アーク・マーカイザックの苦悩
アーク・マーカイザックの苦悩
野薔薇が咲き、名も知らぬ花々が咲き、あらゆる植物が絡み合う野生の庭園で、アークは頭上に広がる星空をみあげていた。
その背中に強い衝撃が走る。
「痛えッ!」
アークが振り返ると、そこには拳を握りしめた、真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳を血走らせたサディがいた。
「どういうことなんだよ? アーク。ずいぶんやる気がないじゃんよ?」
サディは赤い瞳でアークを睨みつけてそう言った。
「ひとりで考えさせてほしいだけだ」
アークはサディにそう言った。
「いったい何を考えるって言うんだよ?」
サディが赤い瞳をギラつかせて問う。
「海賊放送船イービル・トゥルース号が、どうこの戦争にからむかだ」
バシッ!
サディのローキックがアークに炸裂する。
「なんだよ! ガチの戦争を前にしたら、急に怖くなったのかよ!?」
サディのローキックにびくともしないが、何か言葉を返すこともなく、アークは沈黙する。
「珍しく、タッヤもやるって言ってんじゃん!」
サディの言葉が続く。
「イービル・トゥルース号が間に入らなければ、シュライザーローズ号は沈んでたよ! あいつら! マジで殺しにきてんだよ! ハナから戦争するつもりできてんだよ! そんなことアークはわかりきっているし、そんなことで怖気づくような、おちんたまナシの腰抜けじゃないだろぉ?!」
サディの言葉に、アークの眉がピクリと動く。
「そうだよ。俺は別に、シンセティック・ストリームが怖いわけじゃない」
アークの瞳にいつもの、静かな凶暴性を匂わせるにぶい光が戻る。
「じゃあ、なんでだよ? いったい何に怖気づいてんだよ?!」
サディが叫ぶ。
「AXEを、ミーマを、タッヤを、コタヌーンを、オクタヌーンを、ネガを、失うのが俺は怖い」
アークは静かにそう言った。
「あたしを失うのは怖くないのかよぉ!」
サディの右の拳がアークの胸を狙って放たれる。
アークの左が素早く動き、サディの渾身の右を受け止める。
「いまさら君を失うなどとは思いはしない」
サディの右の拳を手にとらえたまま、アークは続ける。
「AXEも、ミーマも、タッヤも、コタヌーンも、オクタヌーンも、ネガも、本当の俺を知らない。俺が本当は何をするヤツなのか、その目で見たこともない。この間、System Schutzstaffelの宇宙戦艦を一隻、ダークマターの世界にお連れしたよな。あの時、あの艦の中で俺が何をしたか、サディ、君以外知りゃあしないのさ」
受け止められた右の拳をにさらに力をこめながら、サディが歯ぎしりする。
「なんで猫なんか被ろうとするんだよ? ガチで殺り合う殺し合いのドンパチなんだ! あんたは残虐無比で、絶対敵にまわしちゃいけない男だ! それでいいじゃないか! それで離れていくなら、あいつらとはそれまでだったってだけのことだよ。でも、あたしは違う! 残虐無比なあんたこそが、アーク・マーカイザックなんだってわかってる! それでいいじゃないか! それでいいじゃないかよぉ!!」
サディが叫ぶ。
「そうだな。猫を被って、馴れ合いを続けるってのは、確かに俺らしくない」
アークは深くため息をつく。
「だけどな、嘘みたいな本当のできごとから、イービル・トゥルース号に拾われた俺は、パフォしか言わねえパンダ船長とふたりでは、さびし過ぎて広過ぎる宇宙をずっとずっとさまよってきたんだ。最初に出会ったのはサディ、君だ。次にAXEとタッヤに出会い、ネガに出会い、ミーマとコタヌーン夫妻に出会った。正直、長く付き合えるなんて思っていなかった。でも、気がつけばもう長い付き合いだ。そのあたたかさに、俺はいつの間にか染まっているのも確かなんだ」
「あたしは残るよ。あんたがどんなに残虐なことをしても残るよ。それでいいじゃないか。それでいいじゃないかよぉ」
サディの真っ赤なリンゴみたいに赤い瞳がうるみだす。
「ありがとうよ。だけどな、悩んでいるのは、それだけが理由ってわけじゃない」
アークはサディの拳を離すとそう言った。




