どこかの街でなにかを探して
どこかの街でなにかを探して
アークは昼食を食べ終えると店を出て、砂混じりの風が吹きすさぶ街をまたあてどなくさまよい出す。
アークは事前に店を調べるということはしない。いつも上陸した街をあてどなくさまよい歩き、気が向いた店に入る。
「効率が悪くはありませんか?」
といつも冷静なAXEは言うが、そのやりかたがアークは気に入っている。
今どき看板をみて、店構えをみて、何の前情報もなしに店に入る。
だからアークは今日も銀河のはずれで、いまだシンセティック・ストリームに合流していない、この街をあてどなくさまよっている。
砂混じりの風に長く吹かれ続けて、看板がすこし風化しはじめている。
黒鉄製の看板は、吹き付ける風にゆれながら、不気味とも言えるきしみ音をあげている。
古い鉄の金属がかたどるのは、幾多の銛を突き刺され、それでもなお海を行く巨大なクジラ。
「いまだ屈せぬ白きくじら亭」
と書かれた屋号が、くじらが泳ぐ荒た海のうえにある。
長い時間を生きた看板なのだが、いったいなんの店なのかすら記載がない。
こういうのがいい。
その店が扱っているのがなんなのかすらわからないまま、アークは古びた扉をあける。
金属製のドアベルが奏でる古びた音が響く。
開いた扉の前に広がっていたのは、古い紙とインクの臭いに満ちた本達によって築かれた回廊だった。
しんと静まり返った空間には、空気の動きがまったく感じられない。まるで時が静止しているような感覚がそこにはあった。
「いらっしゃい」
みるからに古い本達が築きあげた回廊の奥から静かな声がする。だが、店主の姿はどこにも見えなかった。
あるのは古い本達が並ぶ、いくつもの回廊。
アークは回廊を歩きはじめる。ざっと棚に目を通してみたが、図書館のように分類記号がないところをみると、ここは古本屋なのではないかとアークは推測した。なにより、図書館では来客にいらっしゃいませとは言わないだろう。
店主の独自の考えによって構築された、本達の回廊をアークはさまよう。
「大宇宙戦争備忘録」
と書かれた一冊の本を棚から抜き取り手に取る。
酷く古い。アーク自身が生まれる以前に書かれた物で、まったく知らない銀河のまったく知らない出版社から、星系範囲でもまったく無名のイチ兵士の手記を出版したものだと思われた。
大宇宙戦争。シンセティック・ストリーム誕生に関係し、その歴史の源流付近に存在する、もはやその時代を生きた者が公式には存在しない段階まできてしまった、遠い遠い昔の戦争。その実際をほぼ忘れ去られかけ、いまやシンセティック・ストリームによって妄想されて修正された創作物と化してしまった戦争。
旧き時から流れ着いた、もう誰も本当には知らない戦争の記録を、アークは開く。
無念の中、無惨に残酷に死んでいく者たちの声が、文字からアークの中へとあふれだす。
かつて実在した地獄が文字となって記録された本があげる、音なき絶叫。だが、大宇宙戦争の記憶をたどる者は今やほとんどいない。
いつだってそうなんだ。こういうことをシンセティック・ストリームは知らない。そして知ろうともしない。シンセティック・ストリームの腐った頭には記憶はなく、ただ都合よく作り上げられた物語ですらない妄想しかない。
アークは本を閉じると、それを持ったまま歩きだす。
銀河ヒッチハイクガイドは?
アークは全乗組員から
「ちゃんとした最新版を買ってください」
と繰り返し言われ続けている銀河ヒッチハイクガイドを探す。
最新版は高いんだよ。といつも言っているが、最新版を買わない理由は本当はそうじゃない。
ただ単に、俺は不正確な情報がほしいだけなんだ。
まったくもって誰にも理解されないことだが、アークの言い分はそうだった。
ある日、ある時、あるできごとがきっかけで、この大宇宙に存在するありとあらゆる銀河を渡り歩くことになったアークは、常日頃から言っているように、航海士としての免許はない。取ろうと思ったこともない。取ろうと思えば取れるのかもしれないが、無免許もぐりの肩書を失うのはすごく嫌だ。
手にするのはいつもどこかの銀河で手に入れた、古い版の銀河ヒッチハイクガイド。
はじめてアークが銀河ヒッチハイクガイドを手にしたのは、まだ小さな子供だった頃の話。
廃業する古本屋のワゴンセールで手に入れた、ボロボロになった遥か彼方昔の銀河ヒッチハイク・ガイド。それがアークが初めて手にした、俺にとって最新版の銀河ヒッチハイクガイドだった。
アークは銀河ヒッチハイクガイドを寝る前に開いて、どこまでも広がる宇宙に存在する様々な世界を知っていった。
ほとんど無害。多分無害。おそらく有害。ちょっと有害。いくつかとばして、マジでヤヴァイ!
信じがたいほどつまらない世界から、こいつは作り話に決まっていると思うしかない面白い世界まで、そこには雑多極まる驚異の世界が記録されていた。それは学校では教えてくれない、広い広い世界をアークに教えてくれた。そしてある時から、実際に勝手気ままに宇宙をさまよう間に、アークは銀河を渡り歩く方法を自分で学び、ただのひとつの公的試験も受けず、立派な無免許もぐりの航海士に成長していった。
何の手がかりもなく銀河をさまようのはあまりに無理がある。そんなことは俺だってわかっている。
だけど、たどりついた先が、最新版の銀河ヒッチハイクガイド通りの場所だった、なんていうのはつまらねえんだ。
イービル・トゥルース号の乗組員達は毎回頭を抱えるが、それがアークの流儀であり、今現在という時間にとらわれることのない、ここではないどこかの時間を生きている、なにかが絶対的にみんなとはまったく違うアークという存在だった。




