普通ではないあの船と連合艦隊の分水嶺
普通ではないあの船と連合艦隊の分水嶺
「巨大ブラックホールの重力圏内に、接近し過ぎなんじゃなーい?!」
ヨシモトムラ・ギョーコーズの一人が、言葉を漏らす。
宙域斬撃改革艦隊旗艦、鮮烈斬撃スーパー宇宙戦艦ヨシム・ラーヒフロミの緑を基調としたバラエティー番組風な戦闘指揮所に、指揮系統を無視した声があがったのだ。
「貴様ぁぁぁ! 艦長になってからものを言えぇぇ!」
カッコよくデキる雰囲気にキメながら、どうしても隠しきれないアクの強さがにじみ出るおっさんは、まるでそれが決めゼリフかのように決り文句を力強くビシッとキメた。
「ナンカ……、チカヅキスギジャ、ナイデスカ?」
必勝と書かれたメシトリベラをふるのをやめて、素の声になったメガネっ娘人工知能が静かに言った。
「しかし、ドレトロデザインのド旧式ドクロ艦は、キシガ・イフミーオのもっと先を飛んでいるわけで……」
神経細胞がとろけそうなモエモエボイスではなく、素の声で真面目に聞かれたので、ツァオミャオも素で答えてから、ついにやっとようやく気がついた。
あの船は普通じゃないのだと言うことを。
「敵艦! 主砲塔が再び旋回を開始!」
いまさら政治的公平性など言っていられない、権畜ナンバーズの声が告げる。
え?
メインモニターに映し出されたのは、ブラックホールの重力に引き寄せられながらも、ひたすら逃げ続けるあの船。甲板先頭の主砲塔一基が左舷を狙い、艦底腹側艦尾の主砲塔一基が右舷を狙って停止する。イシーンズもSpace Synthesis Systemも狙わない、謎の照準。まったくもって意味不明の主砲旋回。
え?
次の瞬間。それぞれ明後日の方向をむいた二基の主砲塔から、巨大なブラックホールの暗闇が広がる宇宙空間に、六門の砲から紅蓮の業火が放たれる。
え?
宇宙的感覚では恐ろしくゆっくりとした速度で発射された実体弾が、肉眼でも認識できる。それは三連装二基六門から放たれた、六発の火の玉。
え?
六発の火の玉は、暗い宇宙空間をまるで泳ぐかのようにゆっくり飛ぶと、やがてはじけた。
え?
宇宙空間の暗闇に、美しい大輪の花が咲き乱れる。三連装二基六門から放たれた六輪の巨大な花が、ブラックホールが作り出す漆黒の闇を背に七色の光をきらめかせ、やがて儚く崩れて散っていく。
え?
それはあまりにも場違いで、あまりにも意味不明で、なのに心をとらえて離さないほどに美しい。
えええ?!
ツァオミャオはそのあり得ない光景に完全に魅了され、メインモニターの中でくりひろげられる、きらびやかな光みだれる世界へと引き込まれていく。
イシーンズ宙域斬撃改革艦隊旗艦、鮮烈斬撃スーパー宇宙戦艦ヨシム・ラーヒフロミのメインモニターに、突如あらわれた大ボケかつアホンダラーな展開に
「おまえはホンマ、真面目にやってそれなんかーい!」
カッコよくデキる雰囲気にキメながら、どうしても隠しきれないアクの強さがにじみ出るおっさんは、本能のままに突っ込んだ!
「イエス! ダイハン! バンパク!」
ヨシモトムラ・ギョーコーズ達が、アクの強さを隠しきれないおっさんにならい、空を右方向に一直線に切るチョップでビシリッ! と突っ込みを決める。
キシガ・イフミーオのメインモニターに、ヨシム・ラーヒフロミのメインモニターに、七色にきらめき踊る光達の中に、大回転するドレトロなデザインの旧式宇宙戦艦のシルエットが浮かぶ。
艦尾に灯る青い業火が、巨大ブラックホールの暗闇を背に、青い三日月を描くのが見えた。甲板にそびえ立つ艦橋の形が見えた。甲板と艦底に搭載された主砲塔四基の形がみえた。あの普通ではない船の、懐かしいレトロなデザインがこれでもかとみてとれた。それはつまり、あの普通ではない船が、今はもう真っ直ぐにこちらにケツをむけて、ただ逃げているのではないことを意味していた。
旧式宇宙戦艦のケツに灯るアッツイ青い炎は、巨大ブラックホールへとまっすぐに向けられている。
だが、すでに巨大ブラックホールの重力に囚われている旧式宇宙戦艦は、これっぽっちも前には進まない。だからと言って、ブラックホールに吸い寄せられて、後退しているわけでもなかった。
ドレトロなデザインの旧式宇宙戦艦は、静止しているように思えた。
その瞬間、時間が停止したかのような錯覚が生まれる。
一秒、二秒、四秒。
わずか数銀河標準秒が、気の遠くなるような長さに感じる。
そして……
旧式宇宙戦艦のケツに灯る青い炎が、ひときわ強く光り輝き、濃紺を思わせる業火へと変わる。
すべての主砲塔が再び旋回を開始。三連装四基十二門の砲口で、巨大ブラックホールの漆黒を狙う。
十二門の砲口から紅蓮の業火が放たれて、巨大ブラックホールの闇を背に、七色の大輪の華を次々に咲かせる。
七色に輝き儚く崩れ、巨大ブラックホールへと吸いこまれて散っていく光達が、旧式宇宙戦艦が前進しているような錯覚を生み出す。
錯覚? いいや違う。
モニターの中に浮かぶ、ドレトロな旧式宇宙戦艦は、ほんの少し、わずかではありながら、ゆっくりと前進している!
すべての推力をふりしぼり、時代遅れどころではない化石級の実体弾が生み出す反動までもを前進する力に変えて、普通ではないあの船は、ブラックホールの重力圏から脱出を開始していた!
このごにおよんで意味不明の行為をぶちかまし、まだまだ逃げ続けるイカレきった船を、キシガ・イフミーオもヨシム・ラーヒフロミも追おうとした。だが不思議なことに、まったくもって追いつけなかった。まったくもって追いつけないどころか、少しづつ、だが着実に、ヨシム・ラーヒフロミもキシガ・イフミーオも、ブラックホールへと少しずつ少しずつ引き寄せられていた。
「ばかな! あんなドレトロなデザインのド旧式ドクロ艦が重力をふりきれて! 最新のカスタムエアロパーツでビシリとキメた、この鮮烈斬撃スーパー宇宙戦艦が、重力をふりきれないなどということがあるか!」
カッコよくデキる雰囲気にキメながら、どうしても隠しきれないアクの強さがにじみ出るおっさんは、今や無能がいいそうなセリフを思いっきり言っていた。
「ノーーォォォ! ヒガシ! ブラック! ウッドンッ!」
ヨシモトムラ。ギョーコーズ達が、両手を前に突き出して振って拒絶し、地団駄を踏んで現実を否認する。
「あんな正体不明学歴不明意味不明の船が重力をふりきれて! 第98代森羅万象絶対無謬総裁総理総合枢軸統一元帥総統陛下アベンシゾー様の名を冠した、森羅万象宇宙戦艦アベンシゾーと同型三番艦! このキシガ・イフミーオが重力をふりきれないなどということがあってたまるか! こんな現実は捏造だ! いちじるしく政治的公平性に欠けた一方的な偏向だ! キシガ・イフミーオが重力をふりきれるという、両論併記こそが政治的に公平な事象としてあるべきだ!」
ハイワン・ツァオミャオは叫び続けた。
だが、時はすでに遅かった。
現実はもう、決して後戻りできないところまで進行していた。
イシーンズ宙域斬撃改革スーパー宇宙戦艦隊と、Space Synthesis System 艦隊分遣大隊は、すべての推力を吐き出しても逃げ出すことのできない重力圏内に、すでに存在してしまっていた。
100%明確に確定されてしまった死。否定することのできない邪悪なる真実が、あの普通ではない船を追った者すべてに突きつけられる。
阿鼻叫喚の戦闘指揮所のメインモニターから、どんどん遠ざかっていく星の海。
これが最後だとわかっている光景が、どんどんどんどん滲んでいく。
そして……メイン・モニターに突如
Radio Evil Truth Special Program!! の文字が踊る。




