72話
恵は家の現状を見ておきたいために帰宅する必要があった。帰宅するのに、奏や瑛斗たちが乗ってきた車を使ったので足を酷使せずにすんだことで一息吐く。
ジンジンと丸3日動きっぱなしで通常では考えられないほどに歩いたり走ったり跳んだりしたので足全体が痛むがそれは顔に出さないように彼女は我慢する。
5人乗りの車なので恵が乗り物酔いがあることを知る瑛斗が気を遣って窓側にしてくれたこともあり、顔を背けられるのとすでに夕暮れ時だがオレンジ色に包まれた外の風景も楽しむことができたのも、我慢できた理由だ。
「恵さん、どこかけがはしませんでしたか?」
道中、何度目かの瑛斗からの質問がある。
車に乗ってから彼から何度も何度も同じ質問があるので恵は飽き飽きする。
「何度も言っていますけど、大丈夫ですよ。それより、お腹空いたのでちょっと食べてもいいですか?」
恵は肩をすくめてリュックのチャックを開けながら言うと、運転席に座る男性が信号機で停まってミラー越しに恵の方を見る。
「良いよ。あまりこぼさないように気を付けてくれれば。難しいならどこか駐車場に停まろうか?」
「いいえ、大丈夫です。そんなに揺れが感じられないので、こぼさないように食べられると思います。」
恵はリュックに入れておいた残りの乾パンとエネルギーゼリー飲料を取り出す。それを見た瑛斗が胡乱な目をしているが、そんなものは彼女のスルースキルで簡単にくぐり抜ける。
乾パンを食べつつ乾いた口をエネルギー飲料で潤していると、車が見慣れた家だと思われる前で停まる。
瑛斗の説明通り、恵の家の周囲には黄色いテープで出入り禁止とされており、家の窓ガラスやドアは再起不可能なほどに穴が開いている。
そこへ、1人の男性がすでにドアの役目をはたしていないドアから出てくる。学校で集団的に同じ傷を負った1件の時に訪ねて来てあれこれと質問してきた人であり、彼の後ろにはあの時に居た人がいる。ただ、飄々としたような異質だと感じた若い男性だけがいない。
「帰ってきたか。」
「はい、何とか。えっと、私、住めますか?」
答えがわかっているが恵は尋ねてみる。
質問をすることはタダなので訊くだけ訊いてみた。
まあ、おそらく無理だろうけど。
恵はわかっていても希望は抱いている。
「いや、無理だな。家財は倒されているし、ガラス類は全て倒されている。2階の個室で一番奥だけが荒らされていた。あれは修復に時間がかかるな。取り壊して別の場所に住んだ方が無難だ。」
一番奥は恵の部屋だ。
彼女はすぐに鬼たちが恵の家の配置を把握しているとしか思えない。
「そうなんですか。中に入って私物だけとってきてもいいですか?」
「それぐらいなら構いません。ただ、我々も同行という形になります。」
「はい。」
恵は警察たちとともに2階に上がる。
彼女の部屋で寝具は切り裂かれ、机は床に倒されている。ただ、机が引き出しの方から倒されていることで引き出しの中身が床に散らばることはなかったようだ。引き出しの中には通帳を渡されるまでの数年の間、お小遣いをもらってそれをせっせと貯めていたお金が入っている。それを探すのに、彼らに手伝ってもらいながら机を起こして一番上の引き出しを開ける。
「あった。」
恵は入れていた封筒を見つけて中身を確認し、金額がそのまま入っていることを確認する。他に洋服や下着を持ち出そうとしたのだが、ウォークインクローゼットの中に入っていたそれらは全て切り刻まれていたのであきらめる。
洋服はジャージを持っているから何とかなるが、下着はまた買いなおさなければならないだろう。恵はそれだけ落胆して警察とともに家を出る。
柵の向こうには瑛斗が待っている。
恵は車を降りる際、彼らにはお礼を言って『さようなら。』と言ったのだが、よく見ると、瑛斗のさらに奥には先ほど乗っていた黒い車が待っている。暗闇で全て黒に見えるので錯覚かもしれないが、形が先ほど乗ってきたものと同じものだ。
「桜井さん、どうしたんですか?もしかして、あなたも中を確認したくて待っていたんですか?それだったら待たせてしまってすみません。」
「いえ、あなたを待っていたんです。恵さん。」
「なぜ?」
「あなたは私の雇い主ではないですか。」
「そうですね。でも、それはこの家があってこそだったかと思いますけど。」
「そんな条件書いてありませんでしたよ。」
「でも、契約書に家を出る出ない、という家を中心に書いていましたよ」
「確かにそうですね。ですが、この家という住所までは書かれていません。」
・・・・・・・・・
どこまで引っ張るの!?
いや、そんなに仕事が大切なの!?日本人がワーカホリックとは聞いたけど、海外もそんなことになっているの??
うーん、ここは桜井さんに命令した上司にお断りの連絡をした方がよさそう。
恵は瑛斗を見て車の後部座席の窓をノックする。そこには奏が座っていることを知っているからだ。窓だけ開けてくれればよかったのだがドアまで開いて奏が下りてくる。
「どうしたんですか?恵さん。」
「携帯を貸してもらってもいいですか?」
恵の意図がわからないのに、奏は彼女にすぐにスマホを差し出す。
それを受け取ったはいいものの、恵は機械音痴というより、携帯を持ったことがないので電源の入れ方さえわからず指を画面の前に構えたまま固まってしまう。それを見ていた奏がクスッと笑ったようだ。
「恵さんは何がしたかったんですか?」
「桜井さんが家がないのに私の近くで番犬を続けるというので、それを辞めさせるために彼にそんな命令を出した上司に電話しようと思っているんです。」
「えっと。」
恵がスマホを彼に返して言うと彼は受け取りつつ視線をさまよわせる。奏は明らかに同様してなぜか背後の車の運転席側で視界が止まり、彼は振り返って運転席側の窓をノックする。
窓が開いて先ほど軽食を許可してくれた男性が顔をのぞかせる。その顔には覚えがあるが、恵には思い出せない。
「どうした?奏。」
「白鳳兄さん、恵さんの用事はあなたにだから降りて来てもらっていい?」
「は?」
白鳳と呼ばれた異国感がある20代半ばぐらいの男性は奏に言われ訝しげにしつつ降りてくる。恵にもよくわからないので疑わしく見られてもどんな反応もできないのだ。
兄さん??
どうみても25歳ぐらいな気がするけど、実は10代なの!?
この間も姉なる人物がいたのに、兄もいたんだ。どれだけ子宝に恵まれているの?じゃあ、私っていらなくない?私除いて3人いるのに、私、必要かな。
「恵さん、こっちは李白鳳。僕らにとってははとこにあたる人で彼が瑛斗、桜井さんの上司なんだ。」
「そうなんですね。初めまして、恵です。」
「ああ、初めまして、李白鳳です。それで、話って?」
「実は家もこんな状態ですし、特に桜井さんを私の番犬?なんかにする必要はないかと思いまして、彼に与えている命令は解除してください。私はこれからネットカフェにでも泊まることになりますし、この家は佐久良家の持ち物なので、あの人たちの判断に任せます。もしかしたら、どこかで賃貸のマンションを借りるかもしれませんし、その時は父親だという人に同意書サインは貰いに行くかもしれません。でも、だからといって桜井さんのような人が必要かと言われると私は首をかしげてしまいます。こんな大きな家に住むことはないですしね。端的に言うとお荷物です。」
・・・・・・・・・・・・
「まあ、確かに。」
少し間があいて驚愕していた白鳳が肯定する。




