81話
恵からの願いはすぐに瑛斗から佐久良家の面々に伝えられたのか、すぐに支度することになり、鳴海刑事を残してそれ以外の3人は瑛斗とともに秋生の家に戻る。車は鳴海刑事が乗ってきたものであり、勝手に使うことができなかったので恵たちは瑛斗が乗っていた車に便乗するしかなかった。当然、鳴海刑事と他2名の少女は現場に残る必要があるので、送ってもらえなかった。
そうして、秋生の家で荷物を持ちだして、秋生と誠秀の2人にはお礼を言う
「長くお世話になりました。とても快適に過ごせました。」
「こっちは何の世話もしていないけどな。元気で。俺らも佐久良家にはたまに行くからな。」
「そうそう。僕も催しには招待してもらうんだ。この人の付き添いでね。」
もう、猫を被らなくなった秋生は一人称も言葉使いも最初と180度違うが、それでも恵は彼に対して温かさを感じている。彼は味方だ、と直感的に思ってしまう。誠秀は最後まで優しいまなざしを向けている。彼からのまなざしに最初は怪しいに近い感情を持っていたのだが、今はそれが当たり前になってしまっている。
「さようなら」と言い、恵は彼らと別れて瑛斗とともに車に乗る。
「ずいぶんと仲良くなりましたね。」
「そうですね。あの人たちは私を見てくれた気がしたんです。」
「私も見ていますよ。」
「それは、私の目、ありきですよね?それがなければ、私はこの場にもいなくてただ平穏な人生を歩んでいたと思いますけど。」
恵の言葉に瑛斗は言葉を返さない。その反応が肯定を示していることは彼自身もわかっているのだろう。彼は顔を俯かせる。恵が佐久良家の面々と彼を最終的に受け入れられないのは、そこなのだ。力があるにしてもないにしても不幸になっている人にこれまで恵も出会っている。その人たちに同情はないが、彼女は共感できてしまう。なぜなら、彼女も力、異能によって人生を振り回されている1人だからだ。
大きな土地にある佐久良家に入り、案内されたのは以前も入った手前の建物で同じ部屋に入る。しかし、以前と違うのはあの時は家族と言って以前恵が住んでいた家に乗り込んできた人たち以外が見られないことだ。立花弁護士すらも同席していない。
恵の祖父であり佐久良家の当主である敏明は一番の上座に座っており、恵はその前に座る。今回は瑛斗も入れないようで扉のところから一歩も部屋に入らず、そのまま彼と分けるかのようにふすまが閉じられる。
「恵、私たちと住むことに同意してくれてありがとう。」
「いいえ、私の方こそ、部屋をいただけてありがたいと思っています。」
「そんな固い言葉は使わなくていい。学校までも送り迎えの車をつけるから心配しなくていい。お前の担任には事情を説明してある。」
「わかりました。」
恵は素直に敏明の言葉を聞き入れる。
こんな遠距離から通う際、現実問題、学校に行くまで車でなければ体力的に厳しいし、時間もかかって精神的にも持たないことは目に見えている。ここで意地を張って後で頼むよりも、向こうが言ってくれる間に受け入れた方がいい。
彼女はシビアに現実主義者なのだ。どっちが自分に得か損かを考えている。あくまで自分基準なので他人にとっては納得できないこともある。
恵はふとその部屋の横に視線が向かい、そこに父である貴明が座っているのだが、彼女が見ているのはその向こうの庭だ。
「どうした?」
貴明が尋ねると、恵は驚いて視線を彼に向ける。
「いえ、ただ、秋生さんから聞いた犬が最期にいた庭かと思っただけです。」
と、恵が言うと、彼らは驚いた顔をする。その反応が予想外で恵は戸惑い彼らを見る。
「何か変なことを言いました?」
「恵はあの子に聞いたの?犬のことを。」
恵の質問に答えたのは敏明の右斜め前に座る着物を着た異国の香がする貴婦人だ短い髪をそのままにして小さな簪のみを飾っているが、とても似合っている。何しろオーラがすごく出ていて一般人である恵は尻込みをする。敏明も重圧はあるのだが、これはまた違ったものだ。
「はい、簡単に聞きました。犬を拾って育てて家を出ている間になくなったことだけです。今回の依頼はそれで渋っていたんです。」
「そうなのね。あの子も社会にもまれて大人になったのね。」
「いや、それは違うんじゃないか?」
貴婦人、恵の祖母である藍蘭は子供の成長を喜んで涙ぐんでいるが、それに敏明がつっこんだが、それは無視されてしまっている。パワーバランスが伺えるようだ。
こんな茶番に付き合うのも面倒なので恵は本題を切り出す。
「話の腰を折りました。えっと、私はどこで寝泊まりすればよいのでしょうか?」
「ああ、そうだったな。」
尋ねる恵に敏明は指を動かしただけでふすまを開けて黒いスーツを着た女性が入ってくる。彼女は恵より身長は低いがピンと伸ばした背筋がそれを感じさせない。
「こっちはお前につく付き人だ。」
「初めまして、恵様。お世話をさせていただきます、柊と申します。」
彼女は敏明に紹介されると恵の一歩下がった場所で片膝をついて頭を下げる。その対応に恵は眉間にしわを寄せる。
「あの、こういう人は必要ないと私は言いましたけど。」
「ああ、部屋には入らない。だが、お前に何か必要になった時にすぐに頼める人は必要だろう。」
「例えば?」
当然、とばかりに敏明が言うので、恵が尋ねてみる。
「学習に必要なものの追加とか、靴とか、バックとか、服とか。」
「そんなものは自分で買いに行きますよ。洗濯も掃除もお風呂も自分でできますし。」
「何か相談したいときに女性がいた方が便利だろう?」
「別に何もないですよ。恋愛とかもあまり興味がないですからそういったこともないですし、外出なんて学校以外にないですし。」
「恋愛に興味がないのか?」
「え?いけませんか?」
「あ、いや。」
「あと、服とか靴とかバックとかも興味がありません。服や靴は頼んでいないのに以前別荘に行った際、なぜか、奏さんと桜井さんから多くいただいたので当分はあります。まだ袖を通していないものもありますし。追加で言うなら私は1年のうち8割は季節関係なくジャージで過ごすので、服はあっても邪魔になります。」
恵は敏明の提案全てにいちゃもんをつけて、柊の不要を言い渡す。敏明はたじたじになるも、まだ何かを考えているのかうなっている。
「恵さん、たとえばなんだけど。」
と声をかけたのは貴明の隣の女性、恵にとっては継母にあたる綾子が手を挙げている。彼女もまた着物を着ており、少し暗めの藍色がよく似合う。
「もし、体調を悪くされたらお医者さんが必要でしょう?近くないし、健康を心配する人が近くにいた方がそういった緊急事態に陥った時に頼りになると思わない?少し大げさな対応かもしれないけど、あなたには快適に過ごしてほしくて人をつけることにしたのです。でも、必要ない時は彼女は別にずっとあなたについているわけではないから安心してください。ね?柊。」
「はい、若奥様。普段は別の業務にあたっております。」
「そういうことなんですよ。それでも必要ないですか?」
彼女の言葉で恵は納得する。
「わかりました。それなら大丈夫です。」
「あ、もちろん、他に用事でもいいんですよ。勉強がわからなくても柊は頭がいいですから教えてくれますし、進路のことも彼女は経験していますから。大学を卒業したばかりだったわよね?」
「はい、3月に卒業をしました。」
「大学卒業してこの家に就職したんですか?」
恵はいつの間にか興味を引かれてしまう。
この時、恵と綾子以外の面々は綾子の場を自分に良いように持っていく手腕に内心拍手喝采だっただろう。彼らが恵の興味が柊に向いた瞬間、ニヤリと笑っていることに気づいていない。
「いいえ、もともと、家業はこちらの分野ですので依頼をこなしながら大学に通っていました。」
「そんなに忙しくても学びたいことがあったんですか?」
「興味があることでしたので。」
「そうなんですね。私はもう進路は決まっているので進路のことを相談することはないと思いますし、たぶん緊急事態以外に何か言うことはないですけどよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、恵様のお役に立てるように精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
恵と柊はお互いに頭を下げる。
「では、当主、恵様をお部屋に案内してもよろしいでしょうか?」
「ああ、もう準備はできているのか?」
「はい、もちろんです。」
「わかった。恵、夕飯はともにとらないか?」
敏明の誘いに恵は頷く。
「桜井さんも一緒ならいいです。」
「もちろんだ。」
恵が出した条件に敏明は驚きつつも快く引き受ける。




