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海賊放送船イービル・トゥルース号の冒険  作者: 悪魔の海賊出版
第五部 紅と蒼 & BLACK PINK

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急襲降下と対空砲火

急襲降下と対空砲火




「トゥルース号……」

 誰よりも先に、あの船の名を言ったのは……

 タッヤから代金だいきんを受け取っていた、店員さんだった。

 え?

 タッヤの羽先から、ぽろりとコインがころがり落ちる。

 え?

 おどろきのあまり思わず落としかけた、ナマのオイオイスターがのった皿を、サディはそっとテーブルに置く。

 え?

 いつも冷静なAXEの目が見開みひらかれる。

 え?

 なぜ店員さんが、うそみたいだけど本当に実在する船のことを知っているのか? 状況が理解できないミーマの緑の瞳が泳ぐ。

 え?

 コタヌーンとオクタヌーンは席を立とうとしたまま固まった。

 くそが!?

 俺は酔っていないんだぞと、ネガは思った。

 次の瞬間……

「トゥルース号!!!!!」

 濃密のうみつなブルーみたいな夜空をるがすような大音量の歓声かんせいが、魅惑的みわくてきなスパイスの匂いただよう夜の空気をふるわせる!

「トゥルース号だ!」

「トゥルース号が帰ってきた!」

「おかえり! トゥルース号!!」

「the truth is back!!!」

 あちこちでトゥルース号の名を叫びグラスを合わせ、祝杯しゅくはい歓喜かんきの声が広がっていく。

 いったいどこで誰が準備していたのか、次から次へと花火が首都上空へと打ち上げられていく。

「なに……。これ……」

 突然始まったお祭りさわぎのど真ん中で、呆然ぼうぜんとするサディ。見開かれた真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳がみつめるのは、 濃密なブルーみたいな夜空で次々に弾ける花火達。夜空にみだれる火の花達のど真ん中に浮かんでいるのは、イービル・トゥルース号。


 あたし達はいつも、空から突然降ってきた。

 地上が火を吹く対空砲火を何度もらったか、あたしはもう数え切れないくらいだよ。

 だけど……、打ち上げ花火でお祝いしてもらったことなんて、ただの一度もなかった。

 あたしが、あの船の戦闘要員をやっていた頃は……

 宇宙から急襲降下きゅうしゅうこうかしてきたあたしは空に浮かんで、照準を首都にぴたりと合わせる。

 旋回する砲塔。知的生命体があふれる大都会をねらう主砲。

 ある日突然、自分に向けられた、あらがうことなど今さら無意味な暴力装置。

 ああ……、もうおしまいなんだ……

 彼らと彼女らにそう思う時間をあげてから、あたしは引き金を引いていた。

 だけど……


 いまサディの目の前に浮かぶイービル・トゥルース号は、ただの一発も花火を撃つこともなく、砲塔をわずかに動かすこともなく、火花達が生み出す華の中心にただ浮かんでいるだけで……

 かつて乗り込んでいたあの船は、微動だにしなかった。だけど、ピクリともしないあの船が

「なんだ?! これ?!」

 と言っているのがあたしにはわかる。

 アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋にたったひとりで、めちゃくちゃ困惑こんわくしているあいつの姿が目に浮かぶ。

「これは……。いったいどういう……」

 AXEがやっと口を開く。

「トゥルース号が帰ってきたんですよ!」

 そう叫ぶ店員さんの表情は、まるで光輝く恒星こうせいみたいだ。

「イービル・トゥルース号のことを、なぜあなたは知っているのですか?」

 あらゆる場所から打ち上がる花火達がきらめく夜空の下で、静かにタッヤがそう言った。

「イービル・トゥルース号? 違いますよ。あの宇宙戦艦の名はトゥルース号。かつてこの星を救った。英雄が乗る宇宙戦艦なんです!!」

 夜空に浮かぶイービル・トゥルース号を背に、燃えさか恒星こうせいみたいに輝く笑顔で、店員さんはそう言った。

 予想外の言葉過ぎて、タッヤは何も言えなかった。サディもAXEもミーマもネガも、コタヌーンもオクタヌーンも絶句せっくしていた。

 あちこちから花火があがり、歓声かんせい乾杯かんぱいの声がちるお祭りさわぎのど真ん中で、イービル・トゥルース号の元乗組員達のいる席だけが、何も言えない沈黙ちんもくに包まれている。

 イービル・トゥルース号も沈黙していた。いつもなら大音量で海賊放送の宣伝せんでんをはじめるのに、花火のど真ん中でただ黙って浮かんでいるだけだった。

 夜空に浮かぶイービル・トゥルース号は、主砲を一発も撃つことなく、宣伝放送をすることもしなかった。ただ首都の上空に浮かんでしばし沈黙を続けた後、ケツに青い炎をともして海のある方角ほうがくに向かって飛んでいった。

 イービル・トゥルース号がきたら、すぐに空にあがって追いかける。予定していた行動を、あまりにも予想外だった展開に、誰一人起こせなかった。

 歓喜かんき歓声かんせい渦巻うずまくお祭り騒ぎのど真ん中に、イービル・トゥルース号の元乗組員達が着いた席だけが、何一つ言えずに沈黙している。

 イービル・トゥルース号が首都上空から消えると、徐々(じょじょ)に歓喜かんき歓声かんせいおさまっていった。それでも熱をおびたざわめき達が、魅惑的な匂いをまとう空気をいつまでも震わせつづけていた。



 真夜中。西のはずれの駐機場ちゅうきじょう。brain distraction号ミーティングルーム。

「かつて、この星がき込まれた大宇宙戦争。スカイカイトを侵略しんりゃくした銀河枢軸群ぎんがすうじくぐんのいっかくであったBig Synthetic Empireから、この星を守った伝説級の宇宙戦艦。その名をトゥルース・ライク・ライ、嘘みたいな真実。通称つうしょうトゥルース号と呼ぶ。だそうです……」

 ひとめで異星の知的生命体とわかるタッヤが、興奮こうふんにわきたつスカイカイト星の知的生命体から聞き出した話を、簡潔かんけつにまとめて言った

「あの船が空に浮かんでいるだけで、この星の知的生命体はトゥルース号と名を呼んだ。つまり、イービル・トゥルース号は、かつてスカイカイト星を救ったという伝説級の宇宙戦艦、トゥルース号と同じみためをしている。ということですよね」

 真夜中みたいに真っ黒いコーヒーに、視線を落としたままAXEはそう言った。

「イービル・トゥルース号は、ドレトロな時代遅れの未来感をしたデザインです。もしかしたら、はる彼方昔かなたむかしに存在していたトゥルース号を元ネタに作られた、二次制作的にじせいさくてきな船である可能性はありえると……状況を判断します」

 ミーマができるかぎりの状況判断したが、その言葉はあまりにも荒唐無稽こうとうむけいに思えた。

「あの人、スカイカイト星について、何にも知らなかったんじゃなかったかなぁ」

 虚空こくうをみあげながら、コタヌーンが言った。

「何も知らなかった。ということにしていたのかもしれません」

 虚空こくうをみあげる夫をみつめて、オクタヌーンが言った。

「あいつがとぼけていたのだとしたら、あたし達が何度も撃たれるハメになった、あの曲のことも知っていたことになるよね?」

 いつもいつもドンパチの発端ほったんになっていた、あの曲のことがサディは最初に思い浮かぶ。

「それすらも、とぼけ続けていただけなのかも」

 AXEが静かに言った。

「くそが!」

 とネガは毒づいた。

「とぼける理由がわかりません。とぼけているのだとしたら、危険ないわくつきの曲であるBuzz suckerノ夜行を、二回も三回もかける理由がない。まずいことになるだけで、得られるものなんてまるでない。それはわかりきっているんですから」

 タッヤが過去の記憶をさぐりながら言う。

「本当に知らなかったんじゃない? あたしはそう思うけど」

 あいつの顔を思い浮かべながら、サディは言った。

「わかりませんね。本当のところは」

 AXEが静かに言う。

「現在の状況では……。正確な判断は不可能と思います」

 ミーマもお手上げ。

「アークに直接聞けばいいよ。あの船がどういう船だろうと、わけまえをもらいに行くことに変わりはないんだし」

 サディが言う。

「そうだなぁ。わけまえはもらいにいかないとなぁ」

 コタヌーンが言った。

「船には私物も残ったままだし」

 オクタヌーンが言った。

「ですけども、気になるどころの話ではありませんし、おだやかな気分ではいられません……」

 タッヤが言った。

「英雄とか呼ばれるの、あいつは本気で嫌がりそうだけどねぇ」

 そーゆーことならよくわかるんだけどさ、という表情でサディは言った。

「大事なことを忘れていませんか? 大宇宙戦争は、世界の歴史的な転換てんかんのきっかけとなった、遥か彼方昔の戦争ですよ。あの当時生きていた知的生命体なんて、とっくの昔に寿命をむかえて死んでいるはずなんです」

 コーヒーに視線を落としたまま、誰も口にしなかった謎をAXEが口にする。

 リビングと化したミーティングルームに、長い沈黙が漂い流れる。

 様々な想いと星達が、それぞれの領域りょういきおかすことなく存在できるほどに、この宇宙は広い。広過ぎるほどの宇宙ではあるけれど、遥か彼方の昔から今現在まで生きながらえ続けるような、不死身と呼ばれるような知的生命体は、いまだに一体も観測かんそくされていない。

 あいつは確かにイカレてる。だけどさ……、俺は不死身だなんて話をあいつから聞いたことが、あたしにはただの一度もないわけで……

 サディは自分の記憶をもう一度思い返してみたが、やっぱりそんな記憶はひとつもなかった。

 仮に、不死身のモンスターが実在したとして、まだまだ不可解ふかかいな謎が残る。

 イービル・トゥルース号の謎。

 遥か彼方昔の戦争で英雄が乗っていた、伝説級の宇宙戦艦だとしても、いまとなっては数世代以上前の旧式艦。そんなアンティーク級の旧式宇宙戦艦が、ピンハネ中抜きキックバックだらけで中身はスカスカだけど、一応は最新鋭の看板かんばんがついた宇宙戦艦を超えた性能を持っていること自体がおかしい。

 様々な疑惑ぎわく疑念ぎねん疑問ぎもんが、イービル・トゥルース号元乗組員達の心の中に渦巻うずまいいていくなか……

「あの……。明日、私には予定があるのですけど……。全員でいきませんか?」

 長い沈黙を破って、タッヤはみんなにそう言った。

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