92話
香港で過ごすのもあと2日になり、恵は増えた1名も一緒の部屋で過ごすので起きるとその彼がこっちを覗いていて飛び起きる。
「あの、何度も言っているんですが、そういうのを止めてください。」
恵の注意にその人は人差し指を顎に添えて、うーん、なんて言う。そのしぐさがやけに似合っているが、スルーだ。
『いいじゃないですか。こういう時でしか無防備な姿は見られないんですから。主は私にとっては片割れみたいなものです。』
「そんな関係要らない。」
『約束を結んでくれたのに。主は恥ずかしがり屋なんですね。あと、そういう他の下等に使う言葉遣いは止めて。クモと同じぐらいにフレンドリーにして。』
なんで、神様がフレンドリーなんて今時の言葉を使うの?
恵は内心突っ込む。ただ、ツッコミどころが多すぎて対応できない。
「わかった。これでいい?」
すでに投げやり状態だ。彼女はムカッとしつつ彼に言うと、彼は満足そうに笑う。
朝からそんな言い合いをしていたら恵は疲れてしまい、朝ごはんは喉を通りそうになく、奏が心配する。
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
恵は苦笑いをして、奏が朝食を食べ終わったら出かける。
白鳳と瑛斗は外せない用事ができたらしく恵と奏は2人で出かけることにする。厳密に言えば、恵についてきているクモと性別がない絶世の神様も一緒なのだが、傍から見ればほほえましい姉弟が歩いているように見えるだろう。
香港はほとんど回ってしまったし、明日は帰るだけなのでそんなに疲れるようなスケジュールは立てずにただ周囲をぶらぶらを見て回ることにする。
お腹がすいたら出店で何かを買って食べたり、気になるお店が入ったら入ったりして恵は平穏な時間を満喫する。姉弟のようでそうではない関係性だったが、これで少しだけ彼という存在が中に入ってきたように恵は感じられる。
この間に、相談しながら佐久良家へのお土産も買い、恵はもう買うものがなくなりぶらぶらと昼を過ぎても歩き回っていると恵は日本でも慣れている看板を見つける。
「あれって麻雀ですか?」
「うん、そうだね。麻雀知っているの?」
「はい、昔一緒に住んでいた女性が連れ込んだ男性が教えてくれました。」
「そうなんだ。強いの?」
「さあ。」
恵は奏を連れてそのビルに入る。
店に入ると一気にたばこの匂いと煙が肺の中に入ってきて恵はむせてしまう。
「あんたら子供か。見た目的に良いところのガキのようだが、入るのか?1ゲーム掛け金は5千元だぞ。」
中国語で話している丸い顔をしてグラスをふく男性の言葉を奏が通訳する。
「賭け麻雀なんですね。やりたいです。」
恵は実は平穏を望みながらも賭け事は小さなころにはまった経験がある。特に例の男性が誘った賭け麻雀は彼女にとってはそのころ唯一楽しかったことだ。奏にはそこらの事情は話していなかったが、即決して言う恵に彼は驚き肩に手を当てる。
「本気?」
「はい。とても楽しそうです。」
恵はずんずん進むと、奏は心配そうな顔で後ろをついてくる。
「ここ入ってもいいですか?」
奏に訳してもらい、空いている席につく。
そこには、いかつい男性が3人座っており、正面に座っているのは親玉のようで右側の人が彼に恵の参加の許可を求めており、その親玉が頷いている。
「シエシエ。」
片言中国語なのは明らかなので、彼ら3人は舐めている。彼らからしたら恵は娘のような年代なのでそんな態度でも仕方がないだろう。
ただ、すぐにそれはひっくり返される。理由は、東の二局を続けて上がり大差をつけているからだ。三局目は上がれないながらも、振り込まずに親玉が自分が引いた駒で上がる。次に親玉が上がり、かつ得点が高ければ彼の勝利だったのだが、恵は相手が捨てた駒で上がり、賭け麻雀に勝ってしまう。
そうして、全員の賭け金をもらい、続けて4回戦までして全てに勝ち、恵は勝ち逃げでお店から出る。
「うーん、楽しかったですね。お金までもらってしまいました。」
「恵さん、そのお金。」
「なあ、あんたら。」
恵が背を伸ばして奏が声をかけようとしていたところに、店から出てきたらしい数人の男性が声をかけてくる。話し合いではなく明らかに何かをすることは明白で恵は頬をぴくぴくさせる。
「もしかして、やりすぎましたか?」
恵は全く意味の分からない言葉で話し続ける向こうを無視して奏に問いかけると、彼は頷く。
「やっぱり。」
向こうにはあの親玉までいる。彼らの狙いは明らかだ。
恵は奏の手を掴んで、出店で買ったボールを親玉の顔めがけて投げたら、それが彼に命中する。その痛がっていて周囲がそっちに気を取られている隙に恵は奏を連れて逃げる。人通りの多い場所に向かえば身を隠せると思って、出店が並ぶ大通りに出る。そこはちょうどおやつの時間だからか人で道ができるほどに多くの人で溢れている。
「恵さんがあんなに強いなんて思わなかった。」
「私も自分があんなに強いなんて知りませんでした。昔はそれなりに勝ったり負けたりしていましたから。」
「そうなんだ。」
恵は自分でも内心驚いていたのでフフッと笑ってしまい、それにつられて奏も顔を緩ませる。
「うわ、追ってきましたね。銃とか撃ってこなければいいんですけど。走ってくる。」
「本当に。あれは絶対あの夕食の店で事件を起こした奴の下っ端だからね。そして、僕らは今絶体絶命だから。」
「そうですね。さて、どうしましょうか。」
「とりあえず、ホテルまで逃げよう。あと、白鳳兄さんに連絡して事情を話そう。もう終わっているかもしれない。」
「えー、あの人たちに話すんですか?」
「もちろん。」
いい顔はされないことを分かっているので恵は不満げだが、奏は楽しそうに笑みを浮かべる。
「これはもう僕らで手に負えるものではないからね。」
奏は電話で白鳳に事情を説明しながら、2人は少し遠回りをしてホテルに向かうのだ。
「奏さん、あの人って昨日夕食のお店にいた人じゃないですか?」
「そうだね。あはは」
恵の言葉に奏は同意しつつも笑うしかないといったようにわざとらしい笑い声をあげる。
ホテルについたのは良いのだが、その受付には夕食でテーブルについていた例の男女が立っている。男性は黒いスーツを着て肩ぐらいまではあるだろう黒い髪を整髪剤で固めていて実業家のようないでたち、女性はお水の世界のように少し派手な色で胸が大きく開いた服を着ている。美男美女のカップルにフロント対応の人はあたふたしているようだ。
遠目には見えなかったが、その男性の方は顔が整っていて圧があり周囲を圧倒している。いくつも死線を超えてきたようなものがある。
自宅が香港にあるのに、女性と過ごすのにこんな高級ホテルに泊まるなんてお金持ちなんだな。
恵は感心してしまう。
「奏さん、あの人は私たちのことを知らないなら、こちらも気づかないふりで入るのもいいんじゃないですか?」
「うん、僕もそう思っていた。このまま立っていてもどうにもならないし。」
奏と顔を見合わせた恵は2人でエレベーターに乗り込んで階数を押してそのまま部屋がある階に向かう。例の男女が受付に手間取っている間に乗り込めたのは幸運だ。
新人受付の人、グッジョブ
エレベーターに乗り込む際、恵は内心親指を立ててしまう。
部屋にどうにか戻れた2人はお金を数えていると、内線電話が鳴る。
さっきの今なので、とるのは恐怖があるのだが、何度もかかってくるので、奏がとる。中国語が話せないので全て彼が担当しなければならない。
電話を切った奏は肩をすくめる。
「あの集団はフロントまで押しかけたみたいだね。ここに入るのを見られたかもしれない。日本人で高校生ぐらいの人を探しているって訊いてきたから。」
「そうなんですね。うーん、このお金返したら許してくれると思いますか?」
少しだけ積みあがっている札束に恵は目を落として尋ねると、奏は曖昧な顔をする。
「8割はないと思うけど。」
「そうですよね。こういう場合って、だいたい、返したところで銃で撃たれるっていうシナリオですから。」
「恵さん、ドラマに当てはめて考えるのは止めよう。」
「うーん、現実逃避していないと自分を保っていられないような気がして。」
「それはそうかもしれないけど。」
奏は恵の手を掴んで温める。彼の手の温かさに恵は驚いたがそれでもその温かさに救われる。
「そういえば、白鳳さんには連絡着きましたか?」
「うん、すぐに迎えに来るって言ってくれたよ。たぶん、正面突破だと思うけど。」
「そうなんですか?」
「うん、彼らは異能を使えない人が多いけど、恐れている部分もあるから。人に対して異能を使うことは禁止されているんだけど、依頼されたら使わざるを得ない。そうして、一度壊滅寸前まで白鳳さんがしたことがあるんだって。」
「へえ、それはすごいですね。あれ?でも。」
「何?」
「いえ、なんでもありません。」
奏との会話で恵は疑問に思ったのだが、それは自分の勘違いだと結論付けて恵は黙る。
恵と奏はなんとか手段をやり過ごして白鳳と瑛斗と再会することができる。
恵はお金をどうするか迷っていたが、白鳳が話をつけるとかでお金はそのまま恵の手元に残り、恵はホテルで過ごすことにする。




