たったひとりのイカレた殺りかた
たったひとりのイカレた殺りかた
圧倒的多数が形成する包囲陣に向かって、たった一隻の宇宙戦艦が飛んでいく。
イービル・トゥルース号が背負い抱く、凶悪な暴力装置である主砲三連装四基十二門が旋回を開始。すべての砲を進行方向正面へと向ける。
「俺の道をあけやがれ」
どんよりとにごった瞳で、巨大なリヴォルバーカノンの引き金を引くアークの姿が目に浮かぶ。
閃光が宇宙空間に青い傷跡を刻みつけ、包囲陣の一部に紅蓮の華が咲く。
主砲十二門の一斉射を受け、爆散していくSS艦。宇宙空間に撒き散らされた破片が周囲の艦に突き刺さり、包囲陣を形成する艦達に、さらなる損傷を負わせる。
破片が切り裂いた開口部から、真空の宇宙へと次々に投げ出されていく知的生命体達は、まるでゴミのようだ。
さらに時間差で迫る一撃必殺の実体弾の群れが、混じりっけナシの恐怖となって迫ってくる。
艦尾副砲はさらに四方に実体弾を撒き散らし続け、一撃即死の恐怖を次々に生み出している。
艦橋にはもう誰もいないからなのか、アークはなんのためらいもなく殺していた。
イービル・トゥルース号、つまりは邪悪なる真実号。圧倒的多数の艦隊に怯え萎縮し踏みつけられるままなどではなく、たった一隻であっても牙をむいて歯向かい本気で殺しにいくアーク。それはsynthetic streamにとって、一度も会ったこともない神様なんかとは違う、現実世界に実在する本物の悪魔にみえるのだろう。それは嘘なんかじゃない、本当の恐怖だ。
イービル・トゥルース号艦首のドクロにみつめられた、synthetic streamのクソ野郎どもが、歓喜のゴールデンウォーターとクソを、科学戦隊めいたごたいそうな軍服の中に大量放出している光景が目に浮かぶ。
「怖いだろ。怖いだろ。synthetic streamのクソ野郎! おまえらはたった一隻の船を沈めるために、そこでだまってみんな死ねって言われてんだよ! 積極的平和主義だぁ? ふざけんなよ! 心の底から震え上がって味わいなッ! これがナマの戦争なんだよ!」
サディが縛り付けられたシートのうえで叫ぶ。
「アークは、生きのびるのでしょうね……」
目の前で繰り広げられる、たった一人でやっている戦争をみつめて、AXEは言った。
「この光景をみてしまうと……。私達があの船に本当に必要だったのかと……。状況を判断するしかありません……」
ミーマが静かに言った。
「アークは……。私達に、殺しをさせたくなかったのかな」
タッヤは言った。
イービル・トゥルース号が背負い抱く三連装四基十二門の主砲が、青い閃光で宇宙の闇をまたも切り裂く。ケツに青い炎を灯して包囲陣に突っ込むイービル・トゥルース号の進行方向に、再び紅蓮の華が咲く。
爆裂、爆沈、爆散、散華、四散。飛び交う破片、開口部から宇宙へとばらまかれていく、バラバラになった知的生命体の残骸。アークがためらいなく奪っていくのは、たくさんの命達。
「あたしはあんたと、いいsynthetic streamをたくさん作りたかったんだよぉ!」
あたしはあまあまでかわいいだけの女の子なんかじゃない。
あたしは腕一本で食っていける、一人前の戦闘要員なんだ!
あんたの策には、ちゃんと勝算があった。あたしはその勝算に賭けたんだ!
あたしはあんたとならやれるって、心に決めたんだよ!
なんであたしに殺させてくれなかったと、それがあたしの仕事じゃないかよと、サディはしばりつけられたシートのうえでもがいて、いやいやいやをする。
イービル・トゥルース号のケツに灯る青い炎は、さらにさらに熱く燃えあがる。
「フタロク、がんばってるなぁ」
機関室を揺るがすエニグマ・エンジンの駆動音と、フライホイールがうみだす振動を懐かしんで、コタヌーンが言った。
「どう考えても理屈にあわない、その先をみせてほしいとしか、今は思えません」
すべての計器類が振り切れてしまい、数値が一切の意味を失ってしまっている機関室を懐かしんで、オクタヌーンは言った。
薄い硬化テクタイト製モニターの中で、イービル・トゥルース号の艦首ドクロから、巨大で凶悪な棘がのびていく。
通常の思考ではどう考えても理屈にあわない、この状況での突撃刺突衝角。宇宙海賊が好んで使う、標的船内部へと強襲突入するための白兵戦専用兵器を、この包囲陣のただ中で出現させる意味がない。
「俺の前にたちふさがるなら、ブッ刺してブッ殺す」
誰もいない艦橋で、アークがつぶやいているのが目に浮かぶ。
戦術的に意味はないのかもしれない。だがそれはアークからの邪悪極まる強烈な意志表示だった。
下顎を失った物言わぬドクロの口からのびる凶悪な突撃刺突衝角は、混じりっけなしの恐怖をその進行方向に放射した。
心は理屈にあわない。次々に死につつも微動だにしなかった包囲陣に、いまはじめてゆらぎが生まれる。
心は不合理だ。青い閃光で一瞬で死ぬのなら、もしかしたら怖くないのかもしれない。だけど……
心は正体不明の流れに絡め取られる。萎縮も忖度もなく、むきだしの牙がごとく凶悪な死の棘をこちらに向けて突進してくる死神は、なんだかわからないけど、意味不明にとにかくやたらとすごく怖い。
迫りくる実体弾。真正面からブチ込まれる、100%の純粋な死にほかならない三連装四基十二門の青い閃光。そして、ドクロから生える凶悪極まる恐怖を放射する死の棘。
「おまえのナカに、否認することのできない、ナマの戦争を注ぎ込む」
モニターにうつる巨大なドクロがそう言っている。
どれかひとつでもじゅうぶん過ぎる。なのに、クソ不都合な真実がいくつもいくつも迫ってくる。
たった一隻の宇宙戦艦から吐き出される、あまりにも多くの不都合な事実が、ついにsynthetic streamの心を貫き破壊する。
イービル・トゥルース号が突進する包囲陣から、赤黒い光弾の乱れ撃ちが始まる。
ある者はイービル・トゥルース号を狙い。ある者は飛来する実体弾を狙い。ある者は凶悪な破壊力を秘めるミサイルを狙う。
実体弾を消滅させた赤黒い光弾は、さらに宇宙を秒速29万9792銀河標準キロメートルの速度で駆け抜け、その先にいるSS艦に命中する。友軍からの射撃を相殺はするが、発生する電磁的衝撃波に艦がゆらぎ、密集隊形を組む周囲の艦に衝突する危険が発生。包囲陣に大混乱が生み出されていく。
完全に統制を失った赤黒い光弾達が、さらに宇宙空間を乱れ飛ぶ。
それはもう斉射などではない。イービル・トゥルース号は乱れ飛ぶ赤黒い光弾をかいくぐり、時に真正面からくらいながら、残りわずかな対抗障壁領域でもって赤黒い光弾を相殺し、死の棘を真っ直ぐに包囲陣へとむけて突っ込んでいく。
「ほらみろッ! アークの勝ちだよぉ!!」
こんな戦い方は、synthetic streamの予想外で想定外。前代未聞の前例のない大混乱の中では、行為の途中で心のナカが折れちまったsynthetic streamのクソ野郎どもに、冴えたことなんてできやしない!
サディはアークの勝利を確信する。
大混乱の包囲陣に、イービル・トゥルース号の青い光弾が再び直撃!
爆裂、爆沈、爆散、散華、四散。おびただしい数の艦が散っていく。アークの大量殺戮がこじ開けた包囲陣の穴の奥に、特大サイズのドデカイミスター宇宙戦艦様がたちふさがる。




