アーク・マーカイザックの最期の策
アーク・マーカイザックの最期の策
イービル・トゥルース号艦尾の三連装副砲が、紅蓮の炎を吹いた。極大威力のビーム兵器ではない実体弾を宇宙空間に次々(つぎつぎ)と送り込む、すさまじい連射を艦尾三連装副砲が開始する。
「アークぅぅぅ……」
今現在では化石級の存在となった実体弾を次々(つぎつぎ)に星の海へ解き放つ、紅蓮の火を吹く艦尾三連装副砲が、サディの流す涙のせいでぼやけていく。
アークには本当に、synthetic streamのクソ野郎と闘う策があった。
コタヌーンさんとオクタヌーンさんの首を絞めあげるために、ふたりで機関室に向かう通路で、アークがあたしに話してくれたこと。それがいま始まった。
いかにもアークらしいメッチャクチャさだけど、万がイチのもしかして、本当に勝算があるのかもしれない。そんな最期のあがきみたいな策だった。
「俺にはもちろん勝算がある」
あの時アークは、そう言って話しはじめた。
運動エネルギーと爆薬による破壊力を持つ実体弾は、アンチ・エネルギー・シールドでは相殺できない。もしも一発でも当たれば、実体弾の直撃を想定しない現代宇宙戦艦を沈めるに足りる、一撃必殺に近い攻撃になる。
だが実体弾には大きな問題がある。
宇宙最速の速度でブッ飛ぶビーム兵器に比較すれば、実体弾の速度は遅すぎるのさ。
実体弾が星の海を駆け抜け、synthetic stream艦隊に届くには、それなりの時間が必要ということだ。
実体弾が届くまでに弾道を計算されて、宇宙最速をほこる極大威力のビーム兵器によって迎撃される。つまりは実体弾は絶対に敵艦までは届かない。それが普通だ。
だけど、synthetic streamはイービル・トゥルース号を完全に包囲している。
実体弾だけを消滅させて、その先には一切被害を出しませんよ。などというご都合の良い極大威力のビーム兵器は実在しない。極大威力のビーム兵器の出力を下限まで絞ることはできるだろう。しかし、それでも絞れる限界というものは存在する。
つまり、実体弾を極大威力のビーム兵器で撃つということは、イービル・トゥルース号の背後を受け持つ包囲艦隊までもを、撃ってしまう可能性がメチャクチャ高いということだ。
できる限り威力は落とす。当たっても沈みはしないだろうよ。
だがな……
味方が味方を撃つ。その行為に本能的に拒絶が生まれる。
果たしてそんなことをしていいのか?
味方を撃ったりしたら、あとあとすさまじい批難を浴びて吊るしあげられ、過大な責任をとらされるんじゃないのか?
そうなったら俺たちは、あらゆる手段ですべてを奪いつくされて、社会的な死に追い込まれたりするんじゃないのか?
synthetic stream艦隊に走る疑念と恐怖。
では、どうすればいい?
別の選択肢がある。
実体弾を避けてかわせば、味方を撃たずに自分も助かる。簡単な話しさ。
だが、この選択肢には問題がある。
実体弾を避けてかわせば、次は背後にいる艦に当たる可能性が生まれる。
俺の標的に選ばれちまった艦が、一撃必殺の実体弾を避けてかわす選択をするならば、その後ろにひかえている艦も避けないと沈む。前の艦が避けてかわした、後ろの艦も避けてかわすぞ。そうやって避けてかわすは次々に連鎖していき、最後には包囲陣に穴があく。
synthetic streamにとって、それは大変にマズイ展開だろう。
では、どうすればいい?
synthetic streamのお勉強ができる、自称頭がいい俺様殿は探すだろうよ。
こういう時に、どうすればいいのか? ってことをだ。
データベースに検索をかけ、過去の事例を探すだろう。
だがな、こんなイカれた状況が過去にあるか?
俺は過去にあった戦争の記録を読みまくって研究している、ガチでバチバチなマジモンの戦争屋をやっている消極的戦争主義者だ。そんな俺でも、こんな状況になった戦争なんて知らねえよ。
過去の事例も、成功事例も、模範解答もないだろう。
てめえの頭で考えるんだよ! いまこの瞬間にどうすればいいのかってことをな!
そんな状況になった時、synthetic streamのお勉強が大変お上手におデキになるが、実はてめえの頭で考えたことはほとんどないっていう、自称頭のいい俺様殿のボロが出る。
本当は、自力で正解にたどりつく頭なんかなかったんだってことが、残酷過ぎる邪悪な真実となって、奴らの前に突きつけられる。
いつも花丸満点!! お勉強のできる頭のいいボクチンは、正解のないこの状況に、いったいどうすればいいの!?
そんなことをいまさら言っても、残された時間はもうないのさ。
そうなるだろう。俺の読みどおりならな。
これが俺の勝算ってヤツさ。
アークと歩いたイービル・トゥルース号の通路から、緊急脱出艇のシートのうえに、サディの意識がかえってくる。
そしてこんどは、バラバラの方向を狙うイービル・トゥルース号の主砲が、紅蓮の炎を吹く。
ぜんぶ実体弾だ!
イービル・トゥルース号の主砲は、実体弾も極大威力のビームも花火も撃てる。さらなる大混乱を包囲陣全体に巻き起こすために、45口径46銀河標準センチメートル砲三連装四基十二門が、驚異の破壊力を秘める実体弾を星の海へと解き放つ!
そして……
バラバラの方角に向けて発射した実体弾が生み出す反動で、イービル・トゥルース号が急速回転を開始する。
「いつものやつをやろうや」
アイアンブルーとガンメタルグレイで構成された艦橋の最前列席で、たった一人でそう言っているアークの姿が目に浮かぶ。
イービル・トゥルース号が回転しながら、右舷三連装、左舷三連装、合計六門の艦首宙雷発射管から、強力な破壊力を秘めるロマン兵器である巨大なミサイルを次々に発射していく。
すさまじい数の実体弾を副砲から吐きだした方角に艦首をむけて、イービル・トゥルース号が急速反転を停止。エニグマ・エンジンが生み出すアッツイ青い炎が、うるわしの船の素敵なケツに燃えあがる。
眼の前で紅蓮の火を吹く敵艦の主砲副砲、そして吐き出される巨大ミサイル!
一撃必殺! マジモンの死神の群れが迫りくる!!
synthetic stream艦隊が組む包囲陣は、いまや大混乱の状態にある。
実体弾を避けてかわすか?! だが、避けたら包囲陣に穴があく!!
ならば迎撃して、味方もろとも撃つのか!?
だが、もしも味方の艦を沈めてしまったら? その責任はいったい!?
いや、現場の判断など必要ない! 司令官様の命令を待とう!!
こういう時のために、たかーい給料をもらっている艦隊責任者様ってのはいるんだからな!!!
一方、包囲陣を組む艦隊に命令をくだす司令部は大混乱。
星系侵攻規模の艦隊で、たった一隻の宇宙戦艦を完全包囲した戦闘など、前代未聞で前例も過去の事例も一切ない。さらには、包囲陣にむけての実体弾の乱れ撃ちなどという、予想外も予想外の想定外な事態の真っ只中で、艦隊司令部は前例を踏襲するための成功例をみつけられない。
あちこちで緊急対応マニュアルが開かれ、検索が走り、正解を見つけ出そうと権畜たちが四苦八苦!
包囲陣に迫る一撃必殺の実体弾。
しかし司令官様からの指示命令はいまだ艦に届かず、ピクリとも動けないsynthetic stream艦隊。
避けてかわすか!? 味方ごと撃つのか!? それとも!!?
時は無情に過ぎていく。だが、司令官様のご命令はいまだにでない。
そして、破滅的な破壊力を秘める実体弾と巨大ミサイルが、刻一刻と包囲陣を組む艦達に迫ってくる。
サディは思う。縛り付けられたシートのうえで。
あたしは信じたんだ。
アークの策なら、このマジクソヤヴァイ包囲陣だって抜けられるはずだって!
「あたしとあんたには、勝算があっただろうがよぉぉぉ!」
サディは両の拳を握りしめて叫ぶ。
あたしはあんたと、死ぬと決めたわけじゃない!
だけど、そんな危険な博打に、みんなの命までは賭けられない。
だから、だから、だから! あたしはミーマをぶん殴って、AXEとオクタヌーンの首を絞めあげたんだ!
サディが握りしめる両の拳に、こぼれる涙がポタポタ落ちる。
サディは涙をボロボロ流しながら、薄い硬化テクタイト製のモニターをにらみつける。
濃密なブルーを背にしたドクロ旗をはためかせ、イービル・トゥルース号がアッツイ青い炎をケツに灯して星の海を翔けていく。時代遅れどころではない、化石級の実体弾が生み出すかもしれない、嘘みたいだけど本当にあくかもしれない、包囲陣の穴に賭けて。
次の瞬間に起きたことは、理解に苦しむできごとだった。
あくかもしれない包囲陣の穴に賭けて飛ぶイービル・トゥルース号に、一撃必殺の威力を秘める実体弾とミサイルを無視して、赤黒い光弾による一斉射が収束する。赤黒い光弾の破滅的破壊力を相殺する、対抗障壁領域が生み出す電磁的衝撃波が白い閃光を放つ。
「まさか……。実体弾とミサイルを無視する気?」
信じられないという表情で、AXEがメインモニタをみつめている。
「おそらく……第八斉射。対抗障壁領域はもって、あと二回か三回……」
アークしかいない艦橋で、決して入ってはいけない赤い領域へと突入していく計器の針。それがタッヤには見えるような気がする。
「実体弾の標的になった艦は沈んで死ね。どんな手段を使っても、イービル・トゥルース号を絶対沈める……。そういう命令をくだしたと、状況を判断するしかありません……」
ミーマが半透明の拳を握りしめて言う。
「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがぁッ!!」
ネガのずっと続く悪態がもっともっと酷くなる。
迫りくる一撃必殺の実体弾。微動だにしない包囲陣。
時代遅れどころではない化石級の実体弾が生み出すかもしれない包囲陣の穴に賭けて、イービル・トゥルース号は今も全力で宇宙を翔けている。
万が一のもしかして、いつかどこかで級の希望にすべてを賭けて。
「包囲陣に穴は開く! 絶対に開く! フニャフニャ腑抜けで腰抜けな、実戦経験なんかほとんどないsynthetic streamが、弾を避けないわけがないんだよ!」
サディが叫ぶのは、万がイチのもしかして、本当にあるのかもしれない希望。
タッヤが、AXEが、ミーマが、ネガまでもが思う。嘘みたいだけど本当に、アークならその希望をつかめるんじゃないかと。イービル・トゥルース号なら、この包囲陣をブチ抜けるんじゃないかと。
サディが、タッヤが、AXEが、ミーマが、ネガが、シートに縛り付けられたままみつめる薄い硬化テクタイト製のモニターの中で、イービル・トゥルース号が星の海を飛んでいく。
「だけど、だけど、だけど! 今みせてくれている、万がイチのもしかしての可能性に、なんであたしも一緒に賭けさせてくれなかったんだよぉ!!」
イービル・トゥルース号の艦橋とはくらべものにならない狭い空間に満ちる空気を、サディの絶叫が震わせ続ける。




