白薔薇と白骨が星の海で出会う時
白薔薇と白骨が星の海で出会う時
「Space Synthesis System艦隊、後退していきます」
ヘイガーが褐色の額に浮かんだ汗をきっちり折り目のついた布で拭って、黒鉄機械仕掛けの盤上から取り除かれていく、宇宙戦艦を示す駒達をみつめる。
「いったい……。あの艦は……」
いまだ正体のつかめぬ、いびつで穴ぼこだらけの小惑星から出現した、こちらに背を向けたままでいる謎の宇宙戦艦を、クートゥが黒い瞳でじっとみつめる。
「正体も理由もわかりません。ですが、あの艦は私達を救ってくれた。そのことに違いはありません」
シュライザーローズはそう言うと、所属も詳細も一切不明の謎の宇宙戦艦に、公開チャンネルで交信を要請した。
Schreiser Rose:航宙放送船シュライザーローズ号より、所属不明の宇宙戦艦へ。応答を願います。こちらは航宙放送船シュライザーローズ号。私は船と同じ名を持つシュライザーローズです。所属不明の宇宙戦艦へ。応答を願います。
Ark Markizak:こちらは、無所属/フリー、銀河を勝手気ままに翔ける海賊放送船イービル・トゥルース号であって、宇宙戦艦などではない。そして俺は、二次大……、ちがう。海賊放送船で無免許もぐりの航海士をやっている、アーク・マーカイザックという者だ。さきほどはお楽しみかもしれないところに割って入って、万がイチのもしかして、大変申し訳ないことをしたのかもしれん。いかがだったか? 本船の暴虐無尽な行いは、そちらの船に、多大なご迷惑をおかけしてしまったか?
Schreiser Rose:迷惑だなんて……。
Ark Markizak:簡単に言えば、俺達はシンセティック・ストリーム……いや、この言い方はそちらにとって通じないかもしれないな。Space Synthesis Systemに仇なす奴等と思ってくれていい。Space Synthesis Systemに仇なす俺達が、宇宙的視野におけるあらゆる方角からの視点において、あなたの船がSpace Synthesis Systemに襲われていると独断した。そしてこの船は宇宙戦艦ではないにしても、まだ誰の物でもない未開の宇宙からやってきた、野蛮生命体ってやつが満載だ。それはつまり、野蛮極まる暴力行為について、このうえなく通じているということでもある。そうとなれば、少々過激な行動に出てしまうのも、どうかお許し願いたい。
Schreiser Rose:あなたがたの船は、三回の斉射を受けても、ただの一発も撃ち返さなかった。私はあなた達を野蛮とは思いません。
Ark Markizak:積極的平和主義者とやらにしてみれば、俺達は野蛮の極みの存在だろうよ。なんてったって、ガチガチでバチバチの戦争屋みたいなもんだからな。ただし、俺達がSpace Synthesis Systemと違うのは、戦争というものに対して極力消極的ってことさ。
Schreiser Rose: Space Synthesis Systemの言動は、理解できない点があまりにも多い不可解極まるものです。そして、あなたの言動は、理解しようとしなければ、意味不明な不可解な発言に聞こえる、これまた不思議なものですね。
Ark Markizak:はっはっはっはっ。ありがとうよ。そいつは格別のほめ言葉だよ。
Schreiser Rose:見ず知らずのこの船を、危機のただ中に落ちた暗き深淵から救っていただき、心より感謝しています。どのようにお礼をしてよいか……
Ark Markizak:はっはっはっはっ。お礼がどうとかについては、こっちのツラを一度拝んでからだ。ちょっとは冷静になってから、マジで考え直したほうがいいと思うぜ。
シュライザーローズ号の古い洋館を模した指揮所のメインモニタの中で、火の灯らないエンジン噴射口を向け続けていた船が、ゆっくりと回転を開始する。メインモニタの中では、宇宙時代にあり得ない艦橋の背をみせ続ける、エンジンの噴射口に過ぎなかった船の全容が、いまついにあかされる。
横をむいた船がみせたのは、宇宙という星の大海原を翔けるのに艦橋を持つなどという、数世代以上前でもありえないくらいに不合理な設計が生み出す特異な姿。雑な科学考証だけがもちえる、あのなつかしいレトロな未来感デザインというものだった。大宇宙戦争後の世界では、それほど巨大とは言えないクラスの艦体の上部と下部に、それぞれ二基搭載されている三連装主砲塔。それは合計十二門の凶悪な暴力装置。さらに艦尾上甲板には三連装副砲塔が一基。はりねずみのような弾幕を生みだす、多数の迎撃用小口径レーザー砲が艦体各部に設置。破滅的な破壊力を行使する、宙雷発射口と思われるものさえ艦首付近に存在する。それは、ロマン的趣味をむき出しにしたホビー・スペースバトルシップのみためでありながら、正真正銘の宇宙戦艦と呼ぶにふさわしい、本物の武装を満載したガチでバチバチの戦闘艦だった。
「これは……」
ヘイガーが目の前でその姿をさらす、たった一隻の驚異に声をもらす。
「これで船を名乗りますか」
シュライザーローズの口角がゆっくりあがる。
「十数世代以上前……。いや、もっとか? ありえないくらい古いデザインですけど……。こいつは間違いなく宇宙戦艦ですよ」
クートゥーの口から言葉がもれる。
そして……、ついにその船は、星の海に浮かぶ白き薔薇にその艦首を向ける。
ぽっかりとあいたふたつの黒い穴がまっすぐに、白き薔薇のような航宙放送船シュライザーローズをみつめる。
メインモニタに現れたのは、きらめく星の海を背にした巨大なドクロだった。
「宇宙海賊!?」
ヘイガーが驚愕する。
「宇宙海賊がなぜ我らを!?」
クートゥの目が見開かれる。
「海賊放送船。と名乗るのは、そういう理由?」
シュライザーローズは笑っていた。腹の底から笑っていた。
死を覚悟した絶体絶命の危機に現れたのは、冗談みたいにまるで嘘みたいな存在だった。そして助けに現れたその船は、どこからどうみても宇宙戦艦でありながら、船を名乗り、艦首に海賊の証であるドクロまでもを掲げている。
これを笑わずにいられようか?
宇宙は広い。
シュライザーローズは思った。
宇宙にはこんな嘘みたいな本当が実在する。
銀髪を揺らして笑うシュライザーローズの笑い声が、古き洋館を模した指揮所にかろやかに響く。




