あまたの銀河、どこかの街で
大変お待たせいたしました。
第四部開幕でございます。
あまたの銀河、どこかの街で
俺はいつだって好きなことを言う。ド偉いミスター権力の頂点様が、耳が痛くて死にそうだと悶え苦しみ、デカいクソと小さいクソを思わずちびるようなことを言う。だが、俺が言わないようにしていることもある。どこかの誰かの領域を侵さないように、どこかで小さくなっている弱いヤツを叩かないようにだ。
この世界は広い。宇宙はどこまでも広がっている。あらゆる存在が様々な考え方において、それぞれ生存することが普通にできるくらいにバカ広い。あんたのことなんか知らない。好きにしろ。そして俺をほうっておけ。そういうことができるし、許される世界のはずだ。なのに、こんなに様々な世界を、なぜたったひとつにまとめようとする?
俺と君との境界線が侵されて、すべてがたったひとつにまとめられてしまったのなら……。俺とひとつになってしまった君はもうどこにもいない。なにかもひとつになってしまった、たったひとつしかない孤独な世界で、俺は君のために、どうやって泣けばいい?
自由気ままに好きなことを言っているだけなのに、奴らがいつもやってくる。
やたらとゼニーを無駄に注ぎ込んだ宇宙戦艦を飛ばし、たった一隻のレトロなデザインのイカした船を追っかけてくる。
「俺は好きなことを好きなように言っているだけだ。誰かが好きに言うことも許せない、ケツの穴が小せえアスホールタロウ野郎」
思いはするが放送には乗せない言葉が、自然と口をついてでる。
ブ厚い硬化テクタイト製窓の外には、どこまでも広がる星の海。またたく星がきらめく広大な闇の中から、シンセティック・ストリームの宇宙戦艦が、バカスカ主砲を撃ちまくりながらやってくる。
「積極的平和主義による抑止力の行使だ」
と奴らは言う。
ふざけるな。お前らはマジモンの戦争屋だよ。
俺は拳を握りしめる。
45口径46銀河標準センチメートル砲のキッツイ現実を、てめえらにつぎからつぎに叩き込んでやろうかと思う。
だけど、俺は積極的平和主義者なんかじゃなく、筋金入りの戦争屋みたいな、消極的戦争主義の海賊放送屋なわけで。
船には真っ赤な血の気にあふれるけれども、カワイイ女の子が乗っている。自由気ままな勤務にみあう程度の給料で、ずっと乗ってくれている奴もいる。
たった一隻でシンセティック・ストリームに対抗しうる、驚愕脅威の宇宙戦艦。
シンセティック・ストリームのクソ野郎をバカスカ沈めまくったら……。
そう思うこともある。
だけど、そういう商売じゃねえし。
乗組員の生活と社会的生命というものが……
ぐるぐると思考が回る。追っかけてくる宇宙戦艦のバカみたいな斉射が閃光を撒き散らす。
この船はいつもいつも耐えている。絶対に沈まない船なんかない。不沈艦だと? そんなものはただの神話だ。
神ほどうさんくさいものはない……
だが……。この船が沈むまでに……。俺は……
目を覚ますと、みなれない天井があった。
「ん……? ここは?」
ベッドで目をあけたアークが、しばし混乱し横になったまま沈黙する。
目の前にあるのは、見慣れたイービル・トゥルース号のアイアンブルーの天井じゃない。
俺は……。
昨夜の記憶がよみがえってくる。またミルクを気持ちよく飲んでいたら、めんどくさい酔っぱらいにからまれた記憶がよみがえる。
そうか、ホテルか。俺は上陸していたんだった。
アークがベッドから身を起こし、大きなのびとあくびをする。
ベッド横にある窓からは、やわらかい光がさしこんでくる。
こいつはもう朝じゃないな。そのことは簡単に理解できた。
アークはベッドサイドテーブルにのせた携帯端末を手にとり、時間を確認する。
また昼過ぎまで寝ちまったか……
アークはベッドから出ると、眠気覚ましと寝癖をなおすためにシャワーを浴びに行った。
朝から晩まで、昨日も今日も明日もやまない砂混じりの風が吹く、何もかもが砂にまみれた街だった。
永遠に続く夏が去ることなく居座り続け、最後には街の周囲をすべて砂漠にしてしまったかのような世界。
かつてはさわやかな夏の光と緑に彩られていたおしゃれな街並みが、いまは吹きすさぶ砂混じりの風によってゆっくりとけずられていく。
アークは濃紺のミリタリージャケットの襟を立て、吹き込んでくる砂風を防ぎながら一人歩いていた。
街中の看板に、聞き慣れない店名や、見慣れない企業や、全く知らない有名人が、砂混じりの風にすり減り色あせ消えかけている。誰もが知っている、ときには複数の銀河にまでまたがるようなチェーン店はひとつもない。その意味するところは、この星がまだシンセティック・ストリームに飲み込まれていないということだ。
こんな街を歩くのはひさしぶりだな。
アークは思った。
何もかもが確たる理由もありゃしないのに、シンセティック・ストリームに合流していく。何もかもがひとつになったシンセティック・ストリームの街は、誰でも知っているチェーン店と嫌でも知っている大企業の宣伝だらけの街へと変わる。どこの銀河でも同じ料理、同じ味。どこの銀河でもみかけるクローンみたいな同じ製品と商品。何もかもが味気なく個性のカケラもない、大量に生産されて大量に消費され既製品みたいな考え方に染まっちまった、つまらない劣化コピーの繰り返しみたいな街。そんなのはくそくらえだ。
銀河の果てのレストランまで、銀河の果ての雑貨店まで、銀河の果ての本屋まで、全部チェーン店にすることはないよな。
アークはそう思いながら、遅い昼食をとるために店を物色する。
どの店も肉料理が主体のようだ。
無理もない。この星には豊かな海産物をうみだすほどの海はない。
大好物のナマモノゼロで、がっかりしているサディが目に浮かぶ。
アークはひとりで街を歩いて行く。
「こいつはうまいな」
ランチタイムの終わり際に注文したスペシャルセット(大盛り)を、アークはもしゃもしゃ食べていた。
野菜をかじる動物が看板に描かれた、食材販売店とレストランがくっついた不思議な店の片隅で、アークは遅い昼食をとっている。
ありきたりな肉と野菜の料理なのだけど、この料理は肉が脇役で本当の主役は野菜という考え方で作られているように思う。
そういう考え方が気に入った。シンセティック・ストリームでは、こういう面白い感覚で作られた料理にはなかなか出会えない。
シンセティック・ストリームにあふれるのは、単純明快な脂質と塩分に人工生成アミノ酸を叩き込めるだけ突っ込んだ、まるで工業製品みたいな味に仕立てられた料理ばかりだから。
俺が銀河の果てのレストランを目指す理由はこういうことさ。
砂糖とは違う複雑な甘みを引き出された赤い野菜を、アークはもぐもぐと味わう。
イービル・トゥルース号でも野菜は育てられる。そして、乗組員の健康を考えて実際に栽培してもいる。だがメインエンジンのエネルギーを使った人工的なエレクトロルミネセンス(電界発光)が生み出す光によって育った野菜の味は、恒星が核融合で生み出す光の下で育った野菜のものとはやはり違った。
「こいつはうまい。実にうまい」
この星ではなんでもない料理を、感嘆しながらもぐもぐするアークを、他の客は物珍しそうにみつめている。




