混迷は深まり、事態はどんどん進行ス
混迷は深まり、事態はどんどん進行ス
西の方角から突如として現れた、イシーンズ宙域斬撃改革スーパー宇宙戦艦隊は、シュライザーローズ号の目の前で、またも意味不明な宙返りをしてカッコよく宙を切ると、驚異的な速度で逃げ出した海賊放送船を追って行った。
サウザンアライアンズ銀河に侵攻してきたSpace Synthesis System艦隊は、かなりの戦力を艦隊から分離して、たった一隻の海賊放送船を追いかけだした。
「Space Synthesis System艦隊、戦力減少。もっとも強力なアベンシゾー級までもを一隻、あの仰天するような船は連れて行ってくれました」
身を寄せ合って円錐陣を成す、メープルウッドとウォールナット製の駒達に対して、多数がひしめく黒いエボニー製の駒達が覆いかぶさるような盤上から、黒い駒を次々に取り除きながらヘイガーは言った。
白薔薇の蕾に牙をむくSpace Synthesis System艦隊は、今や明白に減っていた。
サウザンアライアンズ銀河群は、ただの一発も撃たなかった。そして、イービル・トゥルース号もまた、ただの一発も撃たなかった。
ああ、アーク……。
シュライザーローズの視界が再びにじむ。
海賊放送船。彼らと彼女が名乗る、宇宙戦艦ではないその肩書に、シュライザーローズの心は揺れた。
たった一隻の海賊放送船は、時間というものまで稼いでくれた。
絶え間なく叩き込まれ続けていた斉射は、あの船が巻き起こした大騒ぎで停止していたのだ。
それだけあの海賊放送船の行いは、常軌を逸したものだった。
斉射を受けなかったあの時間。白薔薇の蕾が率いる、サウザンアライアンズ銀河群の玉石混交の艦達が生み出したジェネレーター出力が、崩壊寸前だったZONEを、絶対不可侵の領域へと今再び連れて行く。
「サウザンアライアンズ銀河群は、もちこたえられるかもしれない」
ゼロへむかって急速に針が戻る計器をみつめて、クートゥが希望の言葉を口にする。
シュライザーローズの心にも希望が芽生える。
ケツにアッツイ青い炎を燃え上がらせて、宇宙の果てを目指してブッ飛んでいくイービル・トゥルース号の後ろ姿。
ガスマスクを絶対に外さない、全身を革ツナギで包んだ寡黙でクールなネガ。彼の肩書は、銀河イチ逃げ足が早い操縦士。彼の操船技術と、驚愕驚異の海賊放送船なら……
あなた達は、本当に逃げ切ることができるのかもしれない。
でも、アーク……。あなたが選んだ逃げ道の先にあるのは……
シュライザーローズは知っている。サウザンアライアンズ銀河辺境に存在する、恐怖の大王が鎮座する宙域を。
一目散でこの宙域から逃げ出した海賊放送船は、恐怖の大王の領地へと、真っ直ぐに飛んでいたのだった。
「コタヌーン、オクタヌーン! すべての計器が振り切れようが、エンジンだけはブッ壊さず! とにかく振り絞れるだけの出力を叩きだして! つまりはまったくもってこの船らしくない、全力を超えたオーバーワークの実績ってやつをこれから出さにゃならん! こいつは完全にバクチだが、勝ち目はゼロなんかじゃねえ! 俺は勝てると読んでいる! 俺はこういうバクチが大好きで、コタヌーン、あんたは銀河中を渡り歩くギャンブラー! ここは博徒魂のみせどころ! そしてオクタヌーンよ! みてやってくれ! この船がいったいどこまでいけるのかをだ!」
アークが機関室に向かって、ヘッドセットマイクにがなる!
「勝ち目のあるバクチなら、のる気になるのがギャンブラー! 勝ちましょうや! 勝っていい酒飲みましょう!」
「バクチが嫌いなのは、負けたコタヌーンが嫌いだからです! 勝つのなら文句はない!! そして酒を飲まない者としては、勝利の後にどこかの星の素敵な喫茶店で、美味しいコーヒーを飲みたい。やってやります! この謎だらけのエンジンに、すべての謎を吐いてもらいます!」
青い炎をケツに灯してドライヴする、エニグマエンジンの轟音に満ちた機関室からの応答に、アークがうなづき、左隣のサディに視線をむける。
「たった一発も撃たずにとは言ったが、それじゃあさすがに仕事がなくてつまらねえよな? いつものやつを仕込め。そんでもっていつもとはちがうことをやろう。俺の意味不明な要素が多すぎる注文を受けてくれるのが、サディ。君だと俺は思っている。頼むぞサディ。危険なサディの、いつもとは一味違う素敵な一面ってやつを、この俺にみせてくれ」
アークはサディにそう言った。
サディはまた、自分の口が言葉なくパクパクするのがわかった。
いつものヤツって……。
ハードなレザー仕様のバトルスーツに包まれた身体が、ガチでぶるぶる震えだすのがサディにはわかった。
いつものヤツを仕込んで、いつもと違うことをして……、たったそれだけのことで、いったいどうしてシンセティック・ストリーム+金魚のフンみたいな、つれづれグソなクソ野郎どもを……
だけど……。あたしを真っ直ぐにみつめてくるアークの瞳は、あの頃のままだった。私だけが知っている、もっとも危険な暴威だった頃のあの瞳。おそろしいまでの熱量をもった、青い輝きが灯るアークの瞳。
私にはわかる。アークはいま本気も本気、ガチでバチバチにやるつもりだ。
こいつは神様になったつもりの男なんかじゃない。正真正銘のイカレきった全知全能絶対無謬の神に、マジで歯向かっちまう悪魔みたいなヤツなんだ。
「あたし、あんたがいったい何をやるつもりなのか、まったくもってわかんないけどさ。あんたのその目の輝き、マジで危ないよね。その瞳、好きだよ」
サディは静かにつぶやいて、巨大なリボルバーカノンのシリンダーを回転させる。武器管制盤のうえでは、黒いマニキュアが映える指が踊りだす。
緑を基調としたバラエティー番組風セットで構成された、鮮烈斬撃スーパー宇宙戦艦ヨシム・ラーヒフロミの戦闘指揮所に、ヨシモトムラ・ギョーコーズからの報告があがる。
「追跡中の敵艦。航跡に、湾曲がみとめられると言うてます!」
宙域斬撃改革砲の光弾と、敵艦の艦尾に灯るエンジンの航跡をプロットした図が、メインモニターに表示される。なんとかギリギリ追いつける速度で逃げ続ける、ドレトロなデザインの宇宙戦艦の航跡は、確かに湾曲しつつある。
それは、宇宙最速を誇る極大威力のエネルギー兵器に対して、まったもくもって奇妙な行動だった。
なんだ? 主砲射程から逃げるには、とにかくまっすぐ遠ざかるのが最善だ。なぜ、わざわざ曲がる?
曲がる必要なんてないはずだ。宇宙最速の兵器から逃れるすべは、とにかくまっすぐに遠ざかり、有効射程外に離脱する。それが定石であり、唯一の対処法。
それをしない?
いや……。できないのだ。
西の方角に、この艦隊が潜伏していた時から知っている。この宙域の先にあるのは……
あいつら、重力にとらえられているぞ。
カッコよくデキる雰囲気にキメながら、どうしても隠しきれないアクの強さがにじみ出るおっさんは、にんまりと笑う。
「とにかく追え。とにかく追うだけで奴らはおしまいだ。だが、宙域斬撃改革砲は撃ちまくれ。例え沈められなくても、砲を撃つという行為はアピールになるからな。そして、そういう派手ないかにも行動しています。改革しているんですよというみためが、銀河臣民に達にとっては何より重要。ようはみせかた。そしてみせかたはいくらでも操作できるということだ」
「ウテウテウテウテェェェ!!!」
このクソイラつかせるモエモエボイスの、性的過剰演出モリモリな、人工製造された模造品のクソメガネ幼女モドキが……。
これでもかと必勝と書かれたメシトリベラをぶんぶん振り回して、とにかく下着をモロみせつけてくるのもたまらなく腹が立つ。
神経細胞が溶けだしそうな、メガネっ娘人工知能のあまあまモエモエボイスに心底うんざりしているツァオミャオの思考は、ゆっくりとではあったが、着実にどんよりと鈍くなっていた。
何より、自分を軽んじるSpace Synthesis System中枢閣の下部組織、System Schutzstaffelのヘル・オトスに対する怒りと、その立場をどん底に落とすべく、バカスカ砲を撃ちつつも、正体不明のクソ不都合な存在をうまいこと生きのびさせようとしている今、ツァオミャオの思考はあらゆる方向に飛び、散漫になっていた。
「……ツァオミャオ様……。……この先は……」
誰かが何かを言っているのだが、その声に意識はむかず、ツァオミャオは自身の策略について思考を進める。
イシーンズ艦隊は、みためだけはご立派ではあるが、実質中身は既存の廉価プレハブ宇宙戦艦タイプX (ダメ)に過ぎない。あのクソ船を沈める心配はとりあえずないだろう。
だが、ヘル・オトスの視界に入る範囲では、私はあの船を沈める演技をしないといけない。
面倒くさい。だが、この芝居を終えれば……。オトスよ。お前は地獄にオチタも同然なのだ。
部下の言葉は右の耳から左の耳へ、ツァオミャオはニヤリと笑う。




