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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
本物の鬼ごっこ
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69話

 恵は3日かけて横浜駅に着く。

 本当はもう1日早く横浜に着くはずだったのだが、鬼たちを遭遇しそうになったりお腹が空いて乾パン食べたり、見つけた公園で仮眠をとったりしていたので時間が大幅にかかってしまったのだ。

 鬼がいつでもかかってきてもいいように道具は持ち歩いているのだが、緊張を24時間している状態なので十分な睡眠がとれず運動能力の低下がみられる。今も駅の前で膝に手をついて息を荒げていたので、近くの高層ビルにあるレストラン街で飲み物と軽食を頼み、優雅なブランチを楽しんでいる。


「はあ、落ち着くな。」


 恵は紅茶を飲んで一息入れる。鬼ごっこでもこれは長時間に及ぶので休憩は必要だと自分に言い訳して入った味は格別だ。そして、ふんだんにゴロゴロと入ったフルーツを生クリームを塗られた白パンにはさんだフルーツサンドはそんな疲労のたまった体にはうるおいだ。


 恵は口の端についたクリームをナプキンで取り、いつまでもその幸福に浸っていたい気持ちになる。そうしたいのは山々だが、彼女はすぐにパソコンを開く。この3日ほど、目的地に進みながらの鬼ごっこだったために家から脱出した後に瑛斗にメールを返したっきり、パソコンを開いていない。それに不安が募り、このレストラン街にある喫茶店に入り、充電しながらメールをチェックしたい気持ちもあった。


「うわ、すごい数。なんかストーカーに遭っている気分。」


 恵はメールの受信ボックスを開いて驚く。

 新着メールは全部で160通ほどであり、その8割が”桜井瑛斗”で埋まっており、それはストーカーさながらの行動だ。昔はファンレターが多かったようだが、今はSNSとか普及したことでそっちにシフトしたと恵は聞きかじっているので、この羅列を見た瞬間にドン引く。

 そのほかの2割は仕事関係とよくある営業メール、あとは誰かの個人メールアドレスからのものが2通ある。

 個人のメールアドレスは普段は開かないのだが、その文字の羅列が見たことがあるもので、思わずそのメールを開いてしまったのだ。

”brother_kibou"

 そんな羅列を見たらだれでも開けてみたくもなるだろう。新手の客引きメールかもしれないが、恵はクリックしてしまう。すると、その最初の文面で自分の予想があっていると彼女は確信する。


”姉さん、大丈夫ですか?連絡してくれたら助けに行きます。どんなゲームでも奥の手は必要でしょう?”

 

 メールにクスッと恵は笑ってしまう。

 弟とは思っていないし、戸籍もおそらく違う同い年の男の子

 恵にとってはなんと言っていいのかわからない関係の相手だ。


こんな複雑な関係は国中どこを探しても自分ぐらいのものだろう。


 恵はつい苦笑いが出てしまう。

 そして、彼女は遊び心満載の子供に戻った気持ちになって返信する。


”姉ではなく恵と呼んでください。確かに奥の手は必要ですね。あなたはさしずめバナナの皮と言ったところです。ちなみに、私は最強のメーターとキノコを持っていますから安心してください。”


 まあ、キノコはキノコでもベストセラー商品のお菓子のキノコだけどね。


 恵は送信ボタンを押して仕事関係のものを全て確認し、他の8割を占めているメールは全て一斉既読をして画面を閉じる。


「バッテリー回復まであと30分。」


 軽食をつまみながら恵は完全回復を待つことにする。

 恵がこんなにゆっくりしているのは疲労回復もあるが、最も大きな理由は鬼の本拠地がわからないからだ。彼女の予想では発生源には鬼が密集していてわかりやすいと思っていたのだが、そんなに甘くはなかったようだ。幼稚クモからのアドバイスも今回は期待できない。クモさんはだいたいの場所はわかっても正確な建物や住所までは知らないのだから。


「情報がもっとあればな。」


 お手上げ状態に恵は、うーん、と手を大きく上にあげて体を伸ばす。

 そんな時に耳に飛び込んできたのは近くに座った若い男女の会話だ。まだ、朝の9時で休日とは言っても人が出かけるには早い時間だが、彼らの前には恵とは違ってモーニングセットがおかれていて、近くにはキャリーバックが2つ並んでおかれているから恵は納得する。


「これみたいな。かわいいのよ。」

「本当だ。赤ちゃんが出てきているといいね。」

「大丈夫よ。クイッターで動物園が赤ちゃんが見られる時間が出ているし、それまでには向こうに着くから。」

「そうなんだ。じゃあ、大丈夫だね。楽しみだね。」

「そうね。」


 楽しそうに話す男女の会話。

 それを聞いていたら恵の頭にある聞きなれない言葉が入ってくる。


「クイッター?」


 恵はさっそく検索をかけてみると、SNSの1つで情報発信をしているようだとわかり、恵はすぐに適当に登録して横浜と都内で起きている奇妙な事件の情報を集めることにする。


「これで良い情報があれば儲けもの。」


 恵は一心不乱になって情報をかき集めて、だいたいの場所と時間を押えることができ、それを横浜駅で買った地図に起こしてみることにする。赤ペンで事件があっただろう場所と時間を地図に起こしていくと、恵は、わお、と思わず相手のことを感嘆する。


『どうかしたのか?』


 その声に反応したのか、幼稚クモからクモさんの声が聞こえる。彼も好奇心旺盛だとわかりクスッと笑ってしまってうれしくなり、恵は笑う。


「これを見て。いや、クモさんには見えないか。」

『いや、見えるぞ。』

「そう。それでこれはこの周辺の地図でもう1つのページが私が住んでいた場所周辺の地図。そして、この赤い印は例の不審な事件の目撃情報を書き記したもの。2つの距離は大人の足で一定の速度で歩いたとしてだいたい半日かかる程度、電車だと1時間~1時間半ぐらい。」

『それが何だというんだ?』

「そんな離れた場所なら、その間の街でも事件の目撃情報があってもいいでしょう。そこは住宅街だからさらに人の目につきやすい。それなのに、彼らはここ周辺と私の家がある地区でしか事件を起こしていない。つまり、彼らは特定の場所で行動しており、それはおそらく意図的であるということ。」

『だから?』


 クモさんは話の意図が読めずにまだ疑問を繰り返す。


「だから、鬼になった人の原因となった人はここ周辺と私の地区周辺に思い入れが強い人ってことでしょう?今回騒動を起こしている鬼はみんな発生源の恨みに同調しているから、その人の影響は何か受けているはず。」

『なるほど。でも、そんな奴はたくさんいるんじゃないか?』

「そうだね。確かに。」


 クモさんに指摘されて振り出しに戻ったことに恵はがっかりしてため息を吐く。次の手を考えていると、幼稚クモの目が赤くなり出す。


 ”鬼接近”


 それを合図に恵は慌てて喫茶店から出る。

 こうして、信号を送ってくれるから、恵もここまで逃げ切ることができたのだ。そうでないなら、すでに鬼に捕まっていただろう。彼は本当に恵にとって最強の味方だ


 恵は左右と前後、上下に注意しながらエスカレーターから降りる。


 鬼たちの運動能力が高くなることで住宅街では屋根から飛び降りてきたり、床を突き破ってくることがあった。その時はなんとか脇道にそれて交わした。彼らは知能が少しだけ単純になるらしい。何かの衝動に飢えて、獣のようにふるまっていた。まるで、以前会った傀儡となった人のように。


 恵は下に向かっている途中、あと少しで出入口といった場所。

 そのドアの前には若い人や子連れの家族が並んでいる。レストラン街はすでに開店の1時間前には開いているのだが、それ以外のお店は開店時間にしか開かない。レストラン街用の別のドアから出ていくためにその人たちを見ていたら、恵はある1人の人に気づく。なぜ気づいたのか彼女自身にもわからないが、その人は普通の男性に見えるのに他と明らかに違って見える。


 その瞬間、恵は彼を注視しながら駆け足でドアの方へ向かうと、彼もまた彼女を追うように離れているが走ってくるのが見えて、恵はチラッと幼稚クモを見る。

 幼稚クモの目は真っ赤になっており、彼は敵だと認識する。

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