94話
恵の手元に倍の札束が入り、彼女は何とかそれをカバンに詰め込む。
「雑すぎませんか?」
「そうですか。じゃあ、桜井さんのカバンに入れてくださいますか?」
「はい、かしこまりました。」
瑛斗は頷くと手元にあったらしい手持ちカバンを開けて恵の前に見せる。その中は空っぽであり、彼のお財布事情が気になったのだが、彼女はただ札束を入れることだけに集中する。
「本当にすごいお姫様だな。」
「あなたが負けるところを初めて見ました。飛龍。」
「実際、俺は初めて負けた。」
その顔が整った男性、飛龍は部下の眼鏡男と気安く話していたのだが、札束を入れ終わり恵がそちらを見ると鋭い視線を向けてくる。
「これはうちのに非があることは明白だな。さて、手間を取らせてしまったんだから、ここでの夕食もごちそうする。」
「いいえ、お金をもらったのでそのお金で支払いしますよ。4人分は。」
「その意気込みは良いことだが、女性を食事させないなんて器量の小さいことはしない主義なんだ。だから、おとなしくおごられてくれると助かる。」
「では、そういうことでお願いします。ごちそうさまです。」
恵は少し気まずく思ったが、飛龍の申し出を断りそうになった瞬間にドアから背筋が凍りそうな感覚があったので引いておく。ここで、自分の我を通そうとする方が地獄への扉を開く行為だ。
「名前は何だったか?」
「恵と言います。」
「そうか。まさに、お前たちの業界では恵みというわけだ。なあ、李家のお坊ちゃん。」
「それ以上、言うな。」
白鳳の今までの語気が全く違う。そして、その圧力は飛龍以上だ。
「あなたも異能者ですよね?」
恵は沈黙で話が進まない場に爆弾を落とす。
全員が彼女を見るが、恵は飛龍をまっすぐに見る。
「俺が?異能者?何を言っているんだ?」
「あなたは異能者です。最初にチラリと見たらわからなかったけど、今目の前にして確信しています。あなたの中に体から出るほどの火がある。」
恵の目は確かに彼の体を覆う薄い火の膜と、彼の中に眠る大きくて触れたらこちらが焦げそうなほどの強い火をとらえる。
「ハハッ、まさか、言い当てられるとは知らなかったな。」
飛龍は顔を押えて笑う。おかしそうに、そして、楽しそうであり、愉快。
「確かに俺には異能がある。」
「飛龍!それを言うのは。」
部下が止めようとしたが、飛龍はそれを片手で制する。
「俺の血はもともとそういった一族だったらしい。昔からある異能の1つ。李家は言霊の力で有名であり歴史もある。だが、火はその前で歴史が古いし、途絶えたと認識されてもう長いから、俺はわざわざ言う必要もないと思っただけだ。それに、俺たちが本家かと言われたらわからない。火の異能使いは昔は多くいたらしいからな。」
「そうなんですか。」
「ああ、だから、恵も言わないでおいてくれると助かる。」
「もともと、言う人もいません。」
「そうか。」
恵は肩をすくめると彼は苦笑する。
「別に異能を使う人であってもなくても、私はどちらでもいいんです。ただ、確認したかっただけです。この目が映すのは虚像なのか、そうでないのかを。残念ながら後者だと証明されてしまいました。」
「残念なのか?」
「もちろんです。異能とは関係ない場所で過ごす私には必要のない力を持つことは私にとっては最大の足かせですから。」
「へえ。」
恵の説明を飛龍は興味深そうに聞いている。他3名は何かを言いたそうにしているがそこで口は挟まない。
「えっと、とりあえず、もうあの怖い人たちは追いかけて来ない認識で大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。その辺の始末はこっちで付ける。まさか、俺が負けるなんて思ってなかったから予想外の事態だが、こんなに心地いい気分は初めてだ。恵は今日帰るのか?」
「明日の朝の便で。もう、会うことはないのでお礼だけ言っておきます。ありがとうございました。」
恵がそう言うと、飛龍は何かを考えるように顎に手をやり、そうかと思えば顔をあげて部下に耳打ちをする。それを受けて部下は一礼して部屋から出ていく。
「ああ、礼はいらない。元はと言えば、こちらの落ち度だからな。それに、この1度きりだけで一生会えないということはないさ。李家もあるしな。」
「私は関係ないんですけど。」
「関係なくはないさ。異能の世界にかかわらずに生きたい気持ちはわからなくもないが、お前は決して切れはしない。」
「ええ、そんなことを言わないでください。奏さん、大人が私をいじめる。」
隣に座る奏に恵はわざとらしく顔を埋める。急に話を振られた奏は戸惑いながらも恵の頭を優しくなでる。
「困ったら俺に連絡してくるといい。たいていのことは何とかこちらで請け負う。連絡先を交換しないか?」
「携帯を買ってからそんなに日が経っていないので、交換方法がわかりません。」
「じゃあ、貸せ。俺の方で操作するから。」
恵は念のためと思って彼に携帯を渡す。それを受け取った飛龍は一瞬驚いた顔をするものの、連絡先交換は無事に終わったようで連絡帳を確認すると、そこには飛龍の名前がある。
「いつでも連絡してこい。」
「香港に来る機会があったらですね。来年ですかね。ほら、福引で当たらないと来ませんから。」
「そうか?」
彼は終始楽しげに話す。
その笑顔に何かを含んでいる気がして、恵には不気味にしか見えない。
異国での最後の夕食が終わり、恵と奏は隣あって眠る。
2人は良い気分で眠った夜、もう2人の滞在者は恵の寝顔を見て話している。
『主が火と出会い、そして、つながった。』
『嬉しそうだな。』
『ああ、このうえなく、うれしい。助かった、クモ。』
『いや、俺も主には守る盾が必要だと思っていた。これで、縁が切れないなら、強力な味方が増えたことになる。向こうは気に入ったようだしな。』
『それはもちろんだ。なんといっても、あの者の中にいるのは私と同じ・・・。』
『そうだったな。』
彼らは安堵している。その2人でも神である盤古は涙を流している。神であるのに、その目からは確かにしずくが頬を伝っているのだ。決して跡には残らないが、彼は恵と飛龍、2人の出会いを心から喜んでいる。それは2人の縁をつなげるのに助力したクモも同じ。
翌朝、恵と奏は李家に挨拶をして異国を離れ、帰国して佐久良家に挨拶をする。
その際、彼らが恵が連れ帰ってきた神様に驚愕することになる。
次回から新章に入ります。
引き続き読んでいただければ嬉しいです!!




