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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
飼い主に動物が残したもの
82/164

82話

 夜、眠れなくて部屋から出た恵は庭に出る。

 日本庭園のように手入れされた緑が溢れていて、恵が抱えられるギリギリの大きさの岩がところどころにちりばめられている。そして、庭の奥には石で囲われた小さな溜池があり、そこには何も住んでおらずただ透明な水が張っている。

 冬も本格的に始まってきたので寝巻にコートを羽織って出てきたのだが、その池に集中してしまい気づかないうちに体が冷えている。恵は両手で腕をさすりながら周囲を見渡す。


「ああ、どこから帰り道がわからない。」


 恵は自分が方向音痴であることを忘れていた。

 やっと、自分を認識できたのだが、すでに取り返しのつかない状況になっている。足も庭に出るための簡単な靴なので、恵は足からも冷えている。


「どこか見覚えがありそうな場所ないかな。」


 恵はそれからその場にとどまることはせずに、自分が覚えているものがあるかを探しに歩く出す。彼女はどんどん庭の奥に進んでしまう。

 歩けば歩くほどに自分がいた場所から遠ざかるような気がして、恵は気が遠くなっていき、どれくらい歩いたのかわからないが、恵の視界はだんだんぼやけていき、やがて完全に暗くなる。

バタ

 広大な庭の中で恵は倒れてしまう。


 意識がないことを自覚した恵は白い世界にいる。そこで、影が近づいているので誰かがこっちに駆け寄ってくるのはわかり、逃げようにも逆にそれに向かって行こうにも足が全く動かない。凍ったような感覚で最後のことを思い出す。


「そういえば、すごく寒かったんだった。」


 恵はため息を吐き、まだ距離があるそれが近づいてくるのを待つ。

 だんだんと影が大きくなり近づいているのだが、よく見ると人の形にはとても見えず獣のようだ。


「逃げた方がよかった。」


 恵はそこで焦り始めたのだが、足を精一杯動かそうにも動かない。しかし、もう1つ大事なことを彼女は思い出す。


「これは現実のことではなく、気を失ってみている夢みたいなものだった。」


 なんだ、と彼女は今まで焦っていた自分が馬鹿に思えてゆったりとした気持ちで相手を待つ。しかし、その獣はある一定の距離で止まってしまい、こちらに来ようともしない。


??


 恵は疑問符を頭に思い浮かばせる。

 その獣が来てくれないときっと何も始まらないのだから、来てくれないとこのまま1人で自分が目を覚ますまで待っているしかない。


 そんな退屈なことは嫌だ!


 恵は一生懸命に足を動かして動かして、それでも足は全く動かない。そのうえ、その勢いによって恵の体が前に倒れてしまう。その倒れた衝撃は夢のはずなのに、幼いころに転んだ時と同じぐらいに痛みが伴うものだ。


「イタタッ。ちょっと勢いつけすぎた・・・・・なんで痛いの?」


 恵は謎の現象に首をかしげるものの腕は動くようなので、倒れたのを幸いに腕を動かしてほふく前進する。それでスイスイと面白いぐらいに動いているので楽しくなり前に前に進むのだが、途中最大の難関が立ちはだかる。

 獣との距離を縮められ、その獣が黒い犬の形をしていることまでわかったのだが、その形が認識できるそれとの間は5メートルがあるところまで迫ったのに、川がある。


 あの子がこっちに来なかったのはこれか。


 恵はやっと歩みを止めた理由がわかる。


「さて、どうしようかな。一体どうしたらいいんだろう。まあ、夢だから渡ったとしてもどうにかなるだろうな。」


 恵は思いっきりがいいので、川に入ろうとする。


 ワンッ、ワワンッ


 しかし、声によって恵は入ろうと手を伸ばした瞬間、それを思いとどまる。

 向こうの川岸に座っていたはずの黒い犬が火がついたように激しく鳴いている。犬を飼った経験がないし隣近所でもあまり見かけないからわからないが、その声は危険を知らせているように聞こえる。


「何か伝えようとしているの?」


 恵が声を張り上げて聞こえるように言うと、鳴きやまないがどんどん黒いもやが取れていき、ツンと耳が立ちしっぽがふわふわとしていて体が細い茶色の犬が姿になる。


「やっと見えたよ。君のこと。」


 恵が叫んで川に入らずに腕の力だけで状態を起こしそのまま座ると、彼は鳴きやむ。彼はじっとこちらを見ていて、そんな彼の姿になぜか恵はピンとくる。


「君、佐久良家の犬でしょう?秋生さんを覚えている?」


 恵が尋ねると、彼はしっぽを振る。それはもう嬉しそうに。犬は感情表現が豊かだ。


「秋生さんはあなたが庭でなくなったことと傍にいなかったことを後悔しているんだよ。何か伝えてほしいことがあったら教えて。」


 恵はありったけの声で彼に言う。

 すると、少しだけ固まっていた犬は少しだけ円を書くようにグルグル回っているとちょうど犬が回っていた部分が光る。その光はやがて大きくなり光る木となり、その木には実がなる。その実の1つが恵のところに飛んできてチョコンと膝の上に乗る。受け取って、と犬は言っているようで彼女はそれを持ち上げてお礼を言う。


「ありがとう。これは受け取るね。」


 恵が言うと、その犬は満足したように奥の方に走ってしまう。犬の姿が見えなくなると同時に木は一斉に枯れて光に戻る。


「でも、これどうすればいいの?」


 木が枯れても恵が受け取った実は光を失わずに光っている。恵は何となく刺激を与えたら何かが起こるかと、コンコンとノックしてみると、簡単に実が2つに割れる。


え?


 実から出てきたのは果実でもなく、何かの汁でもなく、空洞の中にあるのは1つの透明な玉だ。丸い実の中にまた丸いものが入っている。それを持ち上げて片目で覗いてみる。そこには、庭で見ていた景色と同じものが広がっている。ただ、目線はずいぶん低いので、あの犬の目線になっているのだろう。

 犬はずいぶん可愛がられていたようで、会う人達に声をかけられたりなでられたりしている。そして、彼はどこかの部屋に入り、そこにあるローテーブルの上に置いてある筆を見つけると、それを咥えているようで筆の持ち手の部分が縦から横になる。庭に出た彼はそのままあの池のところに行き、石を一つずらして穴を掘る。

 その穴の中には噛み跡でぐちゃぐちゃになっているノートが数冊、破られた短冊が数枚、筆置きが入っている。そこに、彼は筆を入れてまた器用にその穴を閉じてしまう。


「ここがあの子の宝箱だったんだ。」


 恵はこれが彼の残した物に見える。そして、その送り主はきっと1人しかいないだろう。


 そこで恵は意識が遠のくのを感じる。


 やっと、目を覚ましたんだ。

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