生きている館の生きている音楽
生きている館の生きている音楽
歪みきった轟音が渦巻く。腹を揺らすベースライン。空気を躍動させるバスドラム。シンセティック・ストリーム標準言語ではない言葉を叫ぶ声。
アークは砂混じりの街のLIVEハウスにやってきていた。
4バンド各5曲を聞いて、最後のこのバンドの曲が1番ぐっときた。
こいつは当たりそうだぞ。とか、見た目がどうとか、そういうことにはアークは一切興味がなかった。
こいつは宇宙のどこかの誰かの心に、熱い何かを注ぎ込んでくれそうだ。アークが求めているのはそういう可能性だけだった。
演奏が終わり、メンバーがステージを降りると、アークは気になっているバンドのメンバーに声をかけてまわる。
「俺はレコード会社の者でも、事務所とかそういうものでもない。あんた達の音楽を買おうというつもりもないし、契約をむすぶつもりもない。だが、俺から話があって、その話というのは、この宇宙のどこかで、君の曲をかけてもいいか? ということなんだ」
アークの言葉に
「こいつは詐欺だ」
と思い早々に去る者が大半だが、中にはイカれたようなたわごとを言うアークに興味を示す者もいた。
「つまり、あんたはいったい何者?」
銀河のメインストリーム、シンセティック・ストリームではとっくの昔に廃れたパンク・ファッション姿で、太ももに野菜をかじる隻眼ウサギの入れ墨をいれた女が、アークに問う。
「つまり、俺は流れの海賊放送屋」
アークの返答は簡潔だった。
「海賊放送? 広過ぎる宇宙で勝手にやってる、趣味丸出しの放送屋ってことか。なるほど、やっと話がみえてきた」
隻眼ウサギの入れ墨をいれたパンク女は、アークの正体を簡潔に理解した。
「契約金も何もない。どこかの銀河の果てから使用料をここに送金できるほど、大宇宙ってヤツは狭くない。ただ、曲を使わせてくれたら、この銀河にとどまらず、あらゆる銀河で俺は君の音楽を流すよ。どこかの銀河で大ヒット。そんなことは約束できないけれど、君の音楽は大宇宙のどこかへ向かって果てしなくどこまでもブッ飛んでいく。それと引き換えに、俺に曲をかけさせてくれないか? つまりはそう言うことさ」
アークの言葉に、太ももに隻眼ウサギの入れ墨がある女はこう言った。
「そしてそこには、何の契約書もないわけで、あたしとあんたの口約束だけがある?」
「そう言うことだ」
「いいね。そういうバカみたいな話が好きさ」
女はそう言って笑うと片手を差し出し、アークに握手を求めた。
「RADIO・EVIL TRUTH。海賊放送屋をやっている。アーク・マーカイザックだ」
アークは名のり握手に答える。
「RADIO・EVIL TRUTH!! 最近この星にやってきた、イカれたドクロマーク船のヤツかい!」
隻眼ウサギの入れ墨をいれた女はそう言って口笛を吹いた。
「そうだ。イカれきった船でやってきて、イカれた放送をやっている」
アークの言葉に、隻眼ウサギの入れ墨女が名乗る。
「コサクバイパー銀河、カツテギ星、ンザドオリ・タウンのいかしたバンド。ラピッド・ラウグ・ラウンズ。ベースやってるウザキだよ」
二人はがっちりと握手を交わし、アークはウザキから音楽データを譲り受ける。
「どこかの銀河でRADIO・EVIL TRUTHを耳にしたら、砂混じりの風が吹く永遠の夏が居座り続けたみたいな街で、銀河中に音楽を届けると約束したよな。って言ってくれ。そう言ってくれば、俺は絶対に今日のことを思い出す」
「そうするよ。いつかどこかで、ラピッド・ラウグ・ラウンズが、一等星みたいに輝いているのをみたら、あんたの耳は確かだったんだな。って誇っていいよ」
「はっはっはっ。一等星がどうとかは、俺の耳の確かさには関係ない。ラピッド・ラウグ・ラウンズの音楽は、間違いなくいかしてる。このアーク・マーカイザックが保証するよ」
「言うねえ。あんたのその意味不明の自信。嫌いじゃない」
ウザキはそう言って笑う。
「いつかどこかで、もしもまた出会ったら、俺のおごりで好きなだけ飲んでくれ。こいつは俺達の素敵な口約束ってやつさ」
アークがそう言うと、ふたりは連絡先を交換することもなく互いに軽く片手をあげて、事実上二度とは会えぬ永遠のさようならをした。
ライブハウスを出ると外は夜になっていた。
アークは濃紺のミリタリージャケットのポッケに、大宇宙戦争備忘録と俺にとっての最新版の銀河ヒッチハイクガイド、そしてラピッド・ラウズ・ラウンズの音楽データを入れて、夜のとばりの中を歩いていく。
脳を麻痺させたいがために何かを過剰摂取して、正常に歩行できないジャンキーはどこにもいない。星がまたたく夜空と街の控えめなネオンサイン、吹きつける砂混じりの風音がBGM。そんないい夜だった。
シンセティック・ストリームでは見ない地味なネオン・サインと、シンセティック・ストリームではモニターに登場できない者達がしゃべる番組が流れる、巨大スクリーンのしたをアークはひとり歩いていく。
「言いたいことを言おうぜ。ここはシンセティック・ストリームという濁流の中じゃない」
アークは巨大スクリーンをみあげて、ひとりつぶやく。
いい街だった。何もかもがまだひとつになってしまってはいない街。Space Synthesis System推奨音楽番付などというものが存在しない世界。Space Synthesis System有害指定、などと言うメディアに出れない制約が存在しない世界。誰かが好きな音楽を好きに演奏し、誰かと誰かが集い踊る場所。誰かが保管し続けるだけで、Space Synthesis Systemの改変の手が及ぶことのない古い本。言いたいことを言ったところで、スクリーンから追い出されるようなことのない世界。
シンセティック・ストリームでは有害であるとか、偏向思想などと呼ばれたり、あるいは時代遅れの岩盤野郎とか言われる、過去の遺物などと言われ排除され処分されていく者達は、この星ではシンセティック・ストリームのことなんざ知らねえよと生きている。
俺はこういう世界が好きだ。俺はこういうのが様々な世界のひとつだと信じる。こういう様々な世界のひとつが無限にどこまでもどこまでもいくつもいくつも存在できるのが、いかれてるみたいに広い星の海ってやつだろう?
シンセティック・ストリーム、おまえはこういう世界に流れ込んでくるべきじゃない。つまりは侵入してくるべきじゃない。
Space Synthesis System、おまえは好きにやっていいんだ。だが同じように俺も好きにやらせてもらう。おまえがシンセティック・ストリームとして、俺の世界や誰かの世界を侵し、この宇宙をひとつにしようとするのが、とにかく俺は気に食わねえのさ。




