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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
本物の鬼ごっこ
65/164

65話

 何が間違っていたの?

 ただ私は自分が好きなように生きただけ。

 だって、それでいいってお母さまはおっしゃった。

 あなたにはその権利があるって。尊い血をもって生まれたんだって。

 あなたに他人が頭を下げるのは当然なんだって。

 ねえ、何が間違っていたの?

 なんであんな小娘に全部奪われないといけないの?

 私の幸せをあんな化け物に奪われないといけないの?

 返して!返して!返して返して返して返して返して返して・・・

 私の幸せを




 恵は佐久良家から帰宅した翌日の朝、頭がいつもより重く感じて、風邪かと思いリビングに行って薬箱に入れてある頭痛薬を飲んだ。知恵熱のような症状が時々出てしまうので、恵は一応医師から処方された薬を飲んでいる。


「まだ早いな。」


 時計を見れば、いつもより1時間以上前であるので再度自室に戻ってパソコンを開き仕事を進める。プログラミングスキルを身に着けたことでフリーランスとして活動してから依頼が途切れることはないため、彼女は常に仕事のスケジュールを最優先にしている。時に、試験のこともあって納期に間に合うかどうか微妙な時もあるが、それは今のところ回避できているが、やはり、学校とフリーランスの二足の草鞋だと頭痛薬を飲む頻度も増えてしまう。すでに、半年もつと思われた薬が3か月で残り2錠ほどしか残っていない。


「薬、いつもらいに行けるかな。」


 恵は机に置いてあるカレンダーを見ながら悩む。


 学校があり平日だと外来時間を過ぎたころになってしまい、土曜日の朝にしか時間が空いていない。しかし、この場合土曜日の朝だと3日後になってしまい少し心もとないのだ。

 そんなふうに悩んでいるとあっという間に時間が過ぎてしまい学校に行く準備の時間になってしまい、恵は急いで着替えてダイニングに向かう。


「おはようございます。恵さん。」

「おはようございます。」


 瑛斗からのいつも通りの挨拶にホッとする。泣いたところや今までと正反対な態度を佐久良家の人たちに取ったことで態度が変わるかと思ったが、恵が脱力してしまうほどにいつも通りだ。


 すでに、10月半ばということもあり、外は肌寒い。

 恵は少し厚めのコートを着て学校に向かうと、教室がやけに騒がしい。

 恵と瑛斗が教室に入るとその発生源は一目でわかってしまう。それはそこに人が大勢集まっているからだ。


「レイドリック君、大丈夫なの?」

「痛そう。深かったの?」

「いやだね。野犬だなんて。夜歩くの怖い。」


 女子生徒たちはその生徒、レイドリック・オールウィンを心配して声をかけている。どれだけのファンのような人たちがいて、人気度がこういう時に見えるものだ。ちなみに、この時、恵の前に座っている男子生徒も彼と同じように腕に包帯をしていたし、その生徒の方が肩に包帯が回っていて吊っている状態だったのでおそらく重症だろう。それなのに、彼女たちどころかクラスの誰もその生徒に声をかけない。

 

 ああ、残酷だ。


 恵は同情したが、その生徒は全く気にしていない様子であるので、視線を送るのも失礼なため彼女は無視する。

 クラスに一度に2人の生徒がけがで登校したことにも驚いたが、同様にけがした生徒はほかに数名、合わせて15名の生徒がけがをしており、これには教師たちも彼らから事情を聴かないわけにはいかない。教師たちには生徒の安全を守る義務があり、対処ができない場合には警察に介入してもらうように手配をしないといけないからだ。

 お昼休み、教師とけがを負っていた15名の生徒たちで集まって事情を聴く場が設けられ、全員


「犬にかまれた。」


 と言ったようだ。

 それを不信がっていたものの教師も生徒たちを疑うことはせずに、それをそのまま受け取ったらしい。

 恵はそれをドアに耳を立てて入手し、クラスに伝達してきた生徒から伝え聞いた話だ。彼女は珍しく席に座りどこにも移動せずに昼食を食べていたのでホットな情報であり、チラッと瑛斗の方に視線を向けると、彼もそれに気づいたようで彼と視線が交わる。しかし、漫画やアニメのように視線で会話はできないようだ。

 それにすぐに気づいた恵はため息を吐きつつ、彼に話しかける。


「桜井さん。」

「西寺さん、ちょっといい?」


 うわっ


 恵は声にならない声が出る。

 急に入ってきたのはいつの間にか背後に立っていた瑛斗の兄である秋元教師だ。彼は美麗な笑みを浮かべて楽し気に笑っている。

 気配もなく現れたので、恵は数秒間があいてから頷く。


 瑛斗も一緒に恵が秋元教師に連れて来られたのは相談室だ。

 そこにはすでにレイドリックが座っていて、彼の隣に秋元教師が、必然と恵と瑛斗は彼らの向かいの椅子に座ることになる。レイドリックの右手の親指と人差し指の間を包帯が通っているため学生服を着ていても彼がけがしていることは一目瞭然だが、彼の表情から今朝に囲っていた女子生徒たちのように同情はできない。


「西寺さん、わざわざ来てもらって悪いね。」


 ちっとも悪く思っていなさそうにレイドリックが言う。彼が何を言っても軽い感じに聞こえるのは彼が異国の人だからなのか、彼の性格がにじみ出ているからかだろう。恵は不審に思いつつも愛想笑いを返す。


「今回の件、すでに把握済みだと思うけど、これをしたのは犬ではなく、横浜を中心に被害が増えている人ではないものの仕業だよ。」

「そうなんですか?でも、それならそうと、あなた以外の14人の人が犬とは発言しないのでは?」

「ああ、実は彼らは昨日一緒にいたメンバーで、けがをしたのは別れた後で数メートル間隔ぐらいで離れていたんだ。通り魔のようなものだよ。一瞬のことだったのと暗い道だったから視界が悪かったことが幸いして犬と僕が言ったらみんな信じてくれた。」


 悪い顔をしてレイドリックが言う。


 もう、彼には何も言うまい。


 彼のやることなすことに一々突っ込んでいてはこちらの体力消耗が激しいので恵は口を閉じている。


「ケガした人は2年や3年もいたと聞きましたが、よくそんな人脈ができましたね。」

「そこは君たちが僕に《《押し付けた》》ものの副産物だよ。」


 彼の協調に思い当たる部分は一つしかない。


「えっと、それは桜井さん一人がしたことなので、私を含まないでください。」


 ただ、恵は主犯でもないし、瑛斗に状況を把握してもらうために説明しただけで助言すらもしていないのだ。彼の言い分に反論をしても問題ないと思い彼女は訂正する


「まあ、過去のことはもう言わないよ。情報が多くなったから悪いことだけじゃないからね。」

「それはよかったですね!」

「君も僕のこと性格悪いって言えないね。」


 恵が嫌味で言った言葉はその意図通りレイドリックに通じたようで彼は眉間にしわを寄せる。


「ところで、私はなんで連れてこられたんですか?」

「それは今回の件を引き起こしている奴らの対処についてだよ。」

「ああ、その件だったら数日中に解決すると思います。」


 恵はレイドリックがいた時点で持ちかけられる内容をすぐに予想がついたので、彼に対して秒で返答しバトンを渡すために瑛斗の方を見ると、彼が説明する。


「すでに、佐久良家の方で今回の件が起こった原因を取り除くために動いていますので、今回の騒動も落ち着くでしょう。」

「へえ、原因ね。あれがあんなに大量発生した事例は見たことがないけど、この国ではよくあることなの?解決策が見つかるまでの時間が早くない?」

「信頼できる方から情報をいただきましたからね。」

「そう。我々でも知らない情報を持ったものがいたんだ。」


 瑛斗の説明にレイドリックは悔しそうに顔をしかめてけがをしていない方の手はぎゅっと制服のズボンを握っている。

 彼にとって自分たちの知らない情報を他人が握っていることは屈辱らしい。先ほどから彼は情報という単語をよく使い、それを得ることに喜びを感じているように恵には見える。


「では、私たちにはもう用はないですよね?」

「ああ。」


 瑛斗はすぐに恵を立たせて彼女に部屋から出るように急かす。


「オールウィンさん、お大事に。」


 恵は礼儀としてレイドリックに1ミリも感情がこもっていないが励ましの声をかける。

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