明朝の決断
明朝の決断
「ふぁぁあ〜」
大きなあくびをしながらコタヌーンが起きてくると、朝の光に照らされたテーブルにつき、あのヤヴァイくらい苦いお茶を飲んでいるアークがいた。
「珍しくはやいですなぁ」
コタヌーンの言葉に、アークが笑う。
「まあな」
アークはそう言うと、ガブリと苦いお茶を飲んだ。
「ここだけの話ですが、それ、よく飲めますなぁ」
コタヌーンの言葉に、アークはニヤリと笑う。
「いろんな感覚が麻痺してるんだ。俺は」
コタヌーンは笑うと、席について朝の苦いお茶をティーカップに注ぐ。
「考えはまとまりましたかい?」
コタヌーンの問いに、アークはうなづく。
「起きてきたら、もう一度だけ意志を聞く。それでブレがないなら、俺も腹をくくるよ」
アークはコタヌーンにそう言った。
「誰が最後に起きてくるのか? 賭けますかい?」
コタヌーンの問いに、
「サディだ。俺はサディに賭ける」
とアークは即答した。
最初に起きてきたのは、AXEだった。
七色の生地にセピア色の鳥獣戯画の着物を、襟をぐいっとおろした着付けでうなじをみせつけ、斧形の飾りを髪に挿したAXEは、テーブルにつくと苦いお茶をゆっくりと飲んだ。
「気持ちに変わりはないかい?」
アークの問いに。
「海賊放送船が商売を変えて、あらゆる銀河を渡り歩くファンシー雑貨貿易船になるのなら、反対の意志を表明しますね」
とAXEは冷静に言った。
人のサイズほどもある巨大なスズメが、羽毛をもふもふ膨らませながら起きてくる。
「タッヤ。気持ちに変わりはないか?」
朝のお茶をくちばしの中に少し流し込み、つぶらなお目々をくわっと見開いてから、
「昨夜から今朝までの間に、船の財務状況に変化はありませんよ」
とタッヤは言った。
「くそがぁ……」
朝ってヤツはどうしてこんなにクソなんだと、そういうことを言いたいのか、ガスマスクに革ツナギ姿のネガはテーブルに着くが、お茶には一切手を出さない。
「ネガ、ここから逃げ出すのと、戦場でシンセティック・ストリームから逃げ回るのとどっちがいい?」
アークの問いに
「くそが!」
とネガは力強く答え、アークとネガの会話は秒で終了した。
氷砂糖のような半透明の体に朝日を通しつつ、焦げ茶と黒をあわせたレザースーツ姿のミーマが起きてくる。
「アニメイド、ジャーデン・サベージ支店はまだないなんて……」
しょんぼりと朝のお茶をミーマが注ぐ。
「腐った組織を、蹴っ飛ばす気持ちにかわりはあるかい?」
アークの言葉に、ミーマが緑の瞳をキリッとさせる。
「腐った組織を蹴っ飛ばして、銀河を腐海に沈めたいですよぉ」
アークは苦笑いして、苦いお茶を飲んでうなづいた。
ジーンズ姿で起きてきたのはオクタヌーン。
「ヌーン夫妻の決意やいかに?」
アークの問いに、
「堅実な生活を望むなら、船首にドクロがついたヤヴァイ船をドライヴさせるエンジン屋なんて職に、ふたりで住みこみで働こうなんて、とてもじゃないけど思わないのかもしれません」
とオクタヌーンは言った。
アークは
「違いない」
と答えて笑った。
アークの読みが確定しただいぶ後に、真紅と漆黒を組み合わせ、薔薇が咲き乱れる和服の袖を揺らしながら、
「はにゃ〜」
と起きてきたのはサディだった。
「珍しく先に起きてるじゃん」
と真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳をまんまるにさせたサディが、朝日の中でお茶を飲むアークをみて言う。
「いつも俺は先に起きている。サディが起きてくるのを待ちきれなくて、二度寝しているだけなのさ」
アークはそうサディに返す。
「むーー」
サディは頬をふくらませて席につくが、朝のテーブルには甘い甘いマカロッソがないことがわかると、急にしょんぼりした顔になる。
「聞くまでもないのかもしれないが、サディ、気持ちに変わりはないか?」
アークの問いに
「あたしはガチでバチバチに撃つ気持ちだよ」
と一転。ギラリと赤い瞳を輝かせ、牙のように尖った犬歯をむきだして、サディはニヤリと笑う。
「あとは船長のご英断ですなぁ。しかし、船長はあいからわず船におると」
コタヌーンがしらじらと言う。
「その件については俺がもう連絡済みだ。船長はこう言っていた。やりたいならやれ。やりたくないならやるな。単純明快な選択肢でないのなら、やってくるであろう後悔で決めろ。後悔するかしないかで決めろ。自分を失ってしまったなら、もう後悔すること自体できないが、誰かを失ったことはいつまでもいつまでも後悔するだろう。全員ケツをまくって逃げ切ることができないならば、領土ではなく守るべき自分の大切な人がいるのなら、徹底的に反抗するのもひとつの流儀だ。私は各員の判断を尊重する。だそうだ」
「それは……」
とAXE。
「つまり……」
とミーマ。
「やることに」
とヌーン夫妻。
「決まったと」
とタッヤ。
「やるぞぉぉぉ!」
サディが両の拳を握りしめて叫び
「くそが!」
とネガは力強く毒づく。
「だがな、俺達が乗っているのは、宇宙戦艦ではない。海賊放送船イービル・トゥルース号だ。戦争に参加する宇宙戦艦なんてのは、いくら沈めても足りねえくらい、大宇宙にあふれかえっていやがる。だが、この戦場に浮かんでいる海賊放送船はただの一隻。俺はな、たった一隻の海賊放送船ができることを、追いたいと思っている」
アークは苦いお茶をガブリと飲み、空になったでかいマグカップをテーブルに置くと、瞳に青い炎を宿してそう言った。




