ああ……、お願い、イービル・トゥルース号
ああ……、お願い、イービル・トゥルース号
「イシーンズ! よく言ったぁぁぁぁ!!!」
ヘル・オトス親衛隊大将の大音声が、ガース・ヒーデの華美な戦闘指揮所に轟いた。
政治的に、我らSpace Synthesis Systemの寝首をかこうと狙うイシーンズ。そのことはわかっているが……。
いまこの瞬間に、やつらの存在は我々にとってこのうえなく都合がいい!
そういう意味で、アーホ・まあ♡快楽とか言う、学校にも通っていない低学歴で低収入どころか、定職にもつかぬ住所不定の自己責任な無知蒙昧かつ礼儀知らずの社会のゴミカスとは利用価値が断然違う!
イシーンズの物言いに、あのクソやべードクロ宇宙戦艦は食いついた! そうなれば、イシーンズとあのクソやべードクロ宇宙戦艦のドンパチがはじまるのは間違いない!
イシーンズがあのクソやべードクロ宇宙戦艦の相手をしてくれるなら、こちらの負担はだいぶ減るだろう。
これはチャンスだ。絶好のチャンスだ!
どこか西の方角からやってきた、エクストリームな圧倒的な援護だ! これを利用しない手はないッ!
宙域斬撃ダイハン・バンパク艦隊だったか? 独自の経済的に刺激的なイベント艦隊を持って銀河経済大復興だと豪語し、結局あらゆる予算オーバーにつぐオーバーで資金がショート。大自民統一教会党にすがりつき、流してもらった金でなんとかしたてあげたプレハブ宇宙戦艦どもに、後手後手でハリボテを追加して、ゴテゴテしたアクの強い見てくれに仕上げた、張子の虎的なスーパー宇宙戦艦どもも、今回は想定外に役に立つか。
レーザーブレードを腹にブチこまれて殺されて、湯気立ちのぼる血の海に沈む、公的には自殺したことになっている自分の死体映像が、オトスの脳裏から急速に消えていく。
「俺と貴様らイシーンズの関係性は、与党様である俺様と、野党を名乗るが実は第二与党のイシーンズ。物事には道理というものがある。何もかも反対の方向に行く、というのは、それこそ野党のバカのひとつ覚えというものに過ぎん。イシーンズはあのクソ邪魔なドクロ宇宙戦艦の信用度を貶める的確な発言をした! 我々はその積極的な平和推進に賛同するぞ! イシーンズにSpace Synthesis System艦隊を一部貸す! とにもかくにも、あの弩級に邪魔なドクロ宇宙戦艦をまずは始末するのが、宇宙の平和を維持する積極的平和主義にとって最善の行動だ!」
Space Synthesis System艦隊司令として、ヘル・オトス親衛隊大将の誤英断が、華美な戦闘指揮所から全艦に向けて発せられる!
シュライザーローズ号のメインモニターの中で、Space Synthesis System艦隊から分離した大隊規模の艦達が、イシーンズの意味不明に過度にカッコよくカスタムされたスーパー宇宙戦艦達と合流していく。そして、その砲を一斉にイービル・トゥルース号へと向ける。
「なんという……」
まったく予期することのできなかった展開に、クートゥが言葉を失う。
「彼らと彼女らが、私達との関係を拒絶したのは、こういうことをするためですか」
あらゆる補給を断り、サウザンアライアンズ銀河に組み込まれることを拒否し、たった一隻であることを選択したその真意を、いまヘイガーは理解する。
だが、シュライザーローズの口からは深いため息が漏れる。
「ですが、イービル・トゥルース号がただの一発でも撃ってしまえば……。一発も撃つことなく、この戦いを最後まで生き抜き相手の心を折る。サウザンアライアンズ銀河艦隊群の作戦の持つ意味は瓦解する。すべてが瓦解してしまうのです……」
シュライザーローズの紫の瞳に涙が浮かぶ。
涙に滲み出すメインモニター。トゲトゲしいヤカラ感あふれるスーパー宇宙戦艦で構成されたイシーンズ艦隊と、Space Synthesis System 艦隊分遣大隊に砲を向けられたイービル・トゥルース号はどう動くのか?!
ドレトロで懐かしい未来感を漂わせる、禍々(まがまが)しいドクロを艦首に掲げるたった一隻の宇宙戦艦に、この宙域すべての視線が集中する。
45口径46銀河標準センチメートル砲三連装四基十二門は、イシーンズに向けられるのか!? あるいは、いいsynthetic streamを作り出すために!?
白薔薇の蕾の背にサウザンアライアンズ銀河艦隊群を率いる、肩書のない事実上の女王は、ぎゅっと拳を握りしめる。
お願い。アーク……。撃たないで……
自身が願ったその言葉に、シュライザーローズは驚愕する。
握りしめた拳が、震えていることにシュライザーローズは気づく。
撃たないで。それはつまり、アークに死ねと言うことだ。
Space Synthesis Systemは殺すんだよ! という意味のことを無邪気に言う、あの純粋極まる鋭いナイフのような光を赤い瞳に宿す少女に、死ねということだ。
愛くるしい巨大スズメであるタッヤに死ねということだ。
銀河の乙女を濡らしてうるおす、ブラックレーベル作品の素晴らしさを教えてくれたミーマに、死ねということだ。
いつも冷静に、なのにいなせに着物の衣紋を抜いた着付けで、あでやかに優雅なうなじをみせつける、AXEに死ねということだ。
苦虫を噛み潰したような顔でジャーデン・サベージ星のお茶を飲み干し、いやー、この星の酒はうまいですなぁとほがらかに言ったコタヌーンに、死ねということだ。そして、コタヌーンの横で微笑む、オクタヌーンに死ねということだ。
常にガスマスクを外さず、クールに沈黙するネガに死ねと言うことだ。
たった一隻の宇宙戦艦が、一発も撃ち返すことなく、生きのびることなどできるわけがない……。
私は今、イービル・トゥルース号に黙って沈めと、心の中で願ったのだ。
なんということを……。私は……。
シュライザーローズの瞳が涙にあふれる。
それでも、私は……、サウザンアライアンズ銀河をまもらなくてはいけない。ただの一発も撃つことなく、すべての砲撃に抗い屈することなく立ちはだかり、Space Synthesis System艦隊の残弾を尽きさせて、心をへし折らなければならない。
私は……、サウザンアライアンズ銀河を守る。だけど……、イービル・トゥルース号を守れない。
シュライザーローズの涙は流れ、メインモニターがにじんでいく。
涙でにじんだ星がきらめく海に浮かぶ、たった一隻のドレトロなデザインの宇宙戦艦がついに動く。
ドレトロで懐かしい未来感デザインの宇宙戦艦の艦尾に、アッツイ青い炎が灯る。艦尾に濃密なブルーに染まるドクロ旗をひるがえし、たった一隻の海賊放送船は行動を開始した!
イービル・トゥルース号は、イシーンズを撃つのかッ!? synthetic streamを撃つのかッ!?
いいや、そのどれでもない!!
イービル・トゥルース号の選択は、シュライザーローズのすべての予想を外れたものだった。
思いもかけないイービル・トゥルース号の行動に、涙に濡れたシュライザーローズの両の目が、びっくりまなこに変わる。
銀河と銀河が衝突する戦場のど真ん中に飛び込んできた船は、驚異的な速度で一目散にこの宙域から逃走を開始したのだ!




