キモチワルイ……
キモチワルイ……
「飲みな。少しは気分がよくなるよ」
サディが泡立つ二酸化炭素添加水のボトルを、タッヤに差し出す。
「うう……」
タッヤはサディからボトルを受け取ると、クチバシの間からよく冷えた二酸化炭素添加水を流し込む。
同じく真っ青な顔をしているAXE、ミーマ、オクタヌーンに、二酸化炭素水のボトルをサディはわたしていく。
コタヌーンは酒を飲みに行くとだけ言い残し、ネガはくそがと言い捨てて、すでに大宇宙戦争歴史館を後にしていた。
「あんなことをする船が……。この星では、英雄なんですかね……」
大宇宙戦争歴史館の中庭においてあるベンチで、ボトルに詰められた二酸化炭素添加水のはじける泡達をみつめてタッヤが言う。
二酸化炭素添加水を配り終えたサディは、腕を組んで言う。
「戦争っていうのはああいうもんだよ。記録映像の冒頭で、Big Synthetic Empireがしたことをみただろ? まあ、戦争だからね。ああなるよね。そして、ああいうことをされた側が、こんどは嘘みたいな力を手に入れたら……。憎き敵を皆殺して拍手喝采の大団円に歓喜する。そうなるのはよーくわかるよ。あたしにはね」
そう言うサディの真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳が、いまのタッヤには血の色にみえる。
「サディさんは……。その……。気持ち悪くとか……。ならなかったんですか?」
タッヤの言葉にサディの目が細められる。
「いいシンセティック・ストリームは、死んだシンセティック・ストリームだけさ」
簡潔にサディはそう言った。
サディの赤い瞳をみつめたまま、タッヤは黙りこんだ。
「あいつらは、先に殺したんだよ。先にしたことを、今度は自分がされただけ。先に恨みをかってるんだ。どんなことをされたって、何の文句も言えないと思うけどね」
サディはそう言って肩をすくめる。
確かに、そういう理屈は成り立つ。
だけど……
理屈が通れば、それでいいのだろうか?
理屈が通れば、殺してもいいのだろうか?
理屈が通れば、あんなことをしてもいいのだろうか?
タッヤは考える。
本人は大きな声では言わないけれど、このちいさな女の子は今まで何人も殺している。
そういう世界の住人にとっては、こういうものなのだろうか? そしてアークも、つもりはそういう世界の住人なのだろうか?
タッヤの思考がさまいだす。
タッヤがイービル・トゥルース号に出会った時、すでにサディはアークと一緒に宇宙を翔けていた。
「この船自慢の凄腕戦闘要員。サディちゃんだ」
アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋で、アークはタッヤにそう言った。
「戦闘要員のサディですー。よろしくおねがいしまーす」
アークの紹介に、真紅と漆黒の地に赤と黒のバラが描かれた和銀河世界の出で立ちで、両手を前でちょこんと合わせてぺこりと可愛く頭をさげた、いまよりもっと幼かった小さい女の子。
こんな小さな女の子が戦闘要員というのは、いったいどういうことなのかと思ったことを覚えている。
そういうことは、あなたがやったほうがいいんじゃないか? と思ったことを覚えている。
だけど、タッヤが知る限り、アークが主砲操作桿を握るのをみたことがない。絶体絶命の危機におちいったあの船から放り出された後、アークがひとりで船を操ったあの時までは。
いつもいつも、主砲操作桿を握っていたのはサディだ。
「あんなにブッ放したがるコに、なぜ主砲を任せているのですか?」
アークに一度だけ聞いたことがあった。
「サディには、シンセティック・ストリームを撃つ権利があるからだ」
アークはタッヤにそう言った。
「権利?」
タッヤの言葉にアークは答える。
「そうだ。俺はシンセティック・ストリームに反抗する権利があるが、俺にはシンセティック・ストリームを撃つ権利が、あの娘ほどあるわけじゃない」
いつもしっかり答えてくれるアークが、こういう答えかたをするということは、サディの背後にはいろんなことがあるのだということは嫌でもわかった。
「だけど……。撃たせないですよね」
タッヤはアークにそう言った。
「そうだ。サディにはシンセティック・ストリームを撃つ権利がある。そしてサディの手の中には、いいシンセティック・ストリームをやまほど作り出せる力を持った主砲がある。だけど、撃たない。いいか、ここは大事なとこだぞ。撃てないのではなく、撃たないということだ。それこそが大事なことなんだと、俺は考えている」
「撃てない。ではなくて、撃たないですか」
アークはたまに、ものすごく簡潔なのだけど、難しいことを言うとタッヤは思う。
「タッヤ。万がイチのもしかしての話だが、一度、主砲操作桿を握ってみるか?」
タッヤにアークはそう言った。
「そんなこと……。考えたこともありませんよ」
タッヤの返答に、アークは無言でうなづいた。
あの時のアークの瞳を、タッヤはいまも覚えている。それは酷く悲しい色に満ちた瞳だった。
「なんだよ。タッヤ。あたしに何か言いたいことがあるのかよ?」
サディの声で、タッヤの思考は今現在に帰ってくる。
タッヤはサディの赤い瞳をみつめたまま、過去のできごとに想いをはせていたらしい。
「いえ……。すみません……。ちょっと考え事を……」
タッヤは正直にそう言ったけれど……
あなたは……。私とは違う世界の存在なのかもしれない……
と思ったことまでは口にしなかった。
しゅんとしているタッヤに、サディがため息をつく。
「まあ、いろいろ考えちゃうよねー。あたしは難しいことはわかんないんだよね。なのにさ、考えなきゃいけないことばっか増えたよね」
夜。首都の西はずれにある駐機場。
brain distraction号のミーティングルームに、全員が集合している。
会話は様々な方向に飛んだ。
アークはいったい何者なのか?
アークは大宇宙戦争の頃から生きている化け物なのか?
悪魔みたいな海賊野郎が操る嘘みたいな真実号は、スカイカイトでは英雄扱いのトゥルース号と呼ばれるようになり、いつから邪悪なる真実号、イービル・トゥルース号になったのか?
本当にあの船は、嘘みたいな真実号、トゥルース・ライク・ライ号なのか?
大宇宙戦争時代に建造された、遥か彼方昔の宇宙戦艦が、なぜ今現在も最強クラスの力を発揮できるのか?
あのふざけたパンダ船長は、いったいなんなのか?
すべてが謎だった。
想像することはできるのだけれど、そのどれもが荒唐無稽なものにしかならなかった。
「ジュウゾウ。あんた、あたしより長くあの船に乗ってるよね?」
サディの真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳がギラリと光る。ギンギラメタルボディのロボット執事に、赤い光弾がごとき視線をブスリと突き刺すサディ。
「たしかに」
ネガ以外の全員がそう言って
「くそが!?」
とネガは毒づいた。
イービル・トゥルース号の元ロボット乗組員であるジュウゾウを、みんなでかこんでガン詰めし、様々な質問をあびせてみたが……
「キンソクジコウデス」
とジュウゾウは言うばかり……
「ちっ」
舌打ちするサディの真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳が、さらに危険な光に輝く。
「そのクソ硬いメタル頭に、しびれちまうような高圧電流を、このあたしが流してやろう。ジュウゾウ。あんたの電気袋がパンパンの限界を通り越したその先まで、カワイイ女の子にたーっぷり電気を注ぎ込んでもらえるんだ。ヒイヒイ言っちゃうくらいにうれしいよね? どれだけガマンできるか? ロボット執事の持続力ってやつを、ちょっとあたしにみせてごらんよ」
サディがそう言って、brain distraction号の主電源室に行こうとしたが……
巨大スズメのタッヤが、サディの前に立ちふさがる。
「やめてください。ジュウゾウさんが毎日20時間一日も休むことなく、魔苦怒鳴ルートでパンパーカーを焼いて稼いで来てくれてるのが、今はとーっても大きいんですよ。だから万がイチのもしかして、ジュウゾウさんが壊れるような可能性のあることは、絶対に許可できません」
そうタッヤが強く言って、危険なサディ・ハイボルテージあまあまトークテクニックから、ジュウゾウはなんとか逃れることができたのだった。
「コンヤハ、ヤキンダッタノダ」
ジュウゾウはそう言って、brain distraction号から飛び出していく。
「ちっ」
サディは舌打ち。
「くそが……」
とネガは毒づく。
何事か知っているかもしれないジュウゾウはいなくなり、残された者たちによって議論が再開されたが……
真夜中を過ぎても、なにひとつ納得のできる答えは出なかった。
「あたしはさ。難しいことはわかんないんだけどさ。こうなったらもう、あいつに直接聞くしかないんじゃないの?」
昨夜から眠っていないサディはそう言うと、ミーティングルームのテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
直接アークに聞く。
いまはテーブルに突っ伏して眠るサディの言葉が、イービル・トゥルース号元乗組員達の心に突き刺さる。
会って話すのが、一番いいのかもしれない。
だけど……、アークに会いたいか? というと……
夜明けが近いスカイカイトの空が、青く明るくなっていく。




