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件の瞳  作者: 月夜音々子
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第三・五話 最上階

少年はにこりともせず本をずっと読んでいる。タイトルは———。

「おかえりなさいませ。志得様」


「た、ただいま」


さっそく出迎えてくれのは西町歌(にしまちうた)だ。

かしこまった口調は誰に対してもなので気にならないが、未だに歌の「志得様」呼びは慣れない。歌が高校生になってから住み込みで志得の見習いメイドになり、「やるからにはきっちりやります」といって聞かないので仕方なくそうさせている。

すらりと背が高く、肩上で切りそろえられた細い水色の髪が特徴的である。ゆうに170センチは超えているであろう背丈。150にも届かない志得にとっては羨ましいことこの上ない。高いところにある物に手が届くし、スタイルが良く見える。歌は美人だから、余計に。「背が高いっていいなあ」とこの前うたに言ったら、「小さいほうが女の子っぽくてかわいいんです!」と顔を真っ赤にして怒られたので「でかい」や「背が高い」と言うのは禁句となっている。

(かっこいいのに。きれいだし)

出来ることなら、交換したい。そんな能力の持ち主はいないだろうかなどと思う。だけど、志得も歌と同じように「チビ」とか「小さいね」とか身長のことを言われると腹が立つので気持ちはわかる。

着替えもせずに、ベッドに飛び込む。

歌が、志得の好きなアップルティーを入れてくれる。歌の入れるお茶はものすごくおいしいと、舌の肥えた志得でも思う。それは素材の良さだけではなく、歌の技術が合わさってのことである。


「うう」

(何あの私の態度!ツンデレじゃないんだから!あああ思い出したくない)

嫌な記憶ほど鮮明に思い出せるものである。ばくばくと跳ね上がった心臓を、冷房の効きすぎたこの部屋で、ほどよく温まったお茶で落ち着かせる。

一杯飲みほして、ふう、と息をつく。


「もう一杯いりますか?」


「ううん。いい。ありがとう」


志得の頬は、最盛期のもみじの紅葉のように、真っ赤に染まっていた。

(顔から火が出るかと…!)

あの場では我慢していたが、緊張がほどけたことでみるみる顔にありのままの心情が濁りなく現れる。

鳴見秋音(なるみあきね)、彼と話せたことが志得にとってどれだけ嬉しかったことか。その感情を隠すため、虚勢を張った。決して、彼に悟られないように。

喜びと羞恥の感情とともに、憎き相手の顔を思い出す。

一瞬でその愛らしい顔が、俗物とは思えぬ醜悪な顔に変化する。


「どうしてあいつなの」


枕に顔をうずめて、こもった声で志得が言う。それは年相応の情けない声だった。

それを聞いて、「志得を傷つける人なんて消してしまえばいいのだわ♡」と嬉々として言うびは()(つき)(にこ)。笑うと書いて()()。きらっきらな名前である。

(にこ)は、志得と同じエタンセルの生徒で、ふんわりとした髪と、少々低い鼻がチャームポイントである女の子。基本物腰が柔らかで、おっとりしているが、笑顔で人を刺せそうな狂気的な一面が玉に(きず)である。そして、男嫌いなところがある。ナンパしてくる男には容赦なく汚物を見る目を向ける。


笑の手には図ってか図らずかむきたてのりんごと包丁がある。(にこ)がいうとしゃれにならない。研がれた刃先がキラリと光っている。りんごを握りつぶしていないだけましである。


うふふふふと笑う(にこ)に対して、「そういうことをすぐに口走らないでください」と歌が包丁を回収する。「ニコに刃物を持たせるのは危険です」といって歌がりんごの皮をむき始めた。りんごは志得の好物だ。

 

歌は志得の父親の妹の娘、つまりいとこなので、幼い頃から志得についている彼女は、我が家の者に志得と同じく娘のようにかわいがられてきた。だから、歌が志得に遠慮なくものを言っても、咎められることはない。その分、志得は気楽に話すことができる。そして、それは昔から馴染みのある(にこ)にもあてはまることである。


つまり、三人は幼馴染である。

二人のことは大好きだが、幼馴染というとある者の顔が浮かんでしまうので、ぎりぎりと歯ぎしりをしてしまう。


「まだ、」

 

「そうね、志得に手を下させるわけにはいきませんわ。下っ端のものを使いましょう」と笑。


「例えば?」


「ダグリスとか」


「駄目!」


「私がやります」


キラリと顔を光らせて歌が言う。


「ちょっと、何あいつを始末する話になってるのよ」


二人がどうやって始末するか話し始めたので「もう!」と話を遮る。


志得は窓のそばに立った。菜々子と秋音の姿を、【KOTOMIYA ROYAL HOTEL】の最上階の窓から見下ろすその顔はひどく歪んでいた。その瞳が濡れていたか、定かではない。


「ハンカチ、拾ってくれたかしら」


遠い相手に、そうつぶやいた。

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