モッキンバードタウンで最初の夜を
モッキンバードタウンで最初の夜を
「はにゃ〜」
サディは大浴場あがりのほかほかの身体を、備え付けの部屋着に包んでベッドに横になっていた。温泉ではないけれど、モッキンバードタウンの夜景をみながら入れる大浴場はとっても気持ちが良かった。
見上げる天井には、レトロな雰囲気のランプのような照明。
泊まっているのはモッキンバードタウンのはずれにある、大浴場ありが売りのビジネスホテル。モッキンバードタウンの中心地にある超高層ビル、モッキンバードツリーが部屋から見えるなかなかの立地。でも、中心部からは外れているため、お値段も大変リーズナブル。
「一発目は変な料理に当たったけど、次のヤキタコって料理は美味しかったし、あとは当たり続きだったな〜」
サディは昼間食べた魚焼きの次に食べた不思議な料理、ヤキタコについて想いをはせる。モッキンバード星系は不思議な食文化の星系なのだろうか? 名前は魚焼きで形も魚の料理なのに甘くて魚は一切入っていない。次に食べたのは、濃厚なソースと正体不明の緑パウダーをかけて食べる中身が魚介類の焼き団子。なんだか不思議なものを食べたなぁとサディは思う。そこからはのぼりのマークとか雰囲気ではなく、タッヤが上陸後の連絡用に渡してくれた、トバシノ端末というものでネットでナマザカナと打って、出てくる店にかたっぱしから乗り込み、財布と胃袋が許す限りのナマモノを詰め込んできた。
「幸せだ〜」
サディは湯上がりのほかほかの身体と、お腹の中で着実に溶けつつある魚と貝達に満足して、そのままベッドの中へともぐりんこんで行く。
オクタヌーンは宿泊先に選んだビジネスホテルで、いまだパソコンに向かっていた。
「うーん……?」
これはやっぱり何かの間違いなんじゃないだろうか?
機関副長であるオクタヌーンは、シュラーバッデス・コーヒー、通称修羅場をやめて入ったドットンルー・コーヒーで確認したデータとにらめっこをしていた。
機関副長としては、どうにもこのデータに納得がいかないのだけど、あの人はそういうこと一切気にしないんだよね。
そう思いながら、オクタヌーンはコタヌーンのことを思いつつ、どうにも納得いかないイービル・トゥルース号の謎過ぎるメインエンジンのデータとにらみっこを続ける。
コタヌーンは空になった酒瓶が転がるベッドの上で熟睡していた。
「モッキンバードの酒はうまいなぁ……」
夢の中でも酒を飲むコタヌーンの寝言が響く。
そして、泊まっているホテルの部屋には、いまや1万ゼニー紙幣でパンパンになったスーツケースが無造作に転がっている。
AXEはモッキンバードタウンの中心にそびえ立つ、超高層ビルモッキンバードツリーの一室で、窓の外に広がる夜景をみつめていた。
普段だったらビジネスホテルに泊まるのだけど、モッキンバードツリーに行ってみたい気持ちから、お値段までもかなり高いモッキンバードツリーに入るホテルに、今夜の部屋をとっていた。
なんだろう。はじめてきた星のはずなのに、この街はなんだかとても懐かしい感じがする。まるで、故郷に返ってきたような気すらする。
モッキンバード公園を歩いていた時から感じている、不思議なデジャヴのことを思いながら、はじめてきた星なのにどこか懐かしい夜景を、AXEは眺めていた。
「これはだいぶ楽になりますね〜」
タッヤは風呂上がりの柑橘系のカクテルを飲みながら、ホテルの一室でくつろいでいる。
今日一日でかなりの数のカードラジオがさばけている。まだまだアークの放送は続くから、もっともっと売れるだろうという予感はした。
「サディさんが予定外の主砲をぶっ放したのも、これなら許せないこともないですね」
タッヤはほくほくの顔で柑橘系のカクテルを飲む。
「さて、私達の評判はいかほどでしょう」
タッヤが部屋に備え付けのTVをつけると、イービル・トゥルース号の話題が流れていた。
誰かが手にしていた端末で撮っていたと思われる、モッキンバードタウン上空に浮かぶイービル・トゥルース号の映像。
超高層建築を中心に広がるモッキンバードタウンの上空に浮かぶ、完全武装の宇宙戦艦の巨大な姿は、禍々しい戦争の雰囲気をモニターいっぱいに漂わせている。
「でも、私達は戦争をしにきたわけじゃない」
タッヤは手にした柑橘系のカクテルを静かに飲んでつぶやく。
桜吹雪を首都に降らせる主砲発射の部分も、アークの海賊放送の部分もすべてがカットされ、ただ禍々しいドクロを船首に描いたイービル・トゥルース号の危険極まるイメージだけが流されている。
「やっぱり見せ場はカットですか」
タッヤはニュース映像を残念そうに見つめる。
モニターの中では、イービル・トゥルース号はビッグウエスト海洋に沈み、船から脱出したテロリストが星に潜伏していることになっているようだ。
「つまり、船は沈んだ。でも乗員は生き延びて、海賊放送をやっています。そうとは言いませんが、そういうことです。ですか」
タッヤはモニターの中で流される情報に目を細める。
イービル・トゥルース号は沈んだ。System Self-Defense Force SSFの面目は立つと。
タッヤはTVを消すと、イービル・トゥルース号の船首に描かれたドクロマークが入ったカードラジオをつけてみる。
自動的に最初に合うことになっている、ナイン・シックス・ポイント・ナイン96.9銀河標準メガヘルツ。この銀河をひとつにしようとするsynthetic streamの威容さに対して、アークが異議と異論をぶちまけて、この星では聞けない音楽を流し続けている。
「アークは言いたいことだけは尽きないですね」
タッヤはそう言って笑うと、ラジオを消してベッドに横になった。
ミーマはホテルの一室で泣いていた。
いずれはこの星を旅立つイービル・トゥルース号。銀河を再びめぐる長い長い航海の中、この星でたっぷり仕入れて読むつもりだったブラック・レーベル作品 (通称BL) が……。
まさか! synthetic streamによって規制されているだなんて!
「他人のファックに口を出すんじゃないよぅっ!」
ミーマは枕を涙で濡らしながら、この銀河をひとつの価値観に統一しようとするSpace synthesis systemが生み出す、synthetic streamという濁流に抗議の声をあげていた。
ネガは夜の裏路地を歩いていた。
この星の鳥焼きというものはなかなか美味かった。
串に刺さされて炎であぶられるタッヤの姿がちらりと脳裏をよぎったが、細かいことは気にしないでモッキンバード星の夜を楽しむべきだとネガは思った。
「クソがぁ」
とネガは言いながら、手にした酒をグビリとあおり、今夜の寝床を探しに歩いていく。




