積極的平和力行使と本物の戦争
積極的平和力行使と本物の戦争
星の海を宇宙最速の速度で切り裂く、赤黒い閃光達!
極大威力のエネルギー兵器が逆位相のエネルギー領域と衝突。互いのエネルギーが相殺消滅する際に発生する、電磁的衝撃波が船体と干渉して生まれる、雷鳴のような轟音が戦時閉鎖された指揮所に満ちる。
木材によって構成された内装、質素ながら気品を漂わせる古き洋館のような調度品が、船体を震わす雷鳴に揺れている。
「第3斉射直撃。ZONE使用率現在37%。船体温度上昇中。本船のZONEを持ってしても、艦隊規模の斉射にどこまで耐えられるか……」
金線で描かれた薔薇紋章入りの黒革執事服姿の白髪男性が褐色の額に汗を浮かべ、黒鉄の機械達がメタルプレートで数字を表示して告げる、残酷な現実を報告する。
「無警告での艦隊艦砲斉射! これが専守自衛を信条とするSystem Self-Defense Force SSFをようするSpace Synthesis Systemがすることなのですか!」
公開チャンネル通信と船体発光信号、そして99.9銀河標準メガヘルツのラジオ放送すべてを使い、Space Synthesis Systemに対して応答を求めるシュライザーローズの絶叫が指揮所に響きわたる。
「応答……。ありません」
戦時閉鎖された古き洋館を思わせる指揮所は、沈黙に包まれる。
「シュライザーローズ様……。この船は、非武装ではござません」
黒鉄製の機械式装置の重厚な金属レバーに手をかけながら、薔薇紋章入りの黒革執事服姿の白髪男性が口にする。
「ウテウテウテウテウテウテウテェェェェ!!」
事実上完全に下着なアンダースコートをこれでもかとみせつけながら、腎臓までが砂糖漬けになりそうな、モエモエボイスが残酷な命令を甘ったるく連呼する。
純白と鮮烈なる赤に彩られ、ドブラックな壺鉤十字が掲げられた華美な装飾まみれの戦闘指揮所で、大自民統一教会党所属、総合任務担当大臣、ハイワン・ツァオミャオは耳を塞ぎたくなっていた。
どうしてSystem Schutzstaffelの人工知能は、どいつもこいつも耳が病気になりそうな甘々モエモエボイスなのか?
どうして200%下着丸出しでしかありえないものが、設定上は性的要素のないアンダースコートであって、人工知能は一切の恥じらいを搭載せずに、それをバンバンこれでもかとみせつけてくるのか? それでもってなんでまた、アンダースコート設定の下着がよーくみえるように、高い位置に立たせてあって、それを私はローアングルから見上げているのか?
ツァオミャオの気分がどんどん悪くなっていく。
目の前では、System Schutzstaffel 主力森羅万象宇宙戦艦キシガ・イフミーオ搭載、大自由神民主主義銀河神民統一砲四連装八基三十二門から放たれる光弾と僚艦からの光弾が収束し赤黒い濁流となって、星の海に浮遊する白きつぼみを直撃する映像がまたたく。
それにはもっともっともっと気分が悪くなる。
積極的平和力行使とは、こんなにも恐ろしいものなのかと、自分自身の骨身に知らしめるに充分な、本物の戦争だった。
「これでは……。もう後に引くことはできない……」
炸裂する極大威力のビーム兵器が、アンチ・エネルギー・シールドによって相殺される際に発生する電磁的衝撃波によって生まれる閃光。赤黒い光弾が撒き散らす不気味な光が、いままで肌身と骨身に感じたことのない、現実の暴虐と暴力をまざまざとみせつけ心に染み込んでくる。
ツァオミャオの中で何かがうごめく。
これが本物の積極的平和力行使なのか……。
そして私はただそれを、命令として実行しているに過ぎない。
Space Synthesis System中枢閣が森羅万象全知全能絶対無謬(しんらばんしょうぜんちぜんのうぜったいむびゅう)の総統陛下代理として認定した、モエモエボイスの下着丸出しメガネっ娘人工知能の命令に従って……
こんなことをして、ただで済むはずがない。
これを失敗したら、私は組織的に死ぬだろう。いいや、知的生命体道的に死ぬことすら考えられる。
それは誰にだってわかること。だから……
ツァオミャオの中で冷たい金属のようなものが動き、何かを明確に切り替わるのがわかった。
「殺るとなったら平定する。平定しきれなければ、この光景は怪文書となって様々な銀河に出回るでしょう。我々の正当性はすべて瓦解する可能性が考えられる。徹底的に積極的に平和力を行使し、すべてを平定なさい!」
あらゆることに対して両論併記であることを自ら忖度し、誰一人何一つ自分の意志を発言することのない権畜達。静まり返った華美な戦闘指揮所に、ツァオミャオの高らかな声だけが響き渡る。
古き洋館を思わせる指揮所が、電磁的衝撃が生み出す雷鳴に揺れる。
「ZONE使用率78%……。船体温度いちじるしく上昇中。次の斉射、もちこたえられません……」
金線で描かれた薔薇紋章入りの黒革執事服姿の白髪男性が、残酷な現実を告げる。
「戦闘を提案します!」
同じく金線薔薇紋章入り黒革スーツ姿の者が立ちあがり、その端正な顔に光る黒い瞳でシュライザーローズの瞳をみつめる。
「一矢報いたい。ということですか」
シュライザーローズは、自分をみつめてくる黒い瞳を、紫の瞳でまっすぐにみつめ返してそう言った。
「これではただの犬死にです。シュライザーローズ号は非武装船ではありません。このままでは次の斉射でZONEが破られることはわかりきっています。本船のZONE維持には、すべてのジェネレーター出力を投じていますが、次の斉射ではそれも無意味です。だとしたら、一撃でいい、艦砲射撃にて一矢報いるべきと判断します」
「クートゥ。一矢報いることこそが、私達の行為をすべて無駄にするのです」
クートゥの燃える黒い瞳を、自身の紫の瞳でまっすぐにみつめ返して、シュライザーローズはそう言った。




