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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
飼い主に動物が残したもの
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80話

 事態は落ち着き、恵以外の鳴海刑事らはボーイッシュな少女の状態を話した結果、少しだけ公園にとどまることになる。恵はベンチで泣いているふわふわ少女を眺める役目を押し付けられることになり、他人とほとんど接したことのないのでただ座っている。


 まったく、こんな大役をコミュ障に抜擢しないでほしい。


 恵はため息を吐きたいのを必死に口を閉じて我慢する。


「あの、かりんちゃん、大丈夫?」


 鼻をすすりながらふわふわ少女が話し出す。

 かりんちゃん、はかまいたちと縁を結んでいたボーイッシュな少女だ。このふわふわ少女はゆうきだと、鳴海刑事から聞く。かりんは母親が腕を切られて大けがをしており、第一の被害者だと彼は言っていた。そして、ゆうきは狗神付きだと周囲から言われていて、かつ、今回の被害を引き落とした人物として監視対象だったらしい


 人ならざるものは人に噂してもらうことで力を得るんだっけ。じゃあ、かまいたちはなんで血なんだろう。鬼の一種?


 恵は以前聞いた話から考察するのだが、頭が混乱している。そこに、腕を引っ張られたので見れば、ゆうきが目を潤ませながら見上げている。それを見て、恵は質問されたことを思い出す。


「うん、大丈夫だと思うよ。」


 恵は頷く。

 実際、あれほど連動していたかまいたちとかりんだったが、かまいたちが爆発する瞬間に縁が切れたようだ。鳴海刑事が彼女の体を少しだけ見たが、人ならざるものと契約すると体のどこかに文様ができるようで、それがなかった。それには3人とも首をかしげ、いつ外れたのか彼らは疑念を抱いている。


 狗神が主の友人を失くさないように、そんな痛みを味わうことがないように配慮したと思うのは良いように解釈しすぎかな。


 恵はそんな3人を後目に苦笑する。


「お姉さんはさっき誰もいないのに、会話をしていたけど何かみえるの?」


 友達が無事と聞いて安心したゆうきは涙の痕が頬に残っているが、もう悲しみから立ち直り手持ち無沙汰なのか恵に尋ねてくる。


「何も感じませんでしたか?あの光から。」


 恵は明確には答えず、彼女に質問する。

 彼女は恵から視線をそらして顔を俯かせる。


「あれは私のお母さんが生きているときのもので、みんな笑っていた時だった。お母さんは私が小さいころに亡くなって、とても悲しかったけどお父さんはそんな私を元気づけるために無理して笑っているの。わかっているけど、それを言ったらお父さんまでいなくなってしまいそうで、狗神様が祭られている祠があるからそこに行って毎日お願いしていた。」


 ゆうきはその時のことを思い出しているのか、また涙を流し始める。


「私のおうちは狗神付きだって言われている家だから。でも、さっきの映像は下から見上げないと取れないものばかりだったの。だから、きっと、周囲の人は正しかった。私たちは今まで《《見守られていたの》》。」


 彼女は顔に手を当てて罪悪感にさいなまれたような絶望の顔をする。


「どうして、見守られていたって言うんですか?今も見守っているかもしれません。」


 恵が質問をすると、ゆうきはゆっくりととめどなく涙を流している顔をあげて恵を見る。


「わからない。でも、お別れを言われた気がするの。あの映像が。」

「そうですか。」


 恵は目の前の少女と狗神の気持ちを考えて、彼女に本当のことは言わないことを決める。ゆうきの言っていることはほぼ合っているのでわざわざ、他人が肯定することはない。それに、狗神はそんなことを望んでいない。狗神の願いはあの映像が全て笑顔で溢れているように、それだったのだろうから。

 恵はただ、狗神の願いを優先し、ゆうきが笑えるように行動することを決める。

 家族を想って悩んでいた少女は母親を亡くしてから一度も心から笑ったことがないのだ。狗神が見せたあの映像はきっと、そんなこの子に笑ってほしいという意思表示だった気がする。あれは、この子と同時に恵に見せた最後の彼の心残りだったのだ。


「別れは必ずあります。でも、忘れないでください。きっと、あなたの心にお母さんも狗神もいる。狗神の姿がわからなくても大丈夫です。失った悲しみを感じる前に感じていた別の感情、それを思い出してください。きっと、心が温かくなって笑えます。そして、それはお父さんにも伝わりますよ。あなたをよく見ているお父さんなのですから。」


 恵がゆうきの胸を指すと、彼女はそっと両手を重ねて胸に当てる。


「私の中。」

「はい。」


 恵はにっこりと笑う。ゆうきは目をつぶって何かを感じ取ったように自然と笑みを顔からにじみだす。


「ゆうき!」


 そこに男性の声が響く。

 鳴海刑事らのところを見れば、あの映像に映っていた男性で間違いない。スーツを着た男性がこちらに真っ先に走ってくる。その到着を待ちきれないとばかりにゆうきも彼に向かって走り、2人は強く抱きしめ合う。


「ゆうき、心配したよ。本当に。」

「お父さん、大丈夫だよ。おねえちゃんたちが守ってくれたから。」

「そっか。」


 ゆうきの父親は娘の顔を包んでけががないか確かめて安堵する。


「お父さん、狗神の祠に明日から一緒に行くよ。お父さんが毎日お祈りしているから。」


 ゆうきの発言に驚いた様子だったが、やがて父親は笑みを浮かべる。


「そうか。そうだね。2人でお祈りしよう。」


 彼らは笑い合う。

 そこには、一切の陰りがない。

 これで、やっと狗神も安心するのだろう。彼らが向かう祠にはもういないけど、彼らが祈れば、もしかしたら、また生まれるかもしれない。

 2人でも覚えていれば、きっと。



手をつないで帰る微笑ましい親子を見送った恵は手を挙げて伸びをする。


 慣れないことはするものじゃないな。


 恵は肩を回して緊張をほぐしているところに


「け・い・さ・ん。」


 うおっ


 急に背後から呼ばれたので驚く。


 後ろを振り返ると、そこには久しぶりに見る瑛斗が立っている。


 あれ、私、最後に拒絶したよね?

 なんでこんなに気安く近づいてくるの?


 恵は彼のことがわからずに首をかしげてみせるが、彼の顔は怒りというより悲しそうだ。


「お久しぶりです。桜井さん。」


 普通に挨拶をした恵に彼は呼吸を忘れたかのような顔をするも、すぐに膝をつく


「恵さん、先日はあなたのことを考えずに発言してしまい申し訳ございません。しかし、そのうえでお願いがございます。」

「改まって何ですか?というか、その話し方と態度は止めてください。鳥肌が止まりません。」

「かしこまりました。」


 そう言って立ち上がる姿は初対面の瑛斗がまた目の前に現れた感覚に陥るほどだ。


「それで何でしょうか?」

「あなたの気分を害するとわかっていながら、再度お願いがあるんです。」

「佐久良家に住めと?」

「はい。皆さん、あなたの希望に沿うように配慮します。何か希望があれば言ってください。」


 恵は悩んだ。悩むときに口に指を押し当てるのは癖だ。恵はこれまでの生活を振り返る。


 この数日、秋生の家に住んでみたが、一人暮らしとなんら変わらない生活の中、食事を用意されることに慣れすぎている。おそらく、アパートで一人暮らしはなかなかハードルが高いだろう。毎日コンビニやスーパー総菜は胃に悪い。


 彼女はメリットとデメリットの天秤を動かす。


「わかりました。ただ、1人になれる部屋はほしいです。誰も入ってこないようにしていただけて、ごはんも別ならそのお願い受けましょう。まあ、家族っていう言葉も悪くないようなので。」


 恵はさっきの親子、そして、認識されなくても誰かのために何かをできる狗神の姿に感化されたことが大きく、自分以外の誰かに興味を持つ。

 恵の決断に瑛斗は溢れんばかりの笑みを浮かべる。


 目に毒だ。


 恵はあまりの破壊力に思う。いつもの笑顔の5割増しだ。

 

「家族。」


 恵は言い慣れない言葉を口にして気恥ずかしさを感じている。

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