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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
本物の鬼ごっこ
71/164

71話

 恵は暗い一寸先も見えない床の上を歩いている。

 ドアから入ったすぐは隙間から日が差していたからテーブルとか椅子とか障害物になりそうなものが見えたから良かったが、さらに奥に進んだら頼みの光はないのでただひたすら足を前に動かしている。

 普通なら引き返すところだが、恵の頭の中には物語のラストを見たくてウキウキしている感覚が強くてそういうものは吹き飛んでいる。


ガン


「痛っ」


 前が見えないから前にある障害物に気づかず、恵は完全に顔面を壁に打ち付ける。その痛みに顔を押えてしゃがみ込む。

 石頭と言われても、石なのは頭であって顔面は普通の人と同じようで、恵はあまりの痛みに涙が流れるのでそれを拭いつつ立ち上がる。


「何?今の。」


 彼女はぶつかったものを確認しようと両手でその壁を確認して木製ど壁だとわかり、その壁についた手を左にスライドさせていくとそこに段差があるので、それがドアだとわかり取っ手を探す。

 だいたいの幅はわかっているので両手を中央部から左右にスライドさせると、他の部分との境界に沿って垂直に移動させていく。


「ビンゴ。」


 恵は右手に馴染みのあるものを感じてそれをひねって押す。


キー


 古い建物なので建付けがもろくなっているのか、ドアと床のこすれる音が大きく響き、その先にはまたも部屋がある。ドアが開いたとたんに食べ物が腐った匂いよりひどい異臭で思わず鼻を押える。そして、今入った部屋は今までよりもさらに奥なので暗い部屋のはずなのに、一か所だけ蝋燭に照らされているかのようにほんのり明るい場所があり、そこには人影がある。

 その人は振り返り恵を見ると少し驚いたものの、それはすぐに柔和な笑みに変わる。


 そして彼は・・・


「やあ、よく来たね。僕の女神。」


 と、妄想壁を疑う発言をするのだ。



 見た目は30代男性で両分けの黒髪で黒目、眼鏡をかけていて学校の生徒でいえば優等生の地位にいるタイプだ。温厚で誰にでも優しく生徒や教師からの人望がある、そんな人に当てはまるだろう。よく道を歩くビジネススーツを着ているが、ネクタイが黒でスーツも黒色なので、男性用の喪服に見える。

 そして、目を引くのは振り向いた彼の背後にいる50代女性とそのまた奥にいる20代女性だ。2人の女性にはどことなく見覚えがあるのだが、恵は思い出せずにいる。彼女たちに共通しているのはどちらも痩せこけているうえに服がところどころほつれている。ここ何日も食事も満足に食べられず人として最低限の生活もままならない状態だったことはすぐにわかる。彼女たちは飢餓状態で恵にも気づかないようで、顔は俯かせたままだ。遠目には鬼でないように見えるのでハズレくじを引かされた気分になる。


『あいつ、お前のことを教えてくれた奴だな。お前がいる街と場所を教えてくれた奴だ。』


 しかし、恵の肩にいる幼稚クモから恵が最も欲しかった言葉が聞ける。


 まさか、こんなところで聞けるなんて。一気にテンション上がった。


 恵はさらにワクワクして心臓の躍動が止まらない。


「初めまして。」

「ああ、挨拶をしていなかったね。これは失礼。僕の名前は黒鵜(くろう)。そう呼んで。」

「えっと、黒鵜さん。ここで一体何をされているのですか?」

「何?それはあなたが一番わかっていることじゃないのかな。元気そうだね、恵様。」


 笑っている人に対して恵は恐怖心が募る。それは理由がわからないが、目の前の男性が異質であることを彼女自身が察しているからだろう。人の生存本能。

 恵は心臓の心音を刻むリズムがどんどん早くなるのを感じる。


「僕の用事はもうないんだ。ただ、ここに居れば、あなたと会える気がしたからここに来たんだ。今まではあなたの近くにいつも誰かがいてジャミングが大きいけど、それぐらいなら微量だからよく感じることができるから。だから、こうしてここに居るんだよ。」

「・・・・なるほど。」


 変態ということですね。


 恵は相槌以外に何もできない。

 どんな返答をしたとしても彼、黒鵜の良いように解釈される気がするから、それが彼女に躊躇させる。


「黒鵜さんはもう帰宅されるんですよね?」

「うーん・・・そうしようかと思ったんだけど、まだお話ししたいと思って考え中。あなたの仲間がもう少しでここに来そうだから、それまでは僕とお話ししない?」

「良いですよ。背後のお2人の女性のことも含めて今回の1件全部をお話ししてくれるなら聞きましょう。」

「それは嫌だな。」


 嫌なの!?


 恵は思わず心の中で突っ込んでしまい開いた口がふさがらない。


「なぜですか?」

「そんな答えをすぐに教えてもらったらつまらないじゃないか。」

「つまらないとかそういう問題ではないと思いますけど。」

「そうかな。でも、僕はそう感じちゃったんだ。」


テヘ


 可愛らしく小首をかしげるような男性に恵は引いて一歩二歩後ずさる。


「じゃあ、1つだけ教えてください。現状、あなたは味方?それとも、敵?」

「この状況でそれを聞くの?まあ、いいや。僕はすでに観客だよ。これ以上、何をしようとも思わない。ただ、あなたがこれからどうするのか、とても興味があるんだ。そして、あなたの仲間がどんな奴らなのかも。」

「仲間という言葉は適切ではありませんが、一度、それは受け入れます。では、これから私が何をしようとも、あなたは邪魔しないということでいいですか?」

「うん、じゃあ、僕は見させてもらうよ。」


 男性はバイバイと手を振ってすぐに体が消える。


「うわ、消えた。」

『さすが、《《混じりもの》》。』


 恵は目の前で初めて見た超常現象に気を取られていてクモさんの悪態に気づかない。それからは残された2人の女性に夢中だ。

 彼女が近づいても微動だにしない彼女たち。

 近づくとさらに彼女たちの造形がくっきりとしてくる。彼女たちの肌はすでに焼けたようにただれていて皮膚の回復能力だけでは追いつかない状況のようだ。若い女性の方には外にいる人たちや誠秀には見られない10センチほどの角が頭に生えているので50代女性のほうが発生源だと理解する。そして、二人の間には赤い線が床に描かれている。それが血であることは何となく恵でも理解する。


「クモさん、この赤い線って血だよね?」

『ああ、おそらく親子だな。血縁を利用して今回の一件を起こしたんだ。あの鬼たちは娘の知り合いたちだろう。娘はネットワークの中心で彼女を起点に広がったんだな。』

「クモさんは長生きなのに、どうしてそんなに今風な言葉を知っているの?」

『知ることは我々には必要だからな。』

「ふうん、でも、よくわかった。じゃあ、どうしたら今の状況を止められるの?多分、そんなに時間ないけど。」


ドンドンドンドドン


 先ほどより栓をしてきたドアの音が大きくなっているので、恵はクモさんに助言を求める。


亀の甲より年の劫

なんちゃって。


『そうだな。鬼の発生のそやつはこの線さえ消せば問題ないだろう。すぐに気絶するはずだ。異能力も持たない者だからな。幸いだった。』


 恵は言われた通りに線を足でガシガシとこすって乱れさせて常備していた水をかける。これで線を薄まればいいと考える。木の床であったために水と混じったことで血がにじんできて薄くなってくる。


バタン


 すぐに若い女性の方が倒れる。


「やった。こっちはどうしたらいいの?」

『そうだな。』


バチン


 クモさんとの会話に夢中になっていた恵の手は何かに掴まれる。その手を見れば、痛そうに全体的に皮がめくれていて手から伝わる温度がとても低いことで体が震える。さっきまで動かなかった女性が目を覚まして恵の方を見ている。目が血走っていて乾いて老婆のようになっている口を必死に動かす。


「お・・が・・・・。」


 その言葉を恵には理解できない。必死に訴えていているし、その女性は恵のことを憎んでいるのは容易にわかるが、その理由も心当たりも恵には全くないので、冷静にその女性を見下ろしつつ、今後の行動に頭を悩ませる。

 そんな時に栓をした最初のドアが破られた音が響いたかと思うと数人の足音が響く。

 恵は自分のカバンの中身を確認しつつ部屋の出入口を見つめる。足音が近くなってきてすぐにカバンから防犯用のスプレーを出して構える。


ガン


「恵さん!」


 恵の名前を呼んで現れたのは瑛斗だ。

 そして、彼をすぐに認識できたのは彼の背後にいた見覚えのある男性たちが大きな懐中電灯が彼の背後を照らしてくれているおかげだろう。


「お久しぶりです、桜井さん。鬼ごっこは私の勝ちのような負けのような。」


 恵が掴まれた腕を見せつつ言うと、瑛斗は首を横に振る。


「いいえ、恵さんの勝ちですよ。」

「そうですか。でも、最後にこの人に捕まってしまいましたけどね。」


 彼に勝利宣言をされ、恵はどこかくすぐったく感じて苦笑する。腕をつかんでいる女性が恵から視線を離さず、まだ同じ言葉を続けているのだろう。

 恵の様子に安堵したように瑛斗についてきたらしい奏が腕をつかんでいる女性と倒れている女性を見て顔をしかめる。


「亜希子と百合香。」


 奏の言葉には怒りが込められている。

 彼は瑛斗を抜いて恵の傍まで来ると、恵の腕をつかんでいる手をたたき落として蹴り飛ばす。その女性は軽々と吹っ飛んで壁に激突してそのまま崩れるように床に転ぶ

 電光石火の動きで恵は何が起きているのかわからず戸惑うが、穏やかな少年がとても怒りに震えていることはよくわかり口を閉ざしている。


 パチ、パチ、パチ


 そこにゆっくりな拍手がされる。

 それは上から響いていて恵は見上げれば、天井に逆さになって立っている先ほどの変態男性が立っている。


「素晴らしい!もう事態は収束するよ。でも、女神、あなたの仲間は気性が荒いようだね。そんな子供たちとともにいるのはとても疲れるよ。どう?今のうちに僕の元に来ない?」

「いえ、遠慮しておきます。」


 恵は即答で拒絶すると、彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで息を吐く。


「最後には僕の元に来るんだからどっちでもいいか。今回の実験は失敗だしね。もう、それは使い物にならない。じゃあ、また会おう。そして、遊ぼうね。女神。」

「いえ、こんなお遊び、もうこりごりですよ。」


 クスッ


 彼は笑ってまた消える。

 もう彼はこの近くにはいないだろう。


「さて、私は帰ります。」

「恵さん、一体どこに帰るのですか?」

「え?家にですけど。」

「あなたの家は鬼の侵入で壊れているでしょう?」

「寝られる場所ぐらいはありますよ。」

「そもそも立ち入り禁止です。」

「は?」


 恵は大事なことを忘れていて腕をつかんで止める瑛斗の言葉で思い出す。

 自分の家に鬼が侵入していく様子は見ていても、惨状までは知らないし、そんな扱いになっているなんて彼女の予定にはないのだ。


 恵は住居を失った。

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