海賊放送開始セズ
海賊放送開始セズ
時刻は昼を過ぎていた。
ミーティングルームのテーブルに置かれたカードラジオは、ずっと沈黙を続けている。
「はじまりませんね」
明け方にようやく眠り、珍しく昼過ぎに起きたAXEが、カードラジオをみつめて言った。
「いつもなら、このくらいの時間ですよね。それが始まらないということは、意図的に放送していないと、状況を判断します」
ミーマが言う。
「くそが」
とネガは毒づく。
「こんなことになるとは、思わなかっただろうからなぁ」
コタヌーンはオクタヌーンのノートパソコンを横目に言う。
「英雄扱いなんて、なれてないのかもしれませんどころか、あり得ません」
ネットに流れ続けるトゥルース号目撃情報ををみつめて、オクタヌーンが言う。
「そのとおりです。アークは英雄なんてガラじゃねえって言うでしょうし、いまごろ海中に潜伏しながら頭を抱えているんじゃないでしょうか」
タッヤがお茶を注ぎながら言う。
本当はどうなんだろう? という沈黙が流れる。
AXEが、ミーマが、タッヤが、ネガが、コタヌーンが、オクタヌーンがよく知っている、いつものアークなら、きっとそんなことになっているだろう。
だけどアークは今や、正体不明な不死身のイカレ野郎かもしれないわけで……
正体不明な不死身のイカレ野郎だとしたら、アークはいまいったいなにをしているのか?
「また魚でも獲って、食べているのかねぇ」
沈黙の中、さっきからずーっとトバシの端末をいじっているサディの声が、ミーティングルームを満たす空気にただよう。
「いいオイオイスターを、ナマでいける店はありました?」
端末をいじり続けるサディに、AXEがあくび混じりに問う。
「んー? ナマのオイオイスターを食べに行こうよって、アークにメッセージを打ってるの」
「はあっ!?」
ネガ以外の全員が言った。
「くそがッ!?」
とネガだけが言った。
「アークに上陸時の連絡用にあげたトバシの端末は、とっくの昔に賞味期限切れのはずなんですが……。どうしていまの連絡先を知っているんですか?」
タッヤがお目々をまんまるに見開いて言う。
「んー? 連絡先なんて知らないよ。アークが探しそうなタグつけて、SNSに流しているだけだよー」
そう言いながら、サディは端末をいじり続ける。
「なるほど」
タッヤがぽんと両の羽先を合わせる。
「でも、この星では海賊放送していないわけで、アークの海賊放送を検索するかなぁ」
ちょっと難しいかも、という表情でミーマが言う。
「そう思うよねぇ。だから、ナマモノとか、ジャンクパーツとか、ジャンク屋とか、カスタム機動兵器とか、あいつが検索しそうなタグをつけまくったよ」
と言いながら、すさまじいスピードでトバシの端末をいじるサディ。
「これは連絡がついちゃうかもしれないなぁ」
コタヌーンが言った。
「これは連絡がついてしまうかもしれません」
オクタヌーンも言った。
「もうついてるよ」
さらりとサディがそう言った。
「マジですか!?」
AXEが、ミーマが、タッヤが、コタヌーンが、オクタヌーンがそう言った。
最後にネガは
「クソが!?」
と毒づいた。
「あいつ。パンダ船長が給料を渡したいと言っている。つてリプつけてきたよ」
サディはそう言うと、トバシの端末をテーブルにのうえに放り投げてミーティングルームを出て行く。
AXEが、ミーマが、タッヤが、コタヌーンが、オクタヌーンがテーブルのうえに放り投げられたトバシの端末をのぞきこむと……
ドクロとパンダの中間あたりを漂うモノクロアイコンと、たった一文
「パンダ船長が給料を渡したいそうだ」
と本当に書かれていた。
スカイカイト標準時0000
brain distraction号は、スカイカイト星首都の東に広がる、海の沖に浮かんでいた。
首都の明かりから離れた海域は暗く、真っ黒い海面が静かに揺れている。
イービル・トゥルース号の姿はまだどこにも見えない。
「エイト・ジェイオー島があれだから……」
AXEが双眼鏡で、水平線に浮かぶ灯りを確認。
「首都の方角と距離からして、だいたいこのあたりが指定の海域と、状況を判断します」
ミーマが双眼鏡で首都の灯りをみつめて言う。
「また首絞められたりしないかなぁ」
コタヌーンが本気まじりに言う。
「また首絞めたりしないでくださいね」
サディに冷たい視線を注ぎつつ、オクタヌーンが言った。
「だ・か・ら・あたしはだまされたの! 最後はあたしも首を絞められたの! つまりあたしも被害者なの!」
サディがギリリと拳を握りしめつつ言う。
「くそが!」
ネガはいつもどおり毒づく。
「こちらタッヤ。イービル・トゥルース号の浮上を確認できず。くりかえす、いまだイービル・トゥルース号の浮上を確認できず」
上空を飛ぶタッヤからの報告が、無線に入る。
「正確な位置を指定できないのは、ちょっとめんどくさいですね」
AXEが双眼鏡を海面に走らせつつ言う。
「非公開メッセージであっても、SNSで船が浮上する位置について言及するのは、さすがに怖いですからね」
ミーマが同じく双眼鏡を海面に走らせつつ言う。
「バレてもここでは英雄扱いなんだし、問題ないんじゃないのー?」
サディが双眼鏡をのぞきこみながら言う。
「週間春文とか、日朝とか、潮新とか、金曜日とか。そーーゆーとこの記者にかこまれつつ、感動の再会を果たしたくないなぁ」
とはコタヌーン。
「日刊狂頭ヌボーシ新聞とか、代現とか、そーーゆーとこの記者さんにかこまれつつ、恐怖との再会というのはしたくないかもしれません」
とはオクタヌーン。
恐怖……
オクタヌーンの言葉に、AXEの、ミーマの、タッヤの、ネガの心に、恐怖がめばえる。
深夜零時の真っ黒い海中から、あの船がもうすぐ浮上してくる。
パンダ船長から給料をもらうのは怖くないが、アークに会うのは怖かった。
正体不明な不死身のイカレ野郎かもしれない、アークに会うことは……
「きました。brain distraction号直下より、イービル・トゥルース号浮上中」
タッヤからの無線に、全員の視線がbrain distraction号の下に集まる。
真っ黒い海中から、ぼんやりとした光が近づいてくるのが見える。
「単純に遅刻か」
ギリリと拳を握りしめつつサディが言った。
「単純に遅刻ですね」
AXEが双眼鏡をのぞきこむのをやめて言った。
「単純に遅刻の可能性が高いと、状況を判断せざるをえません」
ミーマがため息をついて言った。
「今度は首絞める縄でもなってたのかなぁ」
とはコタヌーン。
「今度はこちらが、吊るしてやるのがいいのかもしれません」
とはオクタヌーン。
そして
「くそが!」
とネガ。
上空を飛ぶタッヤが、ライトを点滅させはじめる。
「ワレ、ノウチラスゴウ、キカンノズジョウニアリ。ワレ、ノウチラスゴウ、キカンノズジョウニアリ」
上空からのタッヤの発光信号に、海中の光が明滅して答えを返す。
「発見を避けるため、完全には浮上しない。brain distraction号で船まできてくれ。だそうです」
無線から届くタッヤの声に、緊張が走る。
「いくか」
サディがbrain distraction号の船内へと消えていく。




