85話
今日から新章です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
恵は佐久良家での生活には1週間で慣れ、新年を迎えることになる。
食事を時々奏や他の家族とともにすることで彼らとの距離もジョジョにだが、近づいており、世間話程度ならば彼らとすることに彼女自身もあまり緊張しなくなった。その席にはかならず瑛斗が同席されていたのは、恵からの要望であり、彼らはそれを快く受け入れたのだ。
新年の2日前、恵は年越しそばとおせちは自分で手作りする主義なので、買い物に出かけることになる。いや、柊や家族をはじめ多くの人から止められたのだが、彼女は自分の意思を曲げないので敏明らが折れる形になる。
庭で凍えかけたあの日から外には庭でさえ1人で出ることは禁じられ、瑛斗がすぐ隣の部屋で生活することになり、彼が部屋から恵が出るたびに起きてくるのだ。その際、必ず恵の後ろについて回る。トイレとお風呂まで。中に入らずともドアの前で待ち伏せされて気が休まることがない。
しかし、この買い物は恵と柊と瑛斗、奏と李白鳳で行くのだが、家ではないのでストレス解消になると恵は車の中で鼻歌を歌っている。
連れてこられた百貨店でおせちの材料を見る。お財布は温かいが彼女が狙うのは特売の商品なので開店前に着くように頼んだ。
「うわ、結構並んでいますね。とりあえず、あそこに並んできましょう。まだ開店まで15分ほどありますけど、皆さんは暇ですし寒いですから車の中で待っていてください。」
恵はついてきた4人に言うと彼らは全員一斉に首を横に振る。
「恵さん、僕らはただついてきただけだからそんなに気を遣わなくていいよ。」
「そうそう。俺らはただのおまけだから。お前が買いたいものを買ったらいい。」
この数日で親交を深めたことで奏は気安い感じで話すようになり、恵も気が楽になる。彼らはただおまけだと言い張ったため、恵は、まあいいか、と放っておいて、家で借りたコピー機で印刷した特売商品目印つけたチラシを持って計画を立てる。
「いくらは必要、あとはタラと昆布とニシン、あとかまぼこと卵とだし汁用のかつお節。調味料は貸してもらえると思うから、それは買わなくても大丈夫。あと、明日食べる用のそば。あと、数の子とカニのほぐし身。」
恵はチラシから顔をあげて指で数えていると周囲から注目を集めていることに気づく。4人とも驚いた顔をしている。
「恵さんは本格的におせちを手作りするんだね。どうして?」
その中で奏は尋ねる。
「特に理由はないんですが、しいて言うなら思い出に浸りたいからだと思います。」
「思い出?」
「うん。私がまだ4歳ぐらいの時から同居人の女性がいなくなる年になるまでなので6年ぐらいだと思うんですけど、毎年お正月を一緒に過ごしてくれた女性がいたんです。その人との時間はとても幸せだったんです。同居人は長期休暇になると、いや、いつも男の人と出ていくか家で酒に酔いつぶれるか男の人を連れ込むかで散々だったんですけど、年末年始だけは長期で男と海外旅行に出かけていました。お金は1万円だけおいて。」
話が進むにつれて4人の顔が神妙になっていくので恵は焦る。
「いや、別に空気を悪くさせようとしていたわけではないんですけど。」
「ああ、いや、続けて。」
李白鳳が促すので恵は戸惑いつつも続ける。
「その時はどうしようかと最初思ったんですけど、その女性が同居人が旅行に行くようになってから現れてくれたことで彼女と彼女が食材を持ってきて一緒におせちやそばを準備していろいろと話したりトランプやオセロなんかをしました。たぶん彼女がいなかったら私は生きていませんでした。彼女は同居人がいなくなってからパタリと来なくなって最初の数年はとてもとても泣いてしまったんですけど、彼女との思い出がつまったおせちやおそばを食べるたびにその時の幸せな気持ちが蘇ってきて心が温かくなるんです。」
恵は話し終わる頃には覚えている女性と自分の様子が脳裏によみがえる。
「とてもいい話ですね。その女性はどんな人だったんですか?」
瑛斗が尋ねる。
「とても明るくて快活で豪快な人でしたよ。大掃除も手伝ってくれるんですが、掃除機がコード付きと言うのを忘れていて電源がついていないと思ったらあまりに引っ張りすぎて本体からコードが抜けてしまったんです。それでも笑っていて何とかしていました。あの時は驚きましたけど、その翌日に電気屋が掃除機を持ってきてくれました。もちろん、その使用不可の掃除機は持って帰ってもらいました。」
あの日のことを思い出して恵はクスッと笑ってしまう。
叫び声が上がったと思って慌てていけば、女性が掃除機のコードと本体を何とかつなげようとしていたから、恵はそんな状態の掃除機を見たことがないので驚いて固まった後になんだか笑えてしまい、大きな声をあげて笑ってしまった。女性も
アハハッ
と声をあげて2人でお腹を抱えていた。あんなに楽しい時間は多分訪れない。
恵はそう思っている。
「あ、もうすぐ開きますね。皆さんは出入り口付近に居てください。私は買ってきますから。」
恵はドアが開く1分前に4人に注意してドアが開いた瞬間、列の前に合わせて速足で進む。
店内に入り、すぐにカートとかごをもらって必要な物の買い物をする。何とか競争率が激しいものばかりだったが全てゲットすることができ胸をなでおろす。恵は嬉しさにスキップしながらセルフレジで会計して持ってきたエコバッグに詰める。買い物量が多いが何とか3つのエコバッグに入れることができ、それらをカートで運ぶ。
百貨店の食料品売り場から出たところに4人がいて、カートにおいてあったバックは瑛斗が全て持つ。
「あ、桜井さん、私が持ちますよ。1人では重いですから。車までそう距離もないですし。」
「いえ、重い物こそ女性に持たせるわけにはいきません。これは男性である私の仕事です。ところで、それはなんですか?」
瑛斗はバックを渡そうとせずに恵の持っている物に注目させる。
「これは多く買い物をしたからもらったんです。近くで福引をしているようで3回挑戦できるみたいです。」
「挑戦しないんですか?」
帰ろうとする恵に瑛斗は不思議そうにする。
「どうせやってもポケットティッシュですから。それよりは早く帰って別のことをしたいです。」
「挑戦したほうがいいよ。時間はあるし行こう。」
急に奏に腕を掴まれて連れて行かれる。目的の場所はもちろん福引だ。毎年恒例で年末年始のみしている福引だ。1万円以上買うと3回できるようで、毎回恵は3回ぐらいするのだが、1度も当たったことがない。当たったことがあるのは参加賞のみなので去年から引いていない。
「ほら、早く。」
奏が急かすので恵は恐る恐るガラガラを回す。
その瞬間、
カランカラン
と鳴る。
目をつぶっていたので恵は何が当たったのかわからない。ゆっくりと目を開けると、玉が金色に光っている。
「おめでとうございます!特賞。香港5日間旅行ペアチケットです。」
そう言った係の男性から小さな封筒が渡される。恵は信じられない思いで受け取り、その態勢がなかなか崩れない。そのまま奏に肩を押されて少し離れて待っていた3人の元へ戻る。
「おめでとうございます。恵さん。」
「おめでとう、やったな。恵。」
「恵様、おめでとうございます。」
3人からお祝いを言われても、まだ恵はただ頷くことしかできない。彼女にはまだ現実味がないのだ。
車の中で封筒から出して初めてチケットを見て実感する。
「本当に当たったんだ。」
「よかったね。」
「そうなんだけど、ペアだからおじいさんおばあさんにあげようと思う。親父と奏さんのお母さんには気まずいから。」
ブフっ
4人が一斉に吹き出し、わざとらしく咳払いする。
恵は呼び方を改めたのだが、親父と呼ぶとよく笑われるのだ。しかし、貴明に呼び方を聞いたら『好きに呼んでほしい。』と言って恵は提案したら彼は受け入れたのでしょうがない。
「恵さんは行こうとは思わないの?」
笑いが落ち着いたのか奏が尋ねる。
恵は少し考えるがすぐに結論を出す。
「うん、電車で酔うから飛行機はもっと耐えられないと思う。だから、行かない。迷惑をかけるのは嫌だから。それに、ペアなんて誰も誘う相手いないから。奏さんが行ったら?ほら、気になる相手とか、いつも仲良くしている子とかと。」
恵は好意であげようとしたのだが、彼の方は遠慮と言うかもはや迷惑そうなので恵はすぐに引っ込める。
「恵と奏で来たらいいじゃないか?」
そこで名案とばかりに李白鳳が言う。
「いや、子供だけで行くのはだめですよ。じゃあ、李白鳳さんと奏さんで行ってはどうですか?豪華ホテル付みたいですし、いろんな場所に入ったりごはんも割引されるみたいですね。」
「魅力的だが、地元だから家に泊まった方がいい。」
「そういえば、そうでした。」
恵は完全に彼の出身地を失念しており謝罪する。
「私は乗り物酔いで無理ですよ。」
「いえ、意外と飛行機だと大丈夫かもしれません。電車だと揺れが大きいですが、飛行機だと揺れってほとんどありませんから。」
そこに、助言をつけたのは柊だ。彼女はこれまで黙っていたのだが、李白鳳の意見には賛同しているらしく、追い風を吹かそうとする。
「いえ、でも、パスポートとかありませんし、学校もありますし。」
「パスポートなら何とかなりますよ。それに春休み期間でも期限的に問題ないみたいです。」
彼女に言われて恵は期限を初めて確認する。
「本当だ。4月末までになっていますね。」
もう、これで逃げ場がなくなり、恵は奏と一緒に春休みは香港に行く可能性が高まる。だが、彼女はここで行くと決定するわけではなく、佐久良家が全員GOサインを出すかどうかであり、彼女は出さないと腹を括っている。なぜなら、こんな近場でさえ出歩くことを渋っていたのだから。
それが易々とひっくり返され、恵は驚く。
佐久良家に帰り、すぐに奏は恵らとともに祖父の部屋に入ると、タイミングよく祖母と父、継母である綾子もそろっている。奏はすぐに話をすると、彼らはすぐに首を縦に振るのだ。
「海外に行ってみたらいい。見分が広まってきっといい体験もできる。」
「李家の方には私から言っておきますからね。兄さまも喜ぶわ。白鳳からも言っておいてちょうだい。」
「はい、大叔母様。」
だんだんと段取りが行われ、3か月後に香港に立つ準備はすでにでき始める。
学期末試験も上々の結果で終えた恵は3月の終わり、だんだん気候が温かくなり人が動く時期、恵もまたキャリーケースと肩掛け鞄を持って空港に来ている。
そう、彼女は初めて日本から出るのだ。手にはパスポートをしっかりと握りしめている。




