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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
本物の鬼ごっこ
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67話

 瑛斗は立花弁護士が来訪してからすぐに出かけ、すでに数日彼は帰っていない。恵は以前の生活に戻り、気楽な1人暮らしになったことで食事の買い出しに出かけることになる。お米を買う必要があり、重い荷物を持って帰路につくと懐かしい気分になる。


『何だか楽しそうだな。』


 幼稚クモからクモさんが話しかける。彼は高頻度で恵に話しかけてくれるので彼女にとっては最も親しい仲になる。


「うん、そうだね。数か月前まではこの重さを月に1度感じて家に帰っていたなって思い出していたんだ。やっぱり、私には1人で暮らす今までの生活が性に合っているなって再認識したところだよ。」


 そのおかげか、彼に対してだけ恵の言葉はフレンドリーに変わる。初めてこんな風に話せる相手ができたことに彼女は嬉しさを感じている。


「そういえば、女郎蜘蛛さんは元気?」

『ああ、元気にされている。とても。』

「そっか。元気ならそれでいいよ。いろいろ情報ありがとう。」

『知っていることを話しただけだ。人っていうのは時に我々の力を利用したりするのさ。あの男のようにな。』

「あの男?もしかして、クモさんに何か情報を渡してきた人のことですか?他のクモさんと似た人や普通の人にも情報を渡しているらしいけど。」

『ああ、おそらく。あの男はお前を狙っているように思える。』

「そうなんだ。もう目を狙われるのは慣れているけどね。」

『うーん、そういうわけではないみたいだけどね。』

「どういうこと。」

「あの。」


 クモさんとの会話に夢中になって向かいから近づいて話しかけてくる男性に気づかなかったので、恵は突然現れた彼に驚いて固まってしまう。その男性はよく見ると、鬼だと認識された図書館に併設された喫茶店でフードファイター並の大食いを披露していた人物だ。間違いなくあの日と同じ服を着ている。

 その男性の顔は恵より少し年上の青年で苦学生の印象を受ける。苦労が目に見えるほどに目の下には黒い影があり、唇は紫とまではいかなくても血色は悪く、目は充血している。ただ、健康的な肌色と整った顔の輪郭をしている。


 人ならざるものってみんな美形なのかしら。


 恵は彼以外にも瑛斗と女郎蜘蛛、瑛斗の家族を知っているので思わず疑ってしまう。

 彼がどういう理由で近づいてきたのかわからないが、幼稚クモは彼を警戒しているようには思えないし、怯えているわけでもないようで恵は知らないふりをして対応する。


「はい、何でしょうか?」

「突然声をかけてすみません。あの、少し話がしたくて。」

「ここでいいですか?すぐに終わります?冷蔵用食品もありますので。」


 恵は両手に提げている袋を持ちあがて男性に見せると、彼は腑に落ちたように頷く


「では、君の家に向かいながらお話してもいいですか?」

「それは構いません。」

「ありがとうございます。」


 彼は自然と恵の車道側に立ち歩幅を合わせて話し出す。あまりにスムーズにそんなことをするものだから、恵は思わず「紳士。」と呟いてしまい、彼の話の腰を折ったことに謝罪して、彼に続きを促す。


「話というのは、こんな見ず知らずの僕から言われて奇妙に思うかもしれませんが、君はここから引っ越した方がいいと思う。」

「どういうことですか?」

「実は最近変な事件が多発しているのは知っている?」

「はい、私の学校でも被害者が出ていますから。」

「そう、実はそれは僕の知り合いというには薄い関係者たちが起こしている事件なんだけど、その関係者たちは必死に君を追いかけながら君に対抗するための力を蓄えるために起こしているんだ。」

「関係者たち。」


 恵が引っ掛かった部分を抜き出して言うと、男性はしまった、と言ったような顔をする。


「犯人は共通犯として報道されているのに、あなたは複数と分かっているのですね」

「ああ、そうだね。僕にはわかる。そして、この発生源も。毎日夢を見るから。」

「鬼でも夢を見るんですか?」


 あ。


 思わず好奇心にやられて恵は口走ってしまう。それに気づいて彼女は目を手で覆うが、もう出てしまった言葉は回収できない。男性を見ると彼は納得したような顔をする。


「もう知っていると思った。そのクモの眷属が教えたの?」

「そうです。」

「そうか。クモは特に同類にしか慈悲をかけないのに、君にはとても親切でなついているように見える。」

「そうですか?ありがとうございます。ちょっと縁があって彼らに恩を売ったおかげですね。強い味方を得られました。」


 幼稚クモを肩から手のひらの上に移動させて恵は男性に見せびらかす。初めてできた関係を誰かに自慢したかったのだが、こんなに早く機会を得られるとは彼女も思っておらず気持ちが上がっている。男性は笑みを浮かべてほほえましそうに見ている


「だから、私に引っ越しは必要ありません。文字通り本物の鬼ごっこなら受けて立ちますよ。こう見えても、乗り物に乗る以外は運動は得意なほうなので。何か彼らの弱点でもあれば教えてほしいところですけど。」

「わかった。僕は忠告したかっただけだから気にしないで。そうだな。彼らは別に僕みたいな純真な鬼ではなくいわゆる劣等鬼だから、塩なんかでも動きは止められる。僕みたいに回復が早いわけでもないから。人の弱点は彼らにとっても弱点だよ」

「ありがとうございます。準備しておきます。私の家が襲われたときには。」


 ちょうど会話が途切れた時に家に着く。


「もうお話は大丈夫ですか?鬼さん。」

「うん、大丈夫。あと、その呼び方はやめて。僕の名前は雪村誠秀ゆきむらせいしゅう。」

「私は。」

「知ってる。君の名前。西寺恵さん。じゃあね。」


 彼は手を振って去っていく。

 最後まで真摯な態度の彼に恵は一瞬ドキッと心臓が高鳴る。


 ああ、少女漫画見たい。


 顔が熱くなるかもと思ったが恵は冷静だ。


「夢が何なのか答えをもらっていなかったし、私の名前を知っている理由も訊けなかった。」


 誠秀の背中はすでに見えず、尋ねる機会を逃してしまったことに残念だと思う。

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