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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
飼い主に動物が残したもの
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84話

 奏が秋生を連れてきたのは恵が頼んだ翌日のお昼過ぎのことだ。

 誠秀は大学が休めないとかで都合がつかずに彼だけがやってくる。


「奏さんも残るんですか?」


 恵が部屋に案内してそのまま一緒に入ってきて居座る奏に尋ねる。


「残りたいです。ダメですか?」


 奏が不安そうに恵を見上げる。そのしぐさが犬のように見えて恵は断ることができない。


「いいえ、そんなことはないですけど。」

「そうですか。では、残ります。」


 彼は笑顔でそこに居座ることになる。


 恵は秋生を見ると首をかしげている。


「秋生さん、こんな風に呼んでしまってごめんなさい。」

「いや、それは別にいい。だが、用事が思い当たらなくてな。」


 恵はつばを飲み込んで彼と向き合う。あまり、こういう役目は自分には合わないのだが、伝えないといけないことがある。


「秋生さん、以前、犬の話をしてくれたことを覚えていますか?」


 恵は彼の顔色をうかがうと、彼は一気に暗くなる。それは想定内だ。

 おそらく、犬のことは彼にとって相当鬼門になっていることだろう。


「ああ、数日前の話だからな。」

「よかった。その犬が庭で亡くなったことも話してくれましたよね?」

「そういえば、そうだったな。」


 秋生は恵の話に頷く。遠い目をして思い出してくれているのがわかる。


「その庭で実は私は昨日の晩に迷い混んでしまって、その夢の中であなたが飼っていた犬から彼の宝箱のありかを教えてもらいました。」


 恵がそう言うと2人は驚いた顔をする。

 おおよそ信じられないことなのだからしょうがない。実際、恵もあまり信じてはいないのだが、あの映像が夢の話とはとても思えない。


「それで、その子が見せてくれた映像で宝箱を開けようと思います。」


 ・・・・・・・・・


 2人は黙ったが笑いはしない。

 恵はあらかじめ柊に頼んでおいた庭の土を掘る小さなスコップを持って庭に出て、彼らも後に続く。恵の部屋からすぐに庭に出られ、彼女は何となく進んだ場所に映像と同じ、そして、あの晩に見た小さな石に丸く囲われた池にやってくる。


「多分この辺。」


 恵は犬の映像通りの場所を思い出し、予想を立てた場所にスコップを差し込むとすぐにカンッと何かにぶつかる音がする。その感触を信じてさらに本格的に土を掘り上げると、映像通りに筆や破られた短冊の山が出てくる。

 恵は周囲で見ていた2人を見上げると、彼らは驚いた顔をしている。そして、秋生はゆっくりと隣にしゃがんで筆や短冊を1つ1つ確認している。


「俺のものばかり、こんなに持っていっていたなんてな。俺がここで過ごしていた時に捨てた物ばかりだ。筆も願いも。」


 秋生は短冊を握りしめて嗚咽を漏らし始める。そのすすり泣く声が恵の心にとても響く。


「あの子は多分守りたかったんだと思います。あなたが封じた本当の想い。動物が願うのは飼い主と一緒にいること、飼い主が笑っていること、ただそれだけなんだと、先日の狗神様に会ってわかりました。」


 秋生はただ恵の言葉を聞いているだけだ。でも、これで、秋生が思いつめることはないと、孤独にさせたことを犬が恨んでいることはないとあの子の想いは伝わったと彼女は信じる。


「だから、もう、いいと思います。秋生さんがやりたいことをやって幸せを手に入れても。」

「そうか・・・っそうだな。」


 彼は涙を拭って前を見る。

 秋生はそれらを回収せずに戻してまた埋め、それから犬のお墓に手を合わせる。それに続いて後ろに立つ恵と奏も手を合わせる。犬とこの世界で出会ったことはないけど、あの川を渡らせないようにした犬の想いに恵はお礼を言う。


ありがとうございます。黒い靄はこれで消えましたか?どうかあなたも幸せに。


 恵の言葉は届いたのかはわからない。でも、少しでも想いが届いてほしい、と願う。


 恵たち3人は庭から戻ると、部屋の前に柊が立っている。


「柊さん、どうしたんですか?」

「あ、よかった。これが届いていました。」


 柊から小さな封筒を渡され、恵は裏を見て送り主に首をかしげる。


「誰からだろう?」


 恵はその封筒を開くと、中には学力診断テストの結果だ。その結果を見て恵は肩をすくめる。


「いつもと同じ。ありがとうございます。」


 恵は柊にお礼を言う。


「恵さん、いつもと同じ成績なんですか?それが。」

「はい。いつもこれぐらいの番数です。」

「そうなんですか。すごいですね。」

「え?そんなにすごいですか?いや、でも、桜井さんの方がいつもすごいですよ。なんといっても全部1位っていう成績ですから。面白味もない。」

「何が面白味がないですか?」


 恵が瑛斗を皮肉っていたら本人が急に現れたので驚いてすぐに口に手を当てる。


「いや、なんでも。それより、奏さんにすごいなんてほめられましたよ。この間、学校で受けたテストの結果です。私のいつもの学校の番数でもすごい部類らしいですよ。桜井さんも成績を見せてあげたらどうですか?きっと、奏さんも李白鳳さんも褒めてくれます。」


 恵が封筒からだした成績表を見せながら言うと、瑛斗は肩をすくめる。


「私がいいのは当たり前ですが、恵さんがいいのはもともと知っています。」

「そうなんですか?桜井さんとは番数に開きがあるからそんなことを思ってくれているとは思いませんでした。」

「いや、むしろあなたは頑張りすぎです。」

「成績が良くないと面倒が増えるんですよ。複雑な家庭環境ですからね。あ、今でも複雑でした。」


 恵がそう言った瞬間、場が凍り付く。

 彼女はそんなことは気にしないで瑛斗の顔を再認識して首をかしげる。


「それより、桜井さんはどうしてここに?何か用事ですか?」

「用事がないと来てはいけませんか?」

「まあ、邪魔ですから・・・と思ったのですが、桜井さんに用事がありました。」


 恵はつい本音がでたのだが、そこで彼女も瑛斗に用があったことを思い出す。


「桜井さん、ノートをコピーさせてください。あ、でも、私の家がぐちゃぐちゃになった際、コピー機が壊れているのでどこかで貸してもらえる場所を探さないといけません。」

「その必要はありません。」


 恵が動き出そうとすると瑛斗はそれを制して、手持ち鞄から数枚の用紙がまとまったクリアファイルを渡してくる。その中身を見て恵は感動する。


「気が利きます。これまでで一番。」

「それはありがとうございます。恵さんならすぐにほしいかと思いました。」

「はい、そうですね。冬休みの課題も?」

「はい、それも持ってきました。部屋に入ってもいいですか?」

「はいはい。」


 恵はドアを開けて瑛斗を招く。他の人たちは2人のやり取りを前に固まり、入り損ねてしまい、結局、ドアの前に立ち往生だ。


 冬休みの課題は1教科1つの課題が出る。夏休みより短い期間も考慮してくれるために十分少ない量だ。課題も渡し終わり瑛斗は用事がなくなったのに出ようとはせずにじっと恵を見つめる。


「恵さんはジャージを着なくなりましたね。」

「これですか。」


 恵は今着ている裏起毛のワンピースと生地の厚い黒のストッキングを見て苦笑する。


「別にこれは着たくて着ているわけではありません。なぜか、私のジャージが消えてしまったんですよね。洗ってもらってからずっと返してもらえてなくて、タンスの中にはこんな洋服ばかりが入っていますから、それを着るしかないです。」


 恵は肩をすくめる。


「似合っていますよ。」

「・・・もう、聞き飽きました。」


 似合うとは私服を着るようになってから会う人全員に言われていて、恵はもう耳にタコができる。


「そうですか。」


 それで、今度こそ恵は瑛斗と自室を出ると、ドアの前で待っていた面々がこちらを見る。


「秋生さんはもう帰られるんですか?」

「誠秀も帰るころだからな。」

「そうですか。誠秀さんにもまた会いましょうとお伝えください。」

「ああ。必ず伝えておく。」


 秋生は恵の前に立って彼女の両手を自分の両手で包み込む。


「恵、今日は本当にありがとう。今日の出来事は忘れない。」

「はい、私もです。」


 秋生を見送り、恵は清々しい気分になる。


 奏以外は事情が分からずに驚愕しているのだが、奏もまた驚きを隠せないようだ。


 ”あんな秋生さんは初めて見た”


 全員の心の声は揃っている瞬間だ。

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