大宇宙戦争記録映画・第二部「静かなる宙域決戦」
大宇宙戦争記録映画・第二部「静かなる宙域決戦」
スカイカイト星域と、Big Synthetic Empire 勢力圏に通じるグラジ・ゲートの間に横たわる、広大な星の海。
グラジ・ゲートから現れる多数のBig Synthetic Empire 航宙母艦によって、次々に沈んでくスカイカイト航宙母艦達。
広大な星の海は、Big Synthetic Empireによって、つぎつぎに占領されていく。
スカイカイト星域群は戦略的撤退に終始し、Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)の侵攻速度を、わずかではあるが遅らせていた。
Big Synthetic Empireは次々に占領した星で、傀儡政権を立ちあげ好き放題の狼藉を働いた。そこには知的生命体道などというものはなく、戦争が生み出す憎悪が果てしなく生み出され続け、憎しみが憎しみを呼び増幅して連鎖していく。そして、Big Synthetic Empireへの憎悪が、高く高くつみあげられていった。
そして、いま……
静かなる宙域と呼ばれる星の海に、圧倒的な数の航宙母艦によって形成された、Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだけぎぐんれんごうかんたい)が浮かぶ。
対するスカイカイト航宙母艦打撃群は、正規航宙母艦数隻と、軽宙母によって形成された弱小艦隊。それは、スカイカイトに残された全戦力が静かなる宙域に集結した、最終防衛線だった。
スカイカイト星にたどりつくグラジ・ゲートの前に横たわる、最後の宙域。この静かなる宙域をBig Synthetic Empireに通過を許すということは、スカイカイトの敗北を意味する。
だが、スカイカイトに一切の勝機はない。万にひとつの勝機もない。押し寄せる圧倒的多数の航宙空母の前に、身を寄せてすくむごく少数の弱小艦隊。そう見える。スクリーンに映し出された記録映像では。
Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)から、次から次に艦載機が発進。
もはや勝利することは絶対不可能。その絶望の中にあっても、静かなる宙域を突破させまいと、スカイカイト航宙母艦打撃群から艦載機が発進し、決死の抵抗を開始する。
音速を超えて星の海を翔け、強烈なGに耐える交戦がついに始まる。そしてこれは、事実上の最終決戦。
音速を超えて宇宙を翔ける艦載機達の砲が火を吹き、星の海に戦火がまたたいた時、静かなる宙域の明後日の方向から、赤い閃光が星の海を駆けた。
強烈な光によって、上映室のスクリーンがまっ白い闇に包まれる。
星の海が再びスクリーンに映し出された時には、Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)から、十二隻の正規航宙母艦が消えていた。
比喩などではなく文字通り、十二隻の正規航宙母艦が消滅していた。
圧倒的多数でもって、絶望的に少数な者に襲いかかっていた、Big Synthetic Empire艦載機の群れに動揺が走る。
「いったい何が起きた!? なぜ、俺の帰る場所が消えている!?」
静かなる宙域に飛び交う無線は暗号化され、一切内容を理解することはできない意味不明のノイズにしか聞こえないはずだった。しかし、宇宙空間を飛び交う電磁的振動は、スカイカイトの技術で暗号解読されて、明確な悲鳴となって、上映室に満ちる空気を悲痛な響きをもって振動させた。
大混乱におちいるBig Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)。
4秒、8秒、16秒、そして、32秒が経過した。
時は無情に過ぎるばかりで、統率は戻らない。
予想外の想定外、前代未聞前例なしの例外事態が発生中。いったいどうやってかつての成功体験を再現すればいいのか、まったくもってわからない。
静かなる宙域の明後日の方角から、再び赤い閃光が走る。
Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊。さらに十二隻の正規航宙母艦を一瞬で喪失。
そして、赤い閃光が駆けた静かなる宙域の明後日の方向から、たった一隻の奇妙なデザインの艦が現れる。
静かなる宙域に群がる航宙母艦達を見下ろすかのように、そびえたつ艦橋。そして、艦首にかかげた巨大なドクロの紋章が、真っ黒い眼窩でもって前方に広がる時空を冷たくみつめる。巨大なドクロがにらむ先を狙うのは、凶悪な巨砲達。
三連装四基十二門の主砲を背負い抱く巨艦が、艦尾に赤い炎を燃えあがらせて、戦争のど真ん中へと突き進んでくる。
それは、艦載機によって確保するべき制宙権など、これっぽっちも意にかえさずに、戦場のど真ん中へと突っ込んでくるという、宇宙空間戦闘において意味不明に過ぎる暴挙的な行為だった。
多数の航宙母艦を一瞬で喪失したBig Synthetic Empireにとってその光景は、憂鬱なブルーを通り越して、血まみれの悪夢みたいな混じりっけなしの恐怖だった。
「これは当時、公開チャンネルで流された、実際の音声です」
という注記が画面の端に現れる。
ハーーイ。まだまだ生存している生命体の皆々様〜。
聞こえているか?
こちらは、明後日の方角からやってきた、正真正銘のイカレ野郎どもが満載の海賊船、嘘みたいな真実号だ。
嫌がる相手に一方的に、星の海のど真ん中で押し倒してバコンバコン突っ込みたがる、アホンダラーの蛮行ってやつにはよ、最低でもイッパツ叩き込まないと、俺はどうにも気が済まないタチでな。
だからよ、ツラとその他いろんなブツを突っ込みに、俺達はやってきたというわけだ。
いかがだったか? 未知の領域から初めて突っ込まれる、一撃どころか二十四撃というものは?
ド偉いBig Syntheticおちんたまがちぢみあがる前に、いろんな液体と何もかもが蒸発しちまうくらいに、たまらなく刺激的だっただろう?
はっはっはっはっはっ!
いー気分だぜ!
圧倒的多数で絶望的少数を一方的に叩きにくる奴を、たった一隻で皆殺しにするっていうのはなぁ。
あんた達には悪いが、俺は悪いことをした、なんてこれっぽっちも思っちゃいねえよ。
先にブッ放したのはそっちだからな。
世間様には、それぞれの正義ってやつがあるらしい。
だとしたらこの俺も、ひとつの正義というやつに入るんじゃねえかな?
なんて思いもするが、正義なんてのは、どうにもガラじゃねえんでな。
だから海賊として、冷酷で残酷で残忍に、とにかく気に入らねえ奴を徹底的に殺らせてもらいにきた。
たったそれだけの話さ。
おまえらの尊大な心とお高い生命を、犯して殺して奪ってやるよ。
つまり、海賊なのでな。そういうことだ。
しかし俺は、ケツの穴がブラックホールの奥底よりもちいせえ神様なんかとは違う。
だからちょいとばかし、サービスしてやるのが大好きだ。
ついこの間、たまに口は悪いが俺のタマが宇宙の果てまでブッ飛ぶくらい素敵な女王様に、ずいぶんよくしてもらったんでな。
俺も誰かによくしてやりたい。そんなことを思ったりしちゃったりするわけだ。
さて、これから話すのは、とってもとっても大事なことだ。
てめえらのケツの穴は、ブラックホールの奥底にぎゅうぎゅうに詰まったクソよりも、遥かに小さいのかもしれない。だから、聴覚器官に開いてるアナを、死ぬ気になってガバーッと開いてよーく聞け。
こちらはどこにも属さない、イカレ野郎が満載の海賊船、嘘みたいな真実号だ。そのことをよーく考えたうえで、よーく聞け。
圧倒的多数のBig Synthetic Empire 御一行様に、大サービスの御代案の御提案だ。
ここで引け。
ここで引かないなら、皆殺す。
大事なことだからもう一度言うぞ。
ここで引け。
カピシ?
遥か彼方の昔に記録された音声は、かなり音質が悪いものだった。
それでも……
サディの全身が、猫みたいに総毛立つ。
あいつみたいだ……。これは……、あいつが言うようなことだ……
奥襟をぐいっとおろしてあらわにしている、AXEのあでやかなうなじに、冷たい汗がふきだす。
まるでアークが言うようなイカレた言葉だ。いや、これはアークそのもののイカレかただ……
ミーマの氷砂糖のような半透明の身体が凍りつく。
これは……。アークが大宇宙戦争の時代に生きていたと、状況を判断するしか……。
タッヤの羽毛がふくらみきって、肩掛け式の水筒が羽毛に埋もれて直接皮膚にさわる。金属製の水筒は、まるで氷のように冷たく感じる。
カピシという言葉を、アーク以外が使うことを私は知らない……。だけど……。大宇宙戦争の頃から、今まで生きていられる生命体なんて……
コタヌーンの口があんぐりひらく。
こんなヤカラが実在していいのかなぁ。
オクタヌーンの口があんぐりひらく。
おかしいのは船だけじゃなかったんだ。
ネガはガスマスクの中で毒づく。
くそがぁぁぁ!?
記録映像の中で、群がるBig Synthetic Empire所属の艦載機達が動き出す。
大量の艦載機は、もうスカイカイト航宙母艦打撃群及びその艦載機達を完全に無視していた。
Big Synthetic Empire所属の艦載機達が群がり襲いかかるのは、たった一隻の嘘みたいだけど実在する宇宙戦艦。
暗号通信をスカイカイトの技術で解読された、すさまじい罵詈雑言と怨嗟の声が満ちていく。
「俺の母艦を沈めやがった!」
「帰る船がないということは、二度と星に生きて帰れないということだ!」
「妻と子供のもとに、二度と帰れないということだ!」
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 絶対に殺してやる!」
「おまえには心がない!」
「人を殺して笑っていられる異常者め! こっちは仕事で心を殺してやっているんだよ!」
「悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め! 悪魔め!」
「こんな悪魔みたいな海賊船がいてたまるか!」
「悪魔海賊! おまえは悪魔海賊だ!」
帰還する航宙母艦を失い、二度と故郷へ生還できないことを理解した艦載機が、艦首に巨大なドクロを掲げる、悪夢みたいな宇宙戦艦に殺到していく。
「それが、大サービスの御代案を御提案したことに対する御回答か」
ぞっとする声だった。そこには何の感情も感じられなかった。
罵詈雑言を通り越した怨嗟の声が満ちる無線に、公開チャンネルに流される歪みきったギターサウンドとクソ凶暴なリズムが満ちていく。
「悪魔があざわらうかのような音楽を聞きながら、気持ちよく地獄へ逝きな」
狂っている。完全に狂っている。暴力的な熱量を放つ音楽と怨嗟の声が混じり合う狂気の世界。
群がり迫りくる艦載機達を無視して、三連装四基十二門から放たれる赤い閃光が星の海を切り裂く。
十二隻の正規航宙母艦が、一瞬で星の海から消え去る。
Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)の過半数を超える、正規航宙母艦三十六隻喪失の壊滅的大損害。
正規航宙母艦は一隻で約2500名の操艦要員を必要とし、艦載機の搭乗員及び整備に同じく約2500名を必要とする。つまりは一隻5000名、かけることの三十六。およそ18万の数に迫るほどの生命体達が、開戦からわずか数分で、たった一隻の宇宙戦艦によって星の海に散り、ダークマターへとかえったのだ。
「弱いやつを一方的にぶち殺しまくる。こんなものは、殺し殺されが前提の戦争なんかじゃねえ! どうだ? 一方的に殺そうと思って、群がり束になってやってきたら、雁首並べて皆殺しにされるハメになった気分は? どうだ? 気持ちいいだろう? いい気分だろう? 俺は最高にいい気分だよ! はっはっはっはっ!」
大宇宙戦争歴史館の巨大スクリーンに上映され、空気を振動させていたのは、もはや戦争ではなかった。
完全に一方的な殺戮だった。
赤い閃光が宇宙を切り裂き、また十二隻の正規航宙母艦が消滅する。Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊(こうちゅうぼかんだげきぐんれんごうかんたい)。残存艦わずかに十隻。
群がる艦載機達は、すべてのミサイルをたった一隻の宇宙戦艦に放ったが、ハリネズミのように各所に配置された対空パルスレーザー砲が生み出す赤い雨によって、すべてがあっけなく撃墜された。
もはや帰る母艦のない艦載機達がその身を武器にかえて次々に、ドクロ宇宙戦艦に突入していく。だが、すべての艦載機がミサイルと同じ運命をたどった。
無惨に散った艦載機達の残骸が漂う、静かなる宙域と呼ばれる宇宙空間。真空の時空を満たしていたのは、恐怖と絶望だけだった。
どう考えても、どうあがいても、Big Synthetic Empireが勝利する見込みはなかった。
圧倒的多数をほこった、Big Synthetic Empire 航宙母艦打撃群連合艦隊は、たった一隻の宇宙戦艦の前に無力だった。
わずかに残った十隻の正規航宙母艦が急速反転、全力で撤退を開始する。
だが……
「転進! 転進! 転進ッ!」
「我々は敗北などしていないッ! 別の方向に進撃を続けるのだぁあ!」
スカイカイトが解読した暗号通信は、すべてつつぬけ。
星の海に浮かぶドクロの背に、赤い鬼火が燃えあがる。
「転進か。おまえらはまだ、ここではないどこかへの進撃を続けると言うのだな。それはつまり、引かないということだ。引かないのなら、俺はおまえらを皆殺す」
敗北を敗北と認められず、逃走を逃走と認められない十隻の正規航宙母艦を、禍々しい巨大なドクロが追いかける。
赤い鬼火の残光を、傷跡のように星の海に刻みつけ、さらなる殺戮を欲して巨大なドクロが宇宙を翔ける。
Big Synthetic Empireは別の方向に進撃を続けるのだと言う。そして、巨大なドクロを艦首にかかげる嘘みたいな真実号、つまりはトゥールース・ライク・ライ号は、どこかへと進撃を続ける艦隊をブッ殺すために、宇宙をブッ飛び追っていく。
そして……
静かなる宙域に残されたのは、スカイカイト星を守るために集結した、一握りの艦だけだった。
艦首に巨大なドクロの紋章をかかげた宇宙戦艦が残した言葉と、星の海に漂う赤い閃光の残像が、映像をみている者すべての記憶に刻み込まれた。
狂っている。完全に狂っている。悪夢のような光景だった。
だがこれは、悪夢なんかじゃない。遥か彼方の遠い昔、本当にあったできごとだった。




