ドクロが空から降る夜に
ドクロが空から降る夜に
「そろそろきても、いい頃ですよね」
柑橘系のカクテルを片手に、タッヤは夜空をみあげてそう言った。
「ただ待っているというのも、退屈なものですからなぁ」
コタヌーンはそう言って、スカイカイト星の独特な香り漂う蒸留酒をゴクリと飲んだ。
「くちを開けて、ゼニーが降ってくるのを待つみたいなー?」
ミーマがふざけて、口をあんぐりとあけて夜空をみあげる。
「使い切っていないといいんですけどね」
AXEがグラスを傾けながら冷静に言った。
「くそが!」
とネガは毒づいた。
「使い切っていた場合は、船を借金のカタに押さえればいいのかもしれません」
オクタヌーンはそう言った。
「あいつをほっぽりだしてかぁ。確かにそれもありかもねぇ」
Aliveと言う名のついた残酷料理達を、順調にお腹におさめながらサディは言った。
吹き抜ける風がサディの髪を揺らして、スカイカイトの夜景に白銀をきらめかせる。
スカイカイト星では、屋外に席を設けて露天で飲み食いする店が多かった。
brain distraction号を停めている駐機場から近い街でにぎわっている店の屋外席。イービル・トゥルース号の元乗組員達は、夜空のしたで飲み食いしながら、あの船が空から降ってくるのを待っている。
吹き抜ける風は、馴染みのないスパイスの匂いがした。何もかもがチェーン店になっていくsynthetic streamとは全然違う、まさに別世界にいるような気分に、この店はさせてくれる。
大都会のはずれで、億千万の明かりがきらめく夜景をながめながら、魅惑的な香りがする風に吹かれて飲む酒は、最高に美味しかった。
頭上にはスカイカイト星の夜空。あの船が降りてくるのを、こうやってずっと待っている。
大都市の明かりのせいで、またたく星の少ない空は、濃密なブルーを思わせる。
あの船にはためくドクロ旗の色みたいだ。とサディは思った。
宇宙の怪異的にグロいオイオイスターが、生きたままたっぷりのっていた皿が、いまはもう空っぽになっている。
「オイオイスターをBreak me aliveで三人前。追加でください」
からになった皿を店員さんに返しながら、サディが言う。
「そんなに食べて大丈夫です?」
ミーマが緑の瞳でじーっとみつめて、目を細めて言う。
「あいつをみつけたら、わけまえはたっぷりもらえるんだ。だからナマのオイオイスターが多少お高めでも、どうってことないよ」
サディはむふふと笑う。
「ナマのオイオイスターは、たまーに当たることもあるそうですよ」
AXEが冷静に言う。
「当たることもあるだろうけど、当たる確率はかなり少ない。何個食べようが、次に食べるナマオイオイスターが当たる確率に変化はない。つまり、当たる確率は少ないまま。だからダイジョブ。問題ない」
サディはすましたお顔でそう言った。
「たくさん食べると、当たる確率もあがるんじゃないかなぁ」
とはコタヌーン。
「たくさん食べると当たる確率はあがります」
とはオクタヌーン。
「当たらなければ、どうってことないよ」
サディはすましたお顔でそう言った。
「無茶苦茶だなぁ」
コタヌーンはあきれたように言う。
その横にいるネガは、そんなやりとりをガスマスクの中からみつめている。
万がイチの際には、銀河イチ速い逃げ足でイービル・トゥルース号を追うことになっているネガは、一滴の酒も飲んでいない。
だから……
「くそが!」
と言った。
魅惑的なスパイスの匂い。サディの中にどんどん消えていく、めちゃグロいナマのオイオイスター達。グラスは空になり酔がまわって、夜はどんどん深まっていく。
「そろそろ引き上げますか」
未知の蒸留酒を果てしなく呑み込んでいくコタヌーンを横目に、オクタヌーンが言った。
「もう少し飲んでもいいんじゃないかなぁ」
とコタヌーンは異議をとなえた。
「オイオイスターをBreak me aliveで三人前。追加でください」
また空になった皿を店員さんに返しながら、サディは再びそう言った。それはつまり、帰らないでもう少し食べるぞ、という意志表示だった。
「明日は用事があるので、留守をたのみますね」
タッヤがAXEにたのみごとをしている。
「羽があるのにインドア派。そんなタッヤさんがおでかけですか。いったどこに行かれるんです?」
AXEが斧型のかんざしをさわりながら言う。
「女? 女? 女? それとも、男?!」
ミーマが緑の瞳をハート型にしてタッヤに迫る。
「ちがいますよ……」
迫るミーマに、タッヤがため息をつく。
「くそが!」
ガスマスクをしたまま、器用に食べているネガは言った。
そんなにぎわいのド真ん中に置かれた、カードラジオのドクロマークの目が、一瞬赤く点滅する。
「きた」
店員さんが運んできた、追加のナマオイオイスターBreak me alive三人前の皿を手に持ったまま、サディが言った。
「いまのは……。海賊放送に使う、電波設備の動作確認ですね」
タッヤが柑橘系のカクテルをテーブルに置くと、店員さんにお会計をお願いしますという意味の、両の羽先を交差させる合図をおくる。
AXEが濃密なブルーに染まる夜空をみあげる。
真剣なまなざしに戻った緑の瞳で、ミーマが空をみあげる。
コタヌーンがグラスを置いて、オクタヌーンがカフェラテを置いて、夜空を見あげる。
「くそが!」
毒づきながらネガはガスマスクを夜空に向ける。
スカイカイト星の大都市の明かり達のせいで、またたく星の少ない濃密なブルーに染まった夜空に、ちいさなちいさな黒い影が飛んでいた。
ちいさなちいさな黒い影はどんどん大きくなって、ついに巨大なドクロへと変わる。
まっすぐ前方に向けられた、三連装四基十二門の主砲が見えた。
今どき誰にだってわかる、不合理極まるデザインの、そびえ立つ艦橋が見えた。
ブ厚い硬化テクタイト製窓に灯る明かりの中にある、アイアンブルーとガンメタルグレイの世界が、心の中に浮かんでくる。
たった一隻でsynthetic streamに対抗し得る。
いいや、違う。
たった一隻でsynthetic streamを皆殺しにしたあの船が、あの頃のままの嘘みたいなやりかたで、本当に降ってきた。
かつてあたしが乗っていた、驚愕驚異の宇宙戦艦。
あたし達はあの船を、海賊放送船イービル・トゥルース号と呼んだ。
その名をサディが、思わず口にしかけた時……




