いまやただの点ではなく、輪郭りんかくを持ち始めていた。

「あれ……宇宙船?」

 彼女がいまやはっきり見えるようになった輪郭りんかくを見て言った。

「宇宙船がこんな大都会にいきなり降りてくるなんて……」

 彼氏と彼女は空から降りてくる一隻の宇宙船を見上げ続ける。

 いまや明確な宇宙船の輪郭りんかくを持った存在は、さらに巨大になっていく。太陽を隠すほどに大きくなっているその姿は、青い空を背に細部さいぶ構造こうぞうあきらかにしていく。

「ねえ……あの船……」

「戦艦だ……」

 太陽を隠すほどの巨体に三連装さんれんそう主砲塔しゅほうとう複数備ふくすうそなえた戦艦が、休日の都市をめざして降下してくる。艦首かんしゅには禍々(まがまが)しいドクロの紋章がきざまれ、黒くぽっかりと開いたドクロの眼窩がんかが、平和な休日の都市をうつろにみつめる。下顎したあごを失ったドクロの歯は凶悪きょうあくとがり牙をむきだしにしている。

「戦争……なの?」

 彼氏と彼女は抱きあい不安によどむひとみで空をみつめる。

 宇宙から降りてきた戦艦は減速を開始すると、都市上空で停止した。

 平和な休日に空から降ってきた、死の世界からやってきた冷酷れいこくな使者を思わせる戦艦が作り出す影の中で、二人はただ寄りい抱きしめ合うことしかできない。

 都市上空で停止した戦艦が、長い砲身ほうしんを持った三連装砲塔を回転させる。

「そんな……」

 ふたりの脳裏のうりに、一緒に観に行こうとしていた映画のことが思い浮かぶ。宇宙のならず者、宇宙海賊を追う銀河の守護者、宇宙自衛軍の物語。

 でも、ここに銀河を守護する宇宙自衛軍の姿はない。

 回転を停止した三連装砲塔が、その砲口ほうこうをピタリとうふたりに合わせる。

 何もかもがおしまいになる瞬間をふたりは確信かくしんした。昼間に真っ黒い夜みたいなコーヒーを飲んで、二人で銀河を守る宇宙自衛軍の映画を観て、ちょっと背伸せのびしたお店でふたりで映画の話をして、その後は……

 でも、そんな予定はすべてかなうことのない夢になってしまった。いまこの瞬間に……

 ふたりがまだ恋人ではなかった頃、学校でまなんだ大宇宙戦争のことを思いだす。大宇宙戦争の主役は巨大な宇宙戦艦だった。その主砲が持つ破壊力は、いまさら逃げだしても何の意味もないことを二人は知っていた。

「これが最期さいごのデートになるなんて」

 ぎゅっとお互いの身体を抱きしめて、もうじきやってくる瞬間をふたりは待つ。

 そして、都市上空に主砲が発射される閃光せんこう炸裂さくれつする。

 ふたりはぎゅっと目を閉じて、固く抱きしめあった。何もかもが真っ暗になって、お互いの感触が消えて、何も考えられなくなる瞬間を待った。遠い轟音ごうおんが耳に届く。それでも、まだ君のぬくもりを感じられるし、何かが身体に降りそそいでくる感覚までもがあった。

 おたがいの名を呼びあえば、答えが返ってきた。

 ふたりはおそるおそる抱き合ったまま目をあける。そこには、桜吹雪さくらふぶきを背にした恋人のいとしい姿があった。

「え?」

 世界は一変していた。禍々(まがまが)しい戦艦は相変わらず空に浮かんでいたけれど、空からは無数の桜の花びらが、風におどりながらゆっくりと降ってきていた。

「え?」

 抱きしめあった恋人は、呆然ぼうぜんとその美しい光景にみとれていた。

「私達、もう死んでいるのかな?」

 禍々(まがまが)しい戦艦が浮遊する空と、降り注ぐ桜吹雪が舞う都市の光景に、彼女がためいきをつくように言葉をもらした時……

 再び都市上空の戦艦の主砲が火を吹いた。

 主砲から発射されたのは、目で見ることができる速度のゆっくりした光弾。そして光弾は都市の上空でぜ、四散しさんした火花が紅く燃える光の文字を空に描きだす。

「祝!! アークの海賊放送!! 来訪らいほう!!」

 都市の上空に、巨大なあかく燃える文字が空にただよう。

「え?」

 抱きしめあった恋人達は、呆然ぼうぜんとその文字を見上げ続ける。

 そして、盛大せいだいなファンファーレが鳴り響き、続いてクソさわがしい歪んだ音色ねいろおどる音楽が流れ出す。さらに再び戦艦の主砲が火を吹き、空に大輪たいりんの七色の花火達を咲かす。

「はじめましてだ! モッキンバード星の紳士しんし淑女しゅくじょとクソ野郎とビッチにガキンチョと老人達! こちらはナイン・シックス・ポイント・ナイン。 96.9銀河標準メガヘルツ レディオ・イービル・トゥルース。 勝手気ままに宇宙をさまようアーク・マーカイザックがお送りする無免許ゴメンの海賊放送ってやつだ! 遠い銀河ぎんがてから、熱い音楽と、うそみたいな本当の話を君に届けにきたぜ! 空は落ちてこないけど、空からアークは降ってくる! 短いあいだだけど、この星で海賊放送やるから、聞いてみてな! 周波数はナイン・シックス・ポイント・ナイン。繰り返す。周波数はナイン・シックス・ポイント・ナイン。96.9銀河標準メガヘルツ。レディオ・イービル・トゥルース。リクエストも常時受じょうじうけ中! どんなSNSでもかまわない、アークノ海賊放送、このタグでなんか書いてくれ! 俺は必ず君のメッセージをみている。そして俺は君に届けたい!」

 都市上空に浮かぶ戦艦からの一方的なクソうるさい放送に、抱きしめあった恋人達はようやく互いにまわした腕をほどく。

「な、なんなの?……これ」

 呆然ぼうぜんとした表情で彼女の口から言葉がれた時、今度は耳をつんざくサイレンが鳴り響く。

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