モッキンバードタウンの日々
モッキンバードタウンの日々
サディは大浴場付きのビジネスホテルを拠点に、モッキンバードタウンの魚介類を食べて歩いてまわった。
オクタヌーンはモッキンバードタウンの喫茶店をめぐりながら、イービル・トゥルース号の不可解なメインエンジンのデータを解読しようとし続けた。
コタヌーンはあらゆる店に飛び込み、カードラジオの契約を固めると、この星独特の女の子が全力疾走する徒競走の着順を当てる博打で、ゼニーを果てしなく増やし続けた。
AXEはどこか懐かしいこの街をめぐり、いずれやってくる航海の日々に想いをはせて、この街を味わい尽くそうと街をめぐった。
ミーマは地下に潜ったブラック・レーベル(通称BL)組織、兄冥土と接触し、いまや違法な存在となったブラック・レーベル作品を大量に仕入れ、クルーザーに偽装したbrain distraction号にせっせと運び込んだ。
タッヤはどんどん増える今や禁制品となったブラック・レーベル作品を積み込む空間を作るために、コタヌーンが話をつけた店にカードラジオを納品しに、モッキンバードタウンの上空を飛んで回った。
brain distraction号の隠し倉庫は、ナイン・シックス・ポイント・ナイン、96.9銀河標準メガヘルツを最初に受信するカードラジオをどんどん減らし、ミーマが地下組織兄冥土から次々仕入れるブラック・レーベル作品の補充によって、つねに奇跡のバランスで満載だった。
そしてネガは今日もモッキンバードタウンをそぞろ歩く恋人達に
「クソが……」
とガスマスクの中でつぶやき続けた。
ビッグウエスト海洋、水深100メートルの海中に隠れ潜むイービル・トゥルース号では、今日もたった一人のアークが、ヘッドセットマイクにありとあらゆるsynthetic streamの威容に対する異議と異論と、この宇宙のどこかでは当たり前だけど、Space synthesis systemでは嘘みたいな本当の話を語り続ける。
地獄の底で鳴っている音楽はきっとこんな音楽なのだろう。そんなことを言われることもあるデスメタル星系のヤヴァイ音楽から、ほろりと涙がこぼれてしまうようなセンチメンタルなものまで、ありとあらゆるこのSpace synthesis systemの今売れています100選にはのらない、未知の音楽を流し続ける。
「宇宙はぶったまげるほど広く、あまたの銀河がひしめき、世界はたったひとつではあり得ない。誰かに圧力をかけ同調させない範囲において、この宇宙にはありとあらゆる考え方とありとあらゆる自由が存在できる空間が、充分過ぎるほどにあるはずだ」
防災用に買って眠らせていたラジオから、何年もほこりを被っていたラジオから、つい昨日、電気屋で買った怪しいカードラジオから、正体不明の人物が話し続ける嘘みたいな本当に実在する海賊放送に、モッキンバード星の人々は
「こいつはいったい何を言っているんだ?」
と思いもしたし
「どこかの銀河では、そんな嘘みたいな世界があるのか」
と半信半疑ながら驚愕もしたし
「モッキンバード星域を飛び出して、ここではないどこかの、未知の銀河に行ってみたい」
そう思う者もいた。
この星では聞いたこともないようなぶっ飛んだ音楽に、鼓膜どころかハートを破られそうにすらなったヤツもいたし
「俺の音楽を銀河の果てでかけてくれ!」
とSNSでアークの海賊放送のタグをつけて、自身の音楽を情報の海に放つ者もいた。
「アホだ! 強酸主義者だ! 罵欲だ! テロリストだ!」
とアークを罵るツブヤイターが、まるで誰かに雇われたかのようにわんさと現れもしたし
「いいぞ! もっとやれ!」
とSNSが祭り状態になることもあったし
「Space synthesis systemに対し、萎縮し忖度し右から左へ官製情報を流すだけの既存のメディアに失望し、海賊放送という未知のメディアに私は未来を感じる」
なんてことを言い出す評論家までもが現れたし、もちろんそんな評論家を、誰かに雇われでもしたようにボロカスに言う評論家もまた現れた。
そして今日もSystem Self-Defense Force SSFは無線に罵詈雑言を撒き散らしつつ、神出鬼没の海賊放送の発信源を追って、モッキンバード星の空を地上を、エネルギーをドブに捨てるがごとく音速を超えて飛び回り駆けずり回り探し回る。
モッキンバード星政府は、首都上空に所属不明の宇宙戦艦を侵入させてしまったことをたてに、莫大な軍事費の増大をくわだてた。しかしその一方で、所属不明の宇宙戦艦はきっちり完膚なきまでに撃沈したのだと言い張りもした。そしてそんな政府の言葉に、侵入はまんまと許すのに、完璧なまでに撃沈なんてできちゃって、なのに海賊放送はこれっぽっちも取り締まれないものなのかと、まともな知能を持つ人は首をかしげた。
不気味なまでに親Space synthesis system政府は、今も流れ続ける海賊放送を封殺できない理由については何一つ言及することはなく、世間とは別の世界線で国家の防衛を語り続けた。その姿に、これは明らかにおかしいぞと思う人々もいた。
突如としてこの星にやってきたアークの海賊放送は、いい意味でも悪い意味でも、閉塞した世界に突然吹き込んできた突風だった。
Space synthesis systemという、たったひとつに閉じていく世界を無理やりこじあけ、ご親切にもその傷口に塩を送り込んで、世界を悶絶七転八倒させまくり、未知の世界へと偶然転がりださせるような。そんなできごとが起きてしまうかもしれない、無責任極まる災害級の突風だった。




