嘘みたいな本当の話
嘘みたいな本当の話
タッヤが深いため息をつき、クチバシを開いた。
話を整理しましょう。
あなたには、この船を作り出すほどのゼニーを稼ぐ能力はない。しかし、実質的にこの船を動かしているのはあなただ。
そんなあなたは、巨大なパンダのぬいぐるみが船長で、しかもこの船のオーナーだと言う。
巨大なパンダのぬいぐるみが、シンセティック・ストリームを皆殺しにできる船の持ち主だというのは、いくらなんでも荒唐無稽に過ぎます。そんなことは普通ではあり得ない。
しかし、この船がもとより普通ではないのも承知しています。ということは、巨大なパンダのぬいぐるみが、本当にこの船のオーナーということも、万がイチのもしかして、本当にあり得ることなのかも知れない。
あなたが主張していることは、つまりこういうことですよね。
ですが……、いくらなんでもこれは信じがたい話です。
もしかしたら、あなたがこの船に乗った時代の話に、この信じがたい話についての秘密が隠されているかもしれない。私はそう考えました。
ということで、無免許もぐりの航海士が、この船の船長代理代行に就任した経緯について、いまいちど話してもらえませんか?
タッヤの言葉に、メタルケーブルでぐるぐる巻きにされた芋虫はこう返す。
いいだろう。俺がこの船で船長代理代行兼、無免許もぐりの航海士になった話をするよ。
これから話すことに嘘はない。まるで嘘みたいに聞こえるとしてもだ。
俺はこれから本当のことを話す。しかし、それを嘘だと思われても仕方ない話だとも思ってはいる。
それについてはどうしようもない。なんてったって嘘みたいな本当の話なんだからな。
そして、どうやら俺自身の存在についても、俺には意味が分からねえが、意味不明な疑いが生じているらしい。
だから順を追って話すぜ。俺とこの船のいきさつについてだ。
俺は自分の生まれた日を知らない。俺を産んだヤツのことを知らない。ということはもちろん、どんなヤツが親父なのかなんて知らない。
気がついた時、俺はこの宇宙の辺境にある偏屈な星にいた。その偏屈な星は、キノコとタケノコの形をしたお菓子で争い、ずっと戦争しているような、アホみたいな世界だった。
どうして世界はこんなにアホウタロウのケツの穴なのか? と俺は思って生きていた。
しかしだ。俺以外の奴らは、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいないみたいだった。それが俺には、奇妙で奇妙でしようがなかった。
キノコとタケノコ型のお菓子で戦争。男と女で戦争。音楽ジャンルで戦争。漫画で戦争。アニメで戦争。文学で戦争。SNSで戦争。戦争戦争戦争……
精神、金銭、何もかもが貧しいのに、永遠に争い事だけは尽きない、クソの塊みたいな社会。
俺はこんなアホウタロウのケツの穴みたいな世界が、どうして存在しているのか不思議に思った。
だから自分なりにいろいろ考えた。
その結論はこうだ。
この世界を何もかもひとつにして、クソの濁流へと変えてしまう、不気味な力が存在するんじゃねえかってことにだ。
それを俺は、シンセティック・ストリームと呼んだ。
この大宇宙に漂う、不可視かつ不検知で不可解な潮流。それがシンセティック・ストリームだ。
では、シンセティック・ストリームは実在するのか?
俺はあらゆる書物を読みあさった。誰も読まないような本を開き、誰も言及しなくなった時代の本を開き、これを読めと誰も言わなくなった歴史の本を開いた。つまりは、アホウタロウのケツの穴みたいな星の過去を調べていった。
遠い過去に記録された本に書かれていたのは、アホウタロウのケツの穴みたいなこの星が、昔からアホウタロウのケツの穴から漏れ出すウンコタロウみたいな星だったってことだ。
昔々のその昔、俺がいた星は、Big Synthetic Empireの中心だったそうだ。Space Synthesis Systemの大元であったクソの塊。それが俺が育った星だったということだ。
なんということはない。昔からアホウタロウのケツの穴みたいな星は、遥か彼方のお昔から、ビビってクソをちびるくらいにクソだった。それだけのお話だ。
遥か彼方のお昔から、脈々(みゃくみゃく)と流れるクソでかいクソの濁流。それがつまりはシンセティック・ストリームだった。
あれは、俺が14くらいの頃だった。
遥か彼方のお昔から流れてきなさる、おクソのお濁流みたいなお世間様に逆らって生きていくには、俺はあまりに若く無力だった。
俺はくる日もくる日も、遥か彼方のお昔から流れ込んでくる、おクソのお濁流みたいな日々に立ち向かおうとした。だがその結果は、敗北の連続だった。
そんな俺にも、俺を理解してくれる友がいた。
そいつは俺のたった一人の友で、俺とは違って品行方正で、表向きはシンセティック・ストリームの御糞便様なんて、絶対に口にしないヤツだった。でもあいつは、世の中がクソの塊だと理解していた。そしてあいつは、シンセティック・ストリームの存在を理解していた。とにかく頭のいいやつだったからな。
なのに……
ある日、あいつは死んでしまった。
しかも、最悪の死に方だった。
遥か彼方のお昔から続くおクソのお濁流と知りつつ、あいつは表向きはおクソの塊に乗っているフリをしなくちゃならなかった。
あいつは俺と違って、父がいて母がいて兄弟がいて立派な家があった。そこが、俺とあいつの運命の分かれ道だったのだと思う。
あいつは、そんなことはクソだとわかっていることに、表向きは乗ってるそぶりをみせるしかなかった。それが……、あいつが二度と帰らなかった原因だった。
表も裏もなく、クソの濁流に逆らい続ける俺は必然的に、あの日あの時、おクソに乗らなければならないあいつと、別の選択をとり別の行動をとることになった。
結果的に、あいつは死んじまって、俺は生き残った。
たった一人の理解者であり、友を失った俺はどうしていいのかわからなかった。
あいつを死なせない方法はあったのだろうか?
父と母と兄弟と立派な家を守るために、おクソのお濁流にお飛び込まざるを得なかったあいつ。
もしも、あいつが全てを捨てることができたなら……
守るべきものを何にも持たない、俺のようなヤツだったら……
あいつは今でも、生きていただろう。
そしてあいつは自分の船を手に入れて、自ら船長になってクソの塊みたいな星を飛び出ていっただろう。
俺はあいつにグダグダ言われて、ちゃーんと免許を取らされて、あいつの船で航海士かメカニックをやっていただろうよ。あいつは、無免許なんて許さなかっただろうからな。
だけど、現実は違う。
あいつはもう、この大宇宙のどこにもいない。俺だけが生き残った。それが悲しい現実ってやつだ。
何ひとつ守るものもなく、何者でもない者しかありのままでいられないような世界は、マジでクソのかたまりだと俺は思った。
どうしてこんな世の中なのだろうか?
どうしておクソのお濁流は、クソに飛び込みたくないヤツを、ほうっておいてくれないのか?
なぜおクソのお濁流は、何もかもを飲み込んで、一本のクソにしてしまおうとするのだろうか?
あいつが死んじまった日のことを、俺は今でも思い出す。
宇宙からみたら、この星は美しいはずなのに、地上に立ってみたらクソみたいな世間様がはびこる世界。そのかたすみにある草原で、ぽつんとひとつだけある丘のうえに寝そべって、あいつのことを俺はずっとずっと考え続けた。
吹き抜ける風は心地よく。様々な植物が生み出す緑の匂いがした。この星を生かす恒星が生み出す光が、ポカポカと天から降り注いでいた。あいつはとっくの昔に冷たくなっちまっているのに、その光はとっても温かかったのを覚えている。
目の前に広がる草原は風に揺れて、まるで緑の海みたいだった。地平線の先に存在する青い空には、白い雲がぷかぷか浮かんでいて、世界はどこまでもいけるんじゃないかと思える光景だった。
なのに……
この世界はまるでクソみたいだった。
おクソのお濁流に誰も彼もが飲み込まれ、クソがころがり落ちる大穴に、ただ流れ込むままになっている。
俺にはわからなかった。
何もかもがクソなのに、何もかもがいいことなんだと、喜んでおクソのお濁流で御一緒こたになっているお奴らのことが、まるでからきしわからなかった。
どうしてあいつは、おクソのお濁流だと知っていたのに、おクソのお濁流に頭から飛び込んで、最後には殺されなければいけなかったのか?
俺はずっと考え続けた。
やがて血の色みたいな夕焼けがやってきて、恒星は緑の海に横たわる地平線のむこうに沈み、そして夜がやってきた。
それでも俺は、ぽつんとひとつだけある丘の上で夜風に吹かれながら、ずっとずっと考えていた。
空を見上げれば、いったいいくつあるのかわからない星が生み出す輝きに満ちている。
世界はこんなにも美しい。
そしてあの空の先には、あらゆる思想と想いが、互いにぶつかりあうことなく存在できる広過ぎる世界が広がっている。
だけど現実は、見た目は美しい世界のど真ん中に置かれた、クソ怪しいツボの中にいるみたいだ。
人々はクソみたいな濁流に飲み込まれて怪しいツボの中に閉じ込められて、おまえはちっぽけなとるにたらない存在なのだと、ひとり死のうが世界はうまく回り続けるのだと、そんなことばかりを世間様から言われ続ける。
そして知的生命体は、フタをされた怪しいツボの中から脱出することなどできず、そのまま腐り果てて死にゆかなきゃいけないのか?
俺はもう耐えられなかった。そんな腐敗した糞溜みたいな、クソ怪しいツボのような世界に耐えられなかった。
気がつくと、俺は叫んでいたよ。
「この世界はクソみたいだ! クソの濁流みたいな奴らに、俺は押し流されたくない! クソの一部になっちまうより、俺はたったひとりでも生きていたい! クソなんかクソくらえなんだよ!」
広大な草原にぽつんとひとつだけある丘のうえで俺は、星々(ほしぼし)がまたたく夜空に向かってそう叫んでいた。
その時だ。あまたの星がきらめく夜空に、黒い影が現れた。
星空に開いた黒い空隙。それはみるみる巨大になっていく。そして、ついにそれは巨大なドクロへとかわっていった。
たったひとりの友を亡くした夜に、星がきらめく夜空から、あまりにも巨大なドクロが降ってきた。
まるで嘘みたいな話だが、それは現実に起きたことだ。つまりは真実。
何もかもをぶっ殺しそうな主砲を背負い抱き、星空から降ってくる巨大なドクロは、あまりにも邪悪に見えた。まるで嘘みたいだけど、いま目の前で起きていることは本当だった。
邪悪なる真実。
俺の頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。
大宇宙戦争は過去の幻影となり果てて、あまたの妄想によって捏造された、できの悪いヒロイックな物語に変わっちまった時代に、その船は時代遅れどころじゃないレトロな未来感をしたデザインをしていた。
巨大なドクロはさらに降下し、ついには夜の草原に着陸した。
それはそれはスゲエ眺めだったよ。
星々(ほしぼし)がきらめく夜空から降ってきた、巨大なドクロを掲げた宇宙戦艦。
何もかもをブッ飛ばす、三連装四基十二門の主砲。艦尾三連装一基三門の副砲。周囲をにらむ対宙パルスレーザー砲多数。艦首宙雷発射管三連装二基六門。
いままで俺が手にしたどんな力よりも強い、あまりにも邪悪な真実。
それがこの船さ。
これが、イービル・トゥルース号と俺が出会った、嘘みたいだけど本当にあった物語。




