83話
恵は目を覚ますと温かい布団の上で寝ている。一瞬、庭に出たことさえ夢だと思ったのだが、手足の感覚が鈍いのでそうではないことがわかる。そして、驚いたことに両隣には人影がぼんやりと見え、それが明確になっていきギョッとしてしまう。
「あのー、なんでここに?」
恵は戸惑いながらも尋ねると、彼らは眠そうな顔から一気にクワッと目を開いてい彼女を見つめる。佐久良家の一家が勢ぞろいなのでその威圧感というか仰々しさに恵は押され気味だ。
「心配したんだ。」
「そうだよ、恵さん。」
祖父の敏明と異母弟の奏が涙目で訴えてきて、後ろの女性2人はもはや泣いている。父である貴明は何とも言えない酸っぱいものを口に入れたような顔をしているが、恵と視線が合わない。初めて会った時から彼とだけは視線が合わない気がしていて、そんな彼は罪を犯して気まずくなっている囚人のようだ。
「どれくらい寝ていましたか?」
「1日半だよ。今日は恵さんがこの家に来た日から2日目の朝だよ。」
奏がすでに丁寧な言葉遣いではなくなったことに気づいても恵は別に気にしない。とりあえず、姉と呼ばれることがないのであれば恵はどちらでも構わない。恵はゆっくり起き上がって背を伸ばす。
「奏さん、お願いがあるんですけど。」
恵が突然起き上がってお願いなんて初めて聞いた面々は驚いている。もちろん、直接言われた奏が一番の表情をして緊張した面持ちを見せる。
「何ですか?」
「秋生さんを明日にでもここに来てくれるように頼んでくれませんか?彼に伝えたいことがあります。」
「わかったけど、直接恵さんが携帯で連絡すればいいんじゃない?」
「・・・・・あ。」
恵は奏から指摘されるまで自分が携帯を持っていることすら忘れており、慌てて周囲を見渡して持ってきたそのままのカバンをゴソゴソと探り出す。カバンの奥に入れられた携帯を取り出して電源を入れようとボタンを押すが入らない。黒い画面のままで全く起動しない。
「壊れてしまいまして。」
「貸して。」
奏は恵がカバンから出した物の中で携帯の充電器を持ち、恵が渡した携帯に接続すると充電器が作動し、携帯の黒い画面には充電中の文字が出る。それには、もう恵は笑うしかなく、奏からは可哀そうな目で見られるようになる。
「ありがとうございます。」
「携帯初心者がありがちなミスだから気にしないで。」
なんだか貶されているような慰められているような言葉を奏がさらりと言う。確かに携帯なんてほぼほぼ使っていないからその表現は合っている。
「秋生さんには僕から伝えておくよ。今日会いに行く予定だったから。」
「それはよかったです。よろしくお願いします。早い方がいいと思いますから。あと、腫れの日にしてください。雨だと風邪をひきます。」
恵の助言に奏は首をかしげる。
そういえば、今は朝だけど何曜日?
恵はカレンダーを探すが、それを持っていないことを知る。いつも日付はパソコンで確認していたので、カレンダーの必要性がなく買っていなかったのだ。
これからカレンダーは必要だな。
恵は必要なものが増えていく。
コンコン
扉がノックされ入ってきたのは柊だ。
「恵様、お目覚めになられてよかったです。」
彼女は起きた恵を見て泣きそうになりながらも座って手をついて礼をする。
「はい。そんなに大ごとではないのに、皆さんが大げさ。」
「恵さん、何を言っているの!?大ごとだったんだよ。」
「そうだ。庭に出てそのまま凍っているなどと報告を受けたときは心臓が止まるかと思ったわ。」
恵が笑って言った言葉を遮り、奏と敏明が怒って言う。その怒りは憎悪とかではなく心配からくるもので恵は痛くない。
「庭に出たら迷子になってしまったんです。でも、おかげで良い拾い物をした気分ですよ。秋生さんにとっては贈り物です。きっと。」
「秋生とずいぶん仲がいいな。」
「はい、彼はとても良い方です。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
恵が秋生を褒めると全員押し黙る。何か言ったかと思い見ると、彼らは目をそらして明後日の方をみる。その中で柊だけは動けており、温かい飲み物を恵に渡す。それからはショウガの香がする。
「体が温かくなりますからお飲みください。お食事をお持ちします。」
「はい、ありがとうございます。」
恵は柊にお礼を言い、柊は部屋をスッと出ていく。
「皆さんはもう戻ってください。大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
「いや、いいが。恵、お前は庭に1人で出ることは禁止だ。」
「もう出ないと思いますけどわかりました。」
禁止を言い渡す敏明に恵はあっさりとうなづく。
もともと、庭に出たのは秋生から聞いた話があって気になったからであり、それ以外に出る理由はない・・と思う。
「もし、どうしても出たくなれば、わしを誘いなさい。」
「「おじいさま(あなた)、抜け駆けはいけません。」」
優しく言う敏明を奏と英蘭が怒って止める。
それからのやり取りも面白くていつの間にか恵は笑ってしまう。
「桜井さんは学校ですか?」
恵が最後に尋ねると奏が「うん。」と答えた後に慌てて続ける。
「もちろん、恵さんの病欠は連絡したから心配しないで。瑛斗さんもここについていようとしたのをノートをとる役目と宿題をもって帰る役目で追い出したんだ。」
「そうですか。」
瑛斗がそんなに渋る姿を見たことがないので、恵は素直に驚くが頷く。
そういえば、奏さんも李家の血が入っているんだった。
どこか納得してしまう恵はそんな自分が恐ろしく思う。適応していくことで自分の変化に畏怖しているのだ。




