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海賊放送船イービル・トゥルース号の冒険  作者: 悪魔の海賊出版
第四部・白薔薇の君

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さらば、アーク・マーカイザック

さらば、アーク・マーカイザック




 ドブラックな壺鉤十字つぼかぎじゅうじ頂点ちょうてんいただくメインモニターにうつるのは、理解不能意味不明りかいふのういみふめいなほどに残酷過ざんこくすぎる現実。死のとげを口からはやした巨大ドクロが、おそろしい速度で迫ってくる。

「貴様はァ! 俺様の権力をめちゃくちゃにしやがったぁぁぁぁ!!」

 ヨレヨレになった軍服姿で赤い酒を瓶からラッパ飲みしながら、こぼれた酒で汚れる玉座で叫ぶヘル・オトス。見開かれたオトスの瞳は、すでに狂気の底へと落ちて、イカれた光を放っていた。

「このままでは衝突しょうとつします! 艦をブチ抜かれてしまいます! 閣下かっか! ご転進命令を!」

 やたらと叫ぶ権畜ども。だがオトスは、音をたてて酒をラッパ飲みするだけで転進命令をくださない。


 いいだろう! 貴様の挑戦ちょうせん、受けて立つ!

 森羅万象しんらばんしょうつかさどるこの艦が、いったいどれだけ巨大だと思っている! そしてこの艦に、いったいどれだけ乗っていると思う!?

 数だよ! 戦争は数だ! そして神民主主義とは数なのだよ! 過半数とは神民主主義において無条件に圧倒的な絶対正義なのだよ!

 それが大自由神民主主義銀河臣民統一教会党、つまりは大自民統一教会党なのだよ!

 圧倒的多数になすすべなく押しつぶされるだけの、ごく少数派とも呼べないたった一隻の船に、この艦が沈められるわけねぇだろうがよ!

 たった一本の衝角しょうかくごときから乗り込んでくる数で、圧倒的多数の俺様軍団に勝てるわけがないだろうが!

 衝角しょうかくから逆に貴様の艦に圧倒的多数で乗り込んで、とるに足らない少数派に過ぎぬ貴様らを、圧倒的多数の俺様軍団が皆殺みなごろしにシてくれるわァァァァ!


 そう叫んだオトスの頭部が、次の瞬間、ぜた肉の果実と赤い霧にかわる。

「回避! 回避! 回避! 閣下は戦闘中に名誉めいよの戦死をとげられた! 回避! 回避! 回避!」

 オトスの頭部を撃った権畜ナンバーズが、オトスの死体を酒と血で汚れた玉座ぎょくざから蹴り落として叫ぶ!

 かつて閣下と呼ばれた頭部のない肉人形が、玉座からのびる階段を血飛沫ちしぶきあげてゴロゴロと転がり落ちていく。


 クソの頂点ちょうてんみたいなクソ管理職の判断で、俺たち現場が生身で戦うなんてありえねぇだろうが!!

 無理な命令くだしまくって、自己責任で地獄に転がり落ちるのが確定しているクソ上司なんぞ、害悪がいあくでしかねえんだよ!

 この艦さえ無事ならば、満載まんさいしている武力でもって、宇宙反社団うちゅうはんしゃだん衣替ころもがえすることだってできるんだよ!

 明日から俺達は、武力でせまってうばっておかしてウッハウハ!

 上司もトップも憲法も法律も関係ない! なにごとにもしばられない、俺達の新しい物語が始まるんだよ!

 だからいまここで、この艦を破壊されるわけにはいかねえだろうが!


 もはや狂気の坩堝るつぼと化した戦闘指揮所で、生きのびる選択肢せんたくしを、権畜がようやく選択しはじめる。

 森羅万象宇宙戦艦アベンシゾー級三番艦ガース・ヒーデが、ついに回避行動を開始した。

「間に合うか!?」

 だが、戦闘指揮所のメインモニターにはすでに星の海はなく、死のとげを生やした巨大ドクロで満たされている。




 薄い硬化テクタイト製モニターの中に、驚愕驚異きょうがくきょういの光景が映し出される。

 ついにアークがこじあけた包囲陣の穴。その中心に最後に取り残された、特大サイズのドデカイミスター宇宙戦艦様が、のっそりゆっくり巨体を動かし回避行動を開始する。

「いっけえぇぇぇぇぇッ!! アークぅぅぅッ!!!」

 シートにしばりつけられたサディの、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳が希望の光に輝く。

 イービル・トゥルース号は針路しんろを一切変えず真っ直ぐに、ケツにアッツイ青い炎を燃えあがらせて、特大宇宙戦艦との衝突しょうとつコースを一直線に飛んでいく。

「そこはちょっと曲がればいいでしょうが!」

 AXEは思わず叫んだ。冷静に考えれば、そんなことをアークがしないことはわかりきっているのに。

「いつもどおりあらゆることをぶっ飛ばして、我道わがみちをゆくのだと状況を判断します」

 ミーマが緑の瞳のお目々を見開いて、メインモニターをみつめて言う。

「これは文字通り大穴だなぁ!」

 コタヌーンが言った。

「常識的にはあり得ないのかもしれません。だけど、現にできただろうって言うんでしょうね」

 オタクヌーンは言った。

「くぅっそがぁ!」

 と嬉しそうにネガは毒づく。

 喜ぶみんなの声が満ちていく。だけど……、タッヤだけはうつむいたまま、何も言わなかった。

 タッヤのちからいっぱい食いしばったクチバシに、ボロボロと流れる涙。タッヤの心だけは絶望に満ちている。


 包囲陣をアークは突破できるだろう。

 万がイチのもしかして、確かにあり得はするけれど、そんなの絶対につかめないと誰もがあきらめてしまう可能性を、アークは嘘みたいだけど本当につかみとるのだ。

 アークが包囲陣を突破して脱出できたら、この物語は最終回。

 ケツに青い炎を灯して宇宙の果てを目指してどこまでも翔ける、イービル・トゥルース号の勇姿が、薄い硬化テクタイト製モニターに映し出されつづける。

 サディの歓喜の叫びが、冷静をかなぐり捨てたAXEの歓声が、ミーマの状況判断なんかどうでもよくなったうれしい悲鳴が、ネガの心の底から嬉しそうな悪態が。そして、コタヌーンの肩のチカラが抜けた喜びの声が、オクタヌーンの細かいことを抜きにした喜びが。

 歓喜と歓声を背に受けて、いつまでもいつまでも、ここではないどこかをめざし、どこまでもどこまでもブッ飛んでいくイービル・トゥルース号の姿。

 そして最後に、アークとサディ、AXE、ミーマ、タッヤ、ネガ、コタヌーンとオクタヌーンは、その後いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

 感傷的かんしょうてき字体じたいで書かれた短い一文いちぶん。そしてThe ENDが表示され、イービル・トゥルース号は宇宙の果てへと消えて、星の海までもが暗転して消えていく。

 そういうエピローグになるはずなのだ。

 私が生きているのが映画の世界だったなら、そうやって何もかもがキレイに終わるのだ。

 でも、この世界は映画なんかじゃない。

 現実ってやつは、そんなに甘いもんじゃない。

 タッヤが噛み締めるクチバシが、ギシギシときしみ音をあげる。

 もう対抗障壁の使用率は……

 対抗障壁の使用率を示す計器類を、いつもみつめ続けてきたタッヤにはわかる。入ってはいけない赤い領域に突入している、すべての計器類の針達がタッヤの脳裏に浮かぶ。

 イービル・トゥルース号は、もう一斉射に耐えられない。

 包囲陣を突破しても、残されたSS艦達はイービル・トゥルース号をしつこくしつこく執拗しつように撃つだろう。

 それはすでに統率とうそつされた斉射ではないのかもしれない。だけど……。もう斉射なんかいらない。

 イービル・トゥルース号はもう斉射に耐えられないほどに追い詰められている。統率とうそつを失った砲撃のみだれ撃ちであっても、対抗障壁領域をやぶられるのは時間の問題。それは邪悪なまでに残酷な真実だった。

「真実というものは、不都合極まるどころか、邪悪ですらあることがある」

 いつかアークは、私にそう言ったことがある。

 アーク……。あなたの最後から目をそらしたら、あなたは私を情ねえヤツだなって言うのでしょうね……

 

 イービル・トゥルース号の最後を、アーク・マーカイザックの最後を見届けようと、涙があふれるつぶらな瞳をタッヤはモニターにむける。

 特大サイズのドデカイミスター宇宙戦艦様の動きが鈍重過どんじゅうすぎるからなのか、メインモニターの中に映る光景は、まるでスローモーションのように見えた。

 緊急脱出艇でもあるbrain distraction号のメインモニターの中で、イービル・トゥルース号の巨大なドクロからのびる突撃刺突衝角とつげきしとつしょうかくが、動き出すのが遅すぎた特大宇宙戦艦の艦首側面をとらえる。

 巨大なつぼと五輪の紋章もんしょうを艦首にかかげる、ドデカイミスター宇宙戦艦様の横っつらに、長くて太くて先っちょがマジでヤヴァイ! 突撃刺突衝角がブッ刺さる!!

 特大宇宙戦艦の艦首側面に突き刺さった突撃刺突衝角が、凶悪な暴力でもって突き進み、右舷を残酷に切り裂いていく。死のとげがえぐり切り裂きかき回し、特大宇宙戦艦の内部に詰め込まれた金属製の臓器類を、ねじくれたガラクタへと変えていく。

 特大宇宙戦艦の右舷を、凶悪な刺突衝角がえぐりかきまわし金属の臓物を引きずり出しながら艦尾に向かって、巨大宇宙戦艦の腹を切り裂き突き進んでいく。

 真空の宇宙空間では、音が伝わりどこかに届くことはない。

 なのに、なのに、なのに。艦首から右舷を切り裂かれ、金属のはらわたを引きずり出されていく特大宇宙戦艦の、断末魔だんまつまの悲鳴が聞こえるような気がする。

 艦尾に赤黒い炎を燃やす核熱ロケットエンジン付近にまで、突撃刺突衝角とつげきしとつしょうかくがついに到達とうたつ。ケツからすさまじい爆炎ばくえんを吐きだして、特大サイズの巨大宇宙戦艦がぐらりとかたむき回転を開始する。

 突撃刺突衝角をえぐりこませるイービル・トゥルース号は、かたむきくるくる回りだしたドデカイミスター宇宙戦艦様にひきずられて、ついにはイービル・トゥルース号までもが回転を開始する。

「まずい!」

 サディが赤い瞳の目を見開いて叫ぶ。

「だから! ちょっとは避ければいいのに!」

 冷静さを失ったAXEが叫ぶ。

「船体が回転したことで、逃走速度の加速に大幅おおはば遅滞ちたいが発生。生存確率を猛烈もうれつに低下させたものと状況を判断せざるを得ません」

 ミーマが緑の瞳を涙にらし、歯を食いしばる。

「ああー。そこをちょっと曲がればよかったなぁ」

 コタヌーンはがっくりと肩を落として言った。

「だけど……。ちょっとは曲がることができるなら、ここまでこれなかったのかもしれません」

 オクタヌーンは涙ぐんでそう言った。

「……」

 タッヤは何も言わなかった。たとえ真っ直ぐに翔け抜けることができたとしても……。イービル・トゥルース号の対抗障壁領域は……。

「クソが! クソが! クソが! クソが! クソがぁッ!」

 ネガのすさまじい悪態あくたいが、再び連続で開始される。

 ドデカイミスター宇宙戦艦様の右舷艦首から艦尾までを引き裂き、金属のはらわたをひきずりだしくし、艦尾付近に食い込んだままだった突撃刺突衝角とつげきしとつしょうかくが、ついに引きがされる。

 爆炎をあげ身悶みもだえる特大宇宙戦艦に突撃刺突衝角を突っ込んでいた影響で、自身までもが回転しながら包囲陣の外へとブっ飛んで行くイービル・トゥルース号。

 かつての乗組員達の目に、45口径46銀河標準センチメートル砲三連装四基十二門が見えた。艦尾にともる青い炎がえがの内側で、濃密なブルーを背にしたドクロ旗がたなびくのが見えた。宇宙空間戦闘ではあり得ない不合理な設計の、そびえたつ艦橋の明かりが見えた。あそこにはアークだけがいる。誰も彼も彼女までもをおいてきぼりにして、たったひとりの戦争を選んだアークの姿が目に浮かぶ。

 そして、突破された包囲陣が、ぐるぐる回転しながらも宇宙の果てを目指して逃走し続けるイービル・トゥルース号に向かって、思い出したように赤黒い光弾を撃ちはじめる。

 それは統率とうそつされた一斉射ではなかった。あらゆる艦がバラバラに撃ち始めたみだれ撃ちだった。

 横殴よこなぐりにそそぐ赤黒い雨の中で、イービル・トゥルース号の対抗障壁が白い閃光を放ち、次々に破滅的なエネルギーを相殺そうさいしていく。

 イービル・トゥルース号はくるくる回り青い弧を描いて、宇宙の果てへとブッ飛び続けながら、確かにまだ存在していた。

 包囲陣を脱出したイービル・トゥルース号が受ける砲撃は、あらゆる方向から受けていたいままでの斉射の半分以下に減るだろう。

 もしかしたらもしかしたら……。だけどだけど……。

 タッヤは力をこめたクチバシがギリギリと鳴るのがわかった。レッドゾーンの先にある崩壊ほうかいを示す領域りょういきへと、ジリジリ追いやられていく計器類の表示がタッヤにはみえていた。

 次の砲撃で終わってしまうかもしれない……。

 絶対的な絶望だった。その絶望の中で、これはアークらしい最後なんじゃないか? とタッヤは思った。

 常識外れの耐久力を持つ対抗障壁がついに破られて、イービル・トゥルース号が破壊されるのだとしても、それは一斉射ではない。イービル・トゥルース号すべてを、消滅させるほどの圧倒的な破滅はめつは生み出せないだろう。

 だとしたら、アークは生きのびるような気がタッヤはした。

 誰もアークが死ぬところをみていない。アークの死体も発見されることはないだろう。アークの死は誰にも観測かんそくされていない。つまりアークの死は確定しない。

 アークが生きている可能性はある。ほんの少し、あり得ないような確率なのだけど、誰も死ぬところも死体もみていないあの男は、万がイチのもしかして、嘘みたいだけど本当に、ここではないどこかで生きのびているはずなのだ。

 どこかの星の海に浮かぶポンコツ宇宙船で、めいいっぱい倒したシートうえで、片目片足片腕かためかたあしかたうでくらいは無くしたアークが寝っ転がって

「海賊放送屋なのに、海賊みたいになっちまったぜ!」

 そう言って、ドクロ眼帯がんたい鈎付かぎつきの義手ぎしゅに棒っきれの義足ぎそくをみせつけるアークが、はっはっはっはっと声をあげて笑っている光景が、ずっとずっと私達の心の中に思い浮かび続けるのかもしれない。

 それは、はかな素敵すてきで、胸が熱くなるような夢物語だ。

 ……だけど、そんな夢物語より、現実世界で生きているあなたと一緒に、私は宇宙を翔けていたい!

 タッヤは願った。アークが実在なんかしないといつも言い張る、この宇宙の創造主に祈った。目を閉じ、全身全霊で、あの許しがたい予算管理がテキトー過ぎる男と、なんとかもう一度、一緒に宇宙を翔けさせてくださいと、タッヤは祈った。

「砲撃がやんだ……」

 サディのつぶやきが、タッヤの祈りが通じたかのように口にされる。

 だけど違う。

「砲撃をあわせるためだよ……」

 突破された包囲陣をくずし、全艦隊がイービル・トゥルース号に射線を確保しようと動くのをみながら、絶対の絶望にかられた声でAXEが静かに言った。

「一番デカい宇宙戦艦がやられたら、なんか全体的に動きがよくなりやがったなぁ」

 とコタヌーンがのんびりと恐ろしいことを言った。

「頭が悪い奴は、頭をブチ抜くと頭が良くなるのかもしれません……」

 とオクタヌーンが言った。

「次に行われる砲撃は……、艦隊すべてからの艦砲一斉射。絶対に耐えられない……。と状況を判断せざるを得ません……」

 ミーマが緑の瞳に涙をためながら言った。

 圧倒的多数の砲が、たった一隻のイービル・トゥルース号だけを狙っている。synthetic stream艦隊のつぼへのエネルギー注入が終わった時、イービル・トゥルース号は、この宇宙から消えてなくなる。

 永遠に語り続けられる、アーク・マーカイザックの伝説だけを残して。

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