過去が詰まった本棚の回廊で
過去が詰まった本棚の回廊で
「ふが〜。ふがー」
メタル芋虫のいびきが、アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋に響く。
「これ、どれくらいで起きるの?」
メタル芋虫のほっぺを指でつんつく突っつきながら、サディが言った。
「フルで叩き込んだ場合、だいたい10時間程度のはずです」
AXEが冷静に言う。
「AXE過激ぃ」
とはミーマ。
「普通に自白剤でよかったんじゃないかなぁ」
とコタヌーン。
「普通に自白剤ですと、中枢神経細胞がダメになって、もっとイカレてしまうかもしれません」
とオクタヌーン。
「くそが!」
とネガ。
「残った薬液から見積もって、最低一時間は熟睡ですね。その間に話を整理しておきましょう」
タッヤが自席に着き、キーボードを羽先で器用に叩き出す。
海洋生物が泳ぐ姿が見えるブ厚い硬化テクタイト製の窓に、タッヤが打ち出す文字が表示されていく。
1・メタル芋虫の出自、年齢は一切不明
2・メタル芋虫が船を買う金を、自力で稼ぐことはありえない
3・メタル芋虫が以前もした話を、寸分たがわず繰り返した
4・メタル芋虫に、即席の自白剤を叩き込んでも、話すことは変わらなかった
5・この船はハサウェイが作ったものではない
(伝説級の存在であるハサウェイなら、大宇宙戦争の頃から生きているというのも、まったく有り得なくはないが……)
6・この船のオーナーはパンダ船長。(または未知の誰か)
「以上ですね」
タッヤが今までの話をまとめおえる。
「どう思う? こいつの大嘘を見抜けなかったあたしには、こいつが本当のことを言っているか、イマイチわかんない」
ブ厚い硬化テクタイト製窓に並ぶ六項目を、サディが目を細めてにらみつつ言う。
「パンダ船長をよく調べてみては?」
とAXEが冷静に言うが……
「でも、メタル芋虫の話が本当だとするのなら……。船長。動くんですよぉ?」
ミーマがぶるっと、氷砂糖のように半透明の身体を震わせる。
「メタルケーブルでぐるぐる巻きにしてあるのは、本当に動いたのかもしれないなぁ」
とはコタヌーン。
「一人で船に残った結果、発狂しただけなのかもしれません」
とはオクタヌーン。
「この中で一番戦闘能力があるのがあたしだけど……。パンダ船長は、殴って蹴って撃って倒して折って絞めあげて、そういうことでなんとかできる存在じゃなさそうだ。そうなると、あたしのめっちゃ軽い体重じゃあ、ガチに船長が動き出したら、ちょっとどころじゃなくヤヴァイかもしれないねぇ」
とサディ。
「さわらぬ船長に激怒なしです。船長はメタルケーブルでぐるぐる巻きなんですし、話しかけても今のところ反応はありません。とりあえずそっとしておきましょう」
とタッヤ。
「くそが!」
とネガも賛同。
「で? どうする? このメタル芋虫の話が嘘だったら、エアロックから海に放り出す? メタル芋虫の話が本当だったら。というか、メタル芋虫の話を信じて、このぐるぐる巻きのメタルケーブルから解放する?」
サディが腕を組んで問う。
「ファンシー雑貨貿易船に就職したつもりはないですけど、かつての大宇宙戦争で大殺戮をした大魔王の座乗艦というのはね」
AXEが冷静に言う。
「ガチに本当のことを言えば……。Big Synthetic Empireを皆殺しにするほどの艦でなければ、シンセティック・ストリームに対抗することもできなかったと状況を判断せざるをえません。そう考えれば、この船の正体がどうあれ、私達がこの船にずっと乗っていたという事実には変わりがなく、そのことはここにいる全員がすでに、暗黙のうちに了承していたものと状況を判断します」
ミーマが的確な判断を披露する。
「とは言ってもなぁ」
とコタヌーン。
「とは言っても、気になるのはしかたないことなのかもしれません」
とオクタヌーン。
「くそが!」
とネガ。
「結局、私達が納得しないのは、気持ちの問題が大きいのかもしれませんね」
タッヤが言う。
「そうだよ。もとよりイカレた船なのは知っていたはずさ」
とサディが言う。
「問題は」
とAXE。
「このメタル芋虫が」
とミーマ。
「信用できるかどうかかなぁ」
とコタヌーン。
「信用できるかどうかですね」
とオクタヌーン。
「くそが!」
とネガ。
「うーん……」
メタル芋虫がうなり、目を覚ます。
「おはよ」
腕を組みながら仁王立ち状態のサディが、紅く短いスカートの中身がギリッギリ見えない位置から、メタル芋虫を見下ろしながらのご挨拶。
「珍しく……もう起きてるのか……。サディ……。なんだ……。この眠気は……」
AXEにブチ込まれた自白剤がわりの麻酔がまだ効いているのだろう、メタル芋虫の意識はだいぶ朦朧としているようだ。
その隙を逃さず、タッヤがメタル芋虫に駆け寄り話し出す。
「カピシ。とはなんですか?」
簡潔なタッヤの質問に
「……わかったか? だ……」
とメタル芋虫は答える。
「それは知っています。このカピシという言葉、いったいどこで知りました?」
タッヤの言葉に、朦朧とした意識のままメタル芋虫が答える。
「本で……読んだ……」
「本?」
「船……の……蔵書……うーん……」
メタル芋虫は、再び眠りの中へと落ちていく。
「居住区にある図書室をあらためましょう」
タッヤが艦橋の耐圧扉に向かって歩きだす。
「トッキュウケンヲダシヤガレ!」✕2
そう言いながら、ジュウゾウとフタロクが本棚から本を取り出しては、紙のページを超高速でパラパラめくって中身をどんどん確認していく。
「こいつはいったい、どれぐらいかかるのかねぇ」
イービル・トゥルース号の乗組員居住区にある、図書室に並ぶ本棚をみまわしながらサディが言う。
「本はすさまじい量ありますが、検索対象はこの船が遥か彼方の昔から所蔵しているモノに限られます。すべて紙ですが、ジュウゾウさんとフタロクさんなら、一時間もあればいけるのではないでしょうか」
本棚が生み出す通路の真ん中で、両羽を組んだタッヤが言う。
「あいつの言ったことが確かなら、この図書室の本のどこかに、カピシという言葉があるってわけか」
サディの言葉に
「そのとおりです」
とタッヤが答える。
「カピシという言葉が本に書いてあったとして……。どうなんでしょうか? それは即、大殺戮大魔王かつ不死身のモンスターじゃない、という証拠にはならないのでは?」
イービル・トゥルース号の図書室の本棚を眺めながらAXEが言う。
「その通りです。カピシという言葉が本に記載されていたとして、それはイコール、カピシという言葉を本から得たという証拠にまではならないものと判断します」
とミーマが状況判断。
ネガは艦橋で、メタル芋虫の監視役を任されているので、
「くそが」
という悪態は図書室には響かない。
「それでもまあ、あの野郎が言うことが、まるで全部が嘘ってこともあるから、確かめないわけにはいかないのかねぇ」
よくわかんないけど、という表情でサディが言う。
「確かめたところで、アークが大殺戮大魔王かつ不死身のモンスターなのかどうかはわかりません。ですが、決定的ではないにしても、情報は多いほうがいい。そして、不死身のモンスター問題については、サディさん。実はあなたが一番のたよりなんです」
タッヤがサディに返す。
「ほう? サディさんがどんな頼りになるのなぁ」
とはコタヌーン。
「一番付き合いが長いのがサディさんだから、なのかもしません」
とオクタヌーン。
「そうです。そこです。私がこの船に乗った時には、すでにあなたは一人前の戦闘要員としてこの船に乗っていた。今までサディさんがどれくらい昔からこの船に乗っているのか? 特に気にしたことはありませんけど、それが一番大事なことなんです」
タッヤの言葉に、サディの片眉がぐいっとあがる。
「どうしてあたしが、どれだけ昔からこの船に乗っているかが大事なの?」
「簡単なことですよ。あなただけが一番昔のアークを知っている。単純な話です。あなたが最初にアークと出会った時からいままで、それそうおうにアークはちゃんと年老いているか? ということですよ」
タッヤが両の肩をすくめて言う。
「ずいぶん単純な判定方法だねぇ」
サディの両眉がぐいっとあがる。
「もうこれくらいしかないんじゃないですか?」
AXEは冷静に言う。
「大殺戮大魔王のクローンであって、人格に連続性がない。または、本人の記憶が消えてしまっているとか、そういう展開も予想できるわけで、そうなった場合、本人ですら判定できないことであるのは、もはや否定できないものと判断します」
とミーマ。
「そうだなあ。本人がイカレていたら、どうにもならないなぁ」
とはコタヌーン。
「本人がイカレていたら、それはもうアウトなのかもしれません」
とオクタヌーン。
「そうです。だから、最終的には、私達の判断しかないんですよ」
とタッヤは言った。
「で、その判断をするのが、あたしなの?」
サディが言う。
「サディさんの次に乗組員になった私では、正直判断がつきません。サディさん。どうなんですか?」
タッヤの言葉に、サディは目を閉じ、今は遠い過去になってしまったけれど、いまもはっきり覚えているあの頃へと飛んでいく。




