俺と船長、ふたりの秘密
俺と船長、ふたりの秘密
サウザンアライアンズ銀河の外れ、小惑星の内部に隠れ潜んだ状態で、synthetic stream艦隊に完全包囲されてしまった時。さすがの俺でも、こいつはもうダメかもしれないと、ガチで思った。
その気になればこの船は、俺ひとりでも動かすことだってできる。だとしたら、沈む可能性がクソ高いこの船に、全員が乗っている必要はないわけだ。
最悪の事態を想定するのなら、死ぬのは俺ひとりでいいと思った。とは言え、この船のオーナーかつ最高執行責任者である、パンダ船長にもお供してもらうことになるわけだが……
そういうわけで俺は、全員の意識を失わせてから、岩にくるんで宇宙にポイしたわけだ。
とは言えど、俺は死ぬと決めたわけじゃない。
俺なりに生き残る策はあるにはあったよ。
だけどな、そういう万がイチのもしかして的なことに、全員を付き合わせるほど、俺は野暮じゃねえ。
あとはみての通り知っての通りだ。
とにかくあの時は、マジでガチガチになったクソみたいにクソヤヴァかった。
あの時イービル・トゥルース号は、マジでギリギリの限界だった。
対抗障壁領域の使用率はもう限界。いつブチ破られてもおかしくなかった。
対抗障壁が一度でも破られたらサヨウナラ。それは悲しい現実だった。
そんな絶対絶命の危機のド真ん中で、目の前に現れたのは、ドデカイミスター宇宙戦艦様だった。
マジカ!! ここはアニメの世界か!? この展開はデキ過ぎなんじゃねえか? 遺影ッ! と俺は思った。
絶体絶命の危機で、眼の前に現れたのは敵の旗艦様。
その時、俺は勝ったと思った。
ドデカイクソみたいなシンセティック・ストリームの、大グソBig宇宙戦艦に突撃刺突衝角をブッ刺して、串刺し状態のまま包囲網を脱出しようと俺は考えた。
突撃刺突衝角で敵の旗艦様をブッ刺して、イービル・トゥルース号を旗艦様に密着させて、やつらの砲撃を封じるってことさ。
イービル・トゥルース号をブチ抜いて、勢い余って旗艦様まで沈めたら、後になって死ぬより辛い責任をなすりつけられることを恐れて、やつらはもれなく砲撃不能になると俺は判断したからだ。そうなれば、SS艦を串刺しにしたままトンズラこいて、頃合いをみて宇宙の果てにポイっと捨てる。そうすれば、イービル・トゥルース号と俺は生きのびられる。
まるでアニメ番組の中で殺りまくってる最終戦争でやるような、ブッ飛び過ぎたやりかたではあるが、あの時、俺は現実にできるとふんだ。
万がイチのもしかして、こいつは本当にできるかもしれない。
それでいい。上等じゃねえか。勝ち目があるのなら、俺はその勝ち目をつかんで勝つだけだ。
俺はアニメの主人公ではなく、自分の人生の主人公に過ぎないが、ガチでそう思って突っ込んでいったのさ。
だがしかし、ここはやっぱり、アニメの世界なんかじゃなかった。
知っての通り、突撃刺突衝角はうまーくオクまで、ブッ刺さらなかった。
ここがアニメの中でもなく、United Skinhead of All つまりはUSA製の、最後はドカーンと大爆発して大団円、そういう映画の中じゃねえってことの証拠だよ。
現実はいつも、そんなにうまくいかない。俺につきつけられたのは、そういう残酷な現実ってやつだった。
中途半端にブッ刺さって、ドデカイミスター宇宙戦艦様の頭の先からケツの穴まで腹を引き裂きドログチャにかきまわし、旗艦様の大事な中身を宇宙空間にズルズル引きずり出した影響で、イービル・トゥルース号までが回転をはじめていて、ケツマクって逃げるにも次の砲撃が直撃しちまう。これはガチでマジクソマズイ、絶体絶命の危機だった。
それでも俺は必死で考えた。
中抜きだらけのハリボテ宇宙戦艦で構成された、収支的に後の祭り的な悲惨艦隊と言えどもだ。
どんなカスでもクズでもゴミでも、うず高く積みあがったクソの山ほどに数が多けりゃ、それなりの力は持つもんだ。
対抗障壁領域の使用率はとっくの昔にレッドゾーン。斉射じゃなくても、いつ砲撃でブチ抜かれるかもしれない。その恐怖はガチだった。
それでも俺は考えた。
ここから生きのびる方法をだ。
再び実体弾を叩き込んで大混乱を巻き起こすか?
だが船体はぐるんぐるんの回転状態。SS艦隊に向けてバカスカ撃つには無理がある。
これはダメかもしれないと本当に思った。
とにかく花火をバカスカ撃って、奴らのめをくらますか?
いや、さすがにこの局面では無理がある。むこうが勝って当たり前の状況に、花火で目をくらますなんて無理がある。
じゃあ、ドクロマークのボタンを叩いて、海賊放送をおっぱじめて、
ハーイ! synthetic streamのおクソおちんたま野郎ども!! この大騒動の黒幕は、United Skinhead of All つまりはUSAの大頭領様、怒鳴奴・花札が首謀者なんだぜ!
とか言って、何もかもがでたらめだけど、否定するにはメタクソコストがかかる陰謀論で、奴らの頭をパンパカパーンにして、うまいこと気をそらすか?
いや、無理だ。
こういうことには、事前のネット工作が必要だ。
つまりは、大自民統一教会が飼っている、ネットにウヨウヨしているネットサポーターズどもがいないと成立しない。
だったら……
たまには真面目に考えて、きちんとイービル・トゥルース号の回転を姿勢制御で停止して、あらためてケツをまくって、まっすぐまっしぐらに宇宙の果てにむかってバックレるか?
いや、ダメだ。
まともにやってたら、とにかく全然間に合わねえ。
ヤヴァイ!! どう考えても、これはもう助からない。
やっぱりここは、映画やアニメの中にある世界なんかじゃねえんだ。
必死で考えたのに、必ず死ぬことはキマってる。マジカ、こいつは全然笑えない。
ああ、やっぱりサディとAXEとミーマとタッヤとネガとコタヌーンとオクタヌーンを失神させて、岩でくるんで宇宙にポイしてよかった。
五分眠ってよーく考えた、俺の判断は正しかった。
イービル・トゥルース号が沈むこと、そしてこの俺がダークマターに帰ることは、99.89%確定したに等しかった。
そんな最後の局面だった。
もしもここが文学とか言う世界だったら、果てしなく結論なんかありそうもないことを、最終局面の最後の最後に、俺はグズグズウジウジネチネチと、永遠にブツブツ言い続けたりするのだろう。だがここは、権威ある文学賞に輝くような、ごたいそうな文学様の中にある世界じゃない。
だから俺は、この宇宙からきれいさっぱり消滅する覚悟を決めようとした。
だけどな……
俺にとって最新版の予定表を確認してみても、むこう200銀河標準年先まで、俺には死ぬ予定がまるでない。
そういう予定で生き方ってやつを設計をしてきた俺には、いまここで死ぬというのは大変に困ったことになる。
だから俺は、万がイチのもしかして、船が蜂の巣になって星の海に沈んでも、俺だけはどうにか生き残れたりはしないだろうか? そのことを本気で考えはじめた。
船が沈んでも生き残るには?
brain distraction号は岩石にくるんでポイしてすでにない。
となると……、格納庫にいるブルーナイトメアだ。
ブルーナイトメアの装甲は、給料のほとんどを注ぎ込んでカスタムしてある。だから、ガチでカチカチの驚異の耐久力があるはずだ。ブルーナイトメアのおナカにいれば、イービル・トゥルース号が沈んだとしても、万がイチのもしかして、俺は生き残ることができるかもしれない。
機体はボロッボロのスクラップになりはしたが、宇宙を漂うブルーナイトメアの操縦席で、ハードでヘヴィな音楽にノリながら、、ここではないどこかへ向かう俺の姿が俺には見えた!
いける! こいつはいけるぞ!
そうと決まれば、ケツをまくってバックレろ!!
一番最初に狙い撃たれるであろう艦橋を脱出して、ブルーナイトメアがハッチをクパァと開いて、おナカのオクにおいでよと待っている、格納庫に走ろうと俺は思った。
戦闘用ハーネスを外して席を飛び出し、万にひとつよりもっと少ないかもしれない可能性に、俺はすべてを賭けようとした。
俺はいままで走ったことがないような速度で、艦橋を飛び出そうとした。
この船の最後に残された時間はあとわずか。だがな、最後の瞬間だからこそ、礼儀は大事だ。
この船の最初かつ最古参の乗組員で、オーナーかつ最高執行責任者である船長に、俺は最後の敬礼をした。
絶体絶命の危機のさなかに、パンダ船長はいつものごとく、大宇宙の果てみたいな深遠なる思考に沈んで、寡黙にまっすぐに前をみつめ続てけていたよ。
だけどその時、パンダ船長の座る艦長席に、みたもこともないドクロ紋章付きの巨大な拳銃があることに、俺は気づいた。
なんだこれは!? こんなものはいままで一度も、俺はみたことがない。
遥か彼方の昔、お魚達と正体不明の巨大生物が潜む大海原を、あらゆる法を無視して暴れまわった海賊とか言う野蛮なヤツら。
そういう無法の海に生きる野蛮生命体が使っていた、弾倉すらもない単発式のブッ太い拳銃が、パンダ船長の前に禍々(まがまが)しいドクロの紋章をみせつけて鎮座していた。
夢なのか? それとも、とっくの昔に船は沈んでいて、俺はもう死んでいるのか?
俺はそう思った。
格納庫にむかって、全力を超えたダッシュをしようとしていた足が止まった。
その時だ。
「アーク・マーカイザック。君は盛大にやらかして、私の船をブッ壊すのに、すべての責任を私におっかぶせ、ケツをまくってバックレる。それはつまり、自分だけは生き残るつもりだということか?」
信じられないことに、パンダ船長はそう言った。
俺はパンダ船長の、ぱふぉボタンを押してない。
なのに、ぱふぉっじゃなく、パンダ船長は間違いなく言葉を口にしやがった。
幻聴かと俺は思った。幻かと俺は思った。もう俺は死んでいるんだと思った。
だったらもうどうにでもなれだ。
「この船が沈んでも、俺は永久に不滅だよ! だから生きのびるに決まってんだろうが!」
俺は思わずそう叫んでいたよ。
パンダ船長はどうしたか? 俺の目の前で笑いやがった。モフモフのお身体をお揺らしになられて、大声をあげて高笑いをしやがった。
「はっはっはっはっ!」
この俺がぞっとするような高笑いを、パンダ船長はしやがったんだ。
雨の日も風の日も。空から魚が降ろうが、隕石が落ちてこようが、恒星が死を迎えようと、ブラックホールの間近を通過しようが、重力波に船が揺れようが、超新星爆発の閃光をくらおうが、食らったら即死確定のガンマ線バーストの間をかいくぐろうが、眉ひとつ動かさなかったパンダ船長が動きやがった!
俺はパンダ船長が動くのをはじめてみた。
マジだ。これは嘘みたいに聞こえるかもしれないが、マジでガチの本当に真実だ。
そしてパンダ船長は、ドクロ紋章付きの巨大な海賊拳銃を、モフモフお手々でガッチリ握るとこう言った。
「私の船を沈められるというのは、どうあっても容認できない」
パンダ船長は一瞬ためらったようだった。だが次の瞬間、パンダ船長のモフモフなお手々が、引き金を引いた。
口をひらいたドクロを模した撃鉄が、ガチンと音を立てて上顎と下顎を噛み合わせ、見えないナニカを噛み砕いた。
それはつまり、イービル・トゥルース号のどこに装備しているのかすら不明な未知の暴力装置から、クソ恐ろしい死の弾丸をブッ放す信号が解き放たれたということだ。
だが、艦橋には閃光のひとつも走らない。
ああ、やっぱりこれは死ぬ間際にみている夢なんだ。俺はそう思ったが、得体のしれない恐怖を背中に感じて振り返った。
ブ厚い硬化テクタイト製窓の先には……
星ひとつまたたかない、真の暗闇だけがあった。
おまえを殺してやると、秒速29万9792銀河標準キロメートルで迫る赤黒い閃光なんかひとつもない。それどころか、あれだけあった星の海が消えていた。
ブ厚い硬化テクタイト製窓のむこうは、何もかもが真っ黒い正真正銘の闇だけがあった。
「なんだこれは?!」
俺はパンダ船長にそう言ったが、パンダ船長はもう答えを返してはくれなかった。
三秒が過ぎ。六秒が過ぎ。十二秒が過ぎた。気が遠くなるような二十四秒が過ぎて、マジで意識喪失直前の四十八秒がやってきた。
真っ暗闇だったブ厚い硬化テクタイト製窓の外に、やがて星の海が戻ってくる。
もうそこには、シンセティック・ストリームの大艦隊は、一隻だって残っちゃいなかった。かけらのひとつもありゃしなかった。
うず高く積まれたクソゴミカスの山ほどいた大艦隊は、きれいっさっぱり俺の前から消えていた。
こんな事がありえるか?
俺は信じられなかった。だから、まだパンダ船長の座る艦長席に存在していた、ドクロ紋章付きの巨大な海賊拳銃に触ろうとした。
かつて無法の海を暴れまわった野蛮生命体、海賊が使うみたいなドクロ紋章付きの銃に触れるのなら、これは本当に現実なのかもしれない。
俺はパンダ船長の座る艦長席に一歩踏み出す。その目の前で、ドクロ紋章付きの海賊拳銃は、艦長席の指揮管制盤の中へと格納されていったんだ。
あまりに信じられないできごとだった。
だが、何もかもをブッ殺して、俺が生き残ったのは、まぎれもない邪悪な真実だ。
これはいったいどういうことだ!?
俺はパンダ船長に話しかけたが、もう二度と、パンダ船長が口をきくことはなかった。
あまりにも信じられないできごとだったが……、パンダ船長が俺の命を救ってくれたことは確かだ。
俺は、誰もいない艦橋で、あらためてパンダ船長に敬礼をした。
パンダ船長は、いままでそうだったように無言のままで、俺の敬礼にうなづくことさえしなかったよ。
だけどな……
いまとなっては、この船に乗っている知的生命体は俺ひとりだ。
そうなると、勝手に動き出したパンダ船長のことが、俺は怖くてしょうがない。
パンダ船長に艦橋からご退出願おうかと思ったが、どかそうと触れたらまた動き出すかもしれん。
だから俺は、船長をメタルケーブルでぐるぐる巻きにした。




